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【小説】不思議なTELのアリス 第4話 コンプラ芋虫【毎月20日更新!】

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 自らの提案が不発に終わったことを、アリスは全身を刺すような空気からひしひしと感じていた。王子の特徴的な太い眉がぴくりとも動かない様子を見ていれば、「あごがなくても、チャームポイントは足りていらっしゃるのではなくて?」なんて言える雰囲気でないことはさすがに理解できる。

「なんで許されたのか、自分でも不思議」

 しかし、アリスが死を覚悟したのに反して、王子は「あごを取り返す? 貴様が?」と凝固した表情のまま問い、「よろしい。では、一ヶ月以内に取り戻してくるように」と、持ち上げかけていた腰を静かに下ろした。

 ほとんど追い出されるように城を後にしたアリスは、道なりに進みながら王子の言葉を思い出していた。「オレ様のあごを奪ってテレワープした女の代わりに来たのは」ということは、現在はその“女”が王子のあごを所持しているということだ。なんだ、あごを所持しているって。

「あごって着脱可能なん?」
「一般的には不可能よ。王子のあごは切り取ったような感じでもなかったから、中身だけ吸い取られて、しぼんでしまったようだわ」
「グロッ。脂肪吸引みたいな気軽さで言わんとって」
「脂肪吸引が気軽ってどこの世界線? 令和でもまだそれほど……え?」

 独り言に返事があって、アリスはギョッと目を丸くした。
 ゆっくりと後ろを振り返ると、眠たそうな重たいまぶたが特徴的な、丸メガネの青年と視線が絡む。

「いやいやぁ。もっと目立つ特徴があるやないのお。手のひらに乗っかるキュートなサイズなこととか」
「エセ関西弁風なこととか?」
「“エセ”に“風”てパチモン中のパチモンやね。失礼やわぁ」

 気だるげな目元のまま、青年はアリスの周囲をふよふよと漂いながら「君、あの女探してるんやろ?」とテンションの変わらないトーンで問いかける。

「そう、王子のあごを奪った女の人。あなた、さっきから私の考えてることがよくわかるわね。エスパー?」
「全部顔に出とるんやもん。気ぃつけや」
「あら」
「今は、『王子の顔はもう思い出せへんけど、変な極太眉毛だけやたらと印象に残ってんな〜』って思ってる」
「それってどんな顔?」
「こんな顔」

 一ミリも表情を変えずに、丸メガネの青年は自分の顔を指さした。アリスは微妙に笑みを浮かべて「気が合うのね」とだけ返す。

「事情がわかってるのなら話は早いわ。その女の人を追いかけるには、どうしたらいいのかしら」
「テレワープしたらええやないの」
「その女の人と同じところへ行きたいの。行きたい場所に行くには、どうしたらいいの?」
「なんでもかんでも聞きよってからに、と言いたいとこやけど」

「最近コンプラやなんとかハラやなんやうるさくて、ホイホイ説教もできん」と、胡散臭い笑顔で青年は続ける。

「追いかけたいもんがあんなら、しっかりイメージしたらええ。頭の中で、鮮明に、明確に」
「私、その女の人のこと、何も知らないわ」
「カッカしなや」
「してないわよ」
「しゃーない、ヒントやるわ」

「あら親切。嬉しくて泣いちゃいそう」と、アリスは無表情で首を傾げた。胸の前で手を組む彼女を見て、青年はやはり笑みを浮かべて「どついたろかな」と、鏡合わせのように首を捻った。

「その女は、真っ白な髪をしとる。ちょうど、あんたと色を真逆にしたみたいな」

 そう告げたきり、青年はゆうるりと唇を引き結んだ。
 緩やかな曲線を描いてはいたものの、アリスは、その口元からすっかりと笑みが抜け落ちてしまったような感覚に陥る。

「真っ白な、髪」

 アリスが声を生み出すと、目の前に大きな箱が現れた。それがただの箱でないと彼女が理解したのは、教科書で見た、発売当初の携帯電話の形とよく似ていたからだった。

 アリスは、何者かに導かれるように受話器に手をかけた。
 意識が遠のく中、青年が「最近は喫煙者にも厳しくてかなわんわぁ」と不服そうにこぼしたのを、ぼんやりと耳にした。

(つづく)

第4話担当 前条 透 

次回の更新は6月20日です!

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