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第8話 さぁ、一緒に芋々を呪い殺そう!

▽第7話はこちらから

 頭が張り裂けてしまいそうだ。
 すべてがIMOになったり、サツマイモが全国でボイコットしたり、挙句の果てにはIMOに気をつけろだの、訳が分からない。常識というものさしでは測ることができない。そんな出来事ばかりが続いている。

「どうします? 先輩。動画、観ますか?」

 そう口にしながらも、喜多の指は確実に動画ファイルへ近づいている。喜多はこの状況をどれだけ呑み込めているのだろうか。怖いもの見たさなのかもしれないが、彼の度胸に付き合うしかない。
 押しますよ、と確かめるように言う。脳が拒んでいるのか、僕は返事をし損ねた。夜の海に向かって石を投げるような、静かな怖さがあった。どこからともなく、家鳴りが聞こえる。のっぺらな板に、指が触れる。
 画面が一瞬真っ暗になる。直後、陽気なピアノの伴奏から始まり、僕と喜多はふたりそろって肩を落とした。悪い夢でも見ているかのようだった。教育番組で見かける、カラフルなタイトル画面が映し出される。数人の子どもの声が、重たい空気を追い払う。

『せーのっ、おサルさんでもわかる! 芋の刻参りの始め方。さぁ、一緒に芋々を呪い殺そう!』

「ふざけんな!」

 喜多が息を荒げながら、スマホを床に叩きつける。すぐに部長のスマホだということを思い出したのか、両手で拾い上げ、わなわなと辺りを見渡す。落ち着けって、と僕が背中をなでるも、彼は興奮気味だった。

「落ち着いていられないっすよ! なんすかこれ! 芋々って! 芋の刻参りって! ツッコミどころが多すぎますよ!」
「それについては同感だが、とりあえず先へ進もう。見回りが来ちまうぞ」

 スマホは一旦僕が預かり、再生ボタンを押す。なにが来るかわかっていれば、難しいことはない。ピアノの伴奏が廊下まで響く。

『芋の刻参りっていうのはね、芋に釘を打ち付けて呪うことを言うよ! やり方はとっても簡単! 道具は全部、100円ショップでそろえられるから安心だね』
『わぁ~、すごいね! これならわたしでも出来そう!』

 約5分にも渡る動画の内容は、芋を呪うための儀式を教育番組風に紹介したものだった。言わずもがな、芋の刻参りというのは、丑の刻参りのパロディだ。わかりやすさ云々よりも、緊張感のなさが腹立たしく思えてくる。IMOという正体不明の人物は、なんのために送り付けてきたのか、意図がさっぱりわからない。
 すると途中で、スマホが震えた。新着メッセージが来たらしい。

『舞ちゃん、今日卵忘れずに買ってきてね。それと牛乳も』

 僕はメッセージを上へスワイプして、見なかったことにした。舞、というのは部長の名前だ。送り主はどうやら部長のお母さんらしい。何度か会ったことはあるが、部長の傍若無人さとは無縁な、優しい人だった。
 一通り動画を見終えると、喜多が鼻息を荒くしてまくし立てる。

「なんかもう僕たちを振り回して困らせたいだけなんじゃないですかね。意味わかなんないですよ」
「まったくだよ。なにかのドッキリか、陰謀論か、あるいはフェイクニュースか。どこかでビデオ回ってたりしてないよな」
「なんのためにですか?」
「知らねぇよ、ググれ」
「いや、載ってないですよ! 戸締り先生じゃないんですから、適当なこと言わないでくださいよ!」

 僕は笑いながら、芋の刻参りの動画を自分のスマホに送った。
 部長の静物画からサツマイモが消えたこと。すべてがIMOになるのメッセージ。部長の消失。サツマイモのボイコット。そして芋の刻参り。すべて繋がっているようで、すべてが遠い。芋という共通点はあるが、それなら部長の消失は説明がつかない。そもそもこれはなにを目的としているのだろうか。頭が痛い。

「これまでの事件は、しょうもないジョークや言葉遊びで出来てるよな」

 事件という大袈裟な言葉は使いたくなかったが、便宜上使わざるを得なかった。スマホで辺りを照らしながら、黒板に一連の出来事を記していく。

「IMOの略称もわかってないですよね。まさか、国際なんたら機構が正解とは思えないし。んー、なんだろう。《いま、モテ期が、終わった》とか?」
「……」
「いつになったら、お小遣い、もらえるの?」
「やめてくれ、頭が痛くなる。ていうか、MとOが逆だぞ」
「本当だ。いつになったら、もらえるの、お小遣い、ですね。倒置法」

 彼の大喜利はともかく、腕を組みながら、白い文字を眺めた。

「ちょっと待て、いや、そんなバカげた話は……」
「どうしたんですか?」

 自分の導き出した答えに自信はなかった。が、喜多の食い気味な反応。もったいぶる訳にもいかない。

「部長の名前だよ」
「名前ですか? えっと、あれ? なんだっけ? 思い出せないや」
「おい、ふざけんなよ。部長の名前だぞ。さっき、LINEで出てただろ」
「いや、それが本当に思い出せなくて……」

 暗がりで表情は見えにくい。しかし、芝居を打っているようには思えなかった。喜多は、んー、と喉を鳴らしながら、天井を見上げる。

「神城先輩。どうしたんですか。そんなに血相変えて」

 僕は自分の頬を触った。額から汗が滲んでいた。外で強い風が吹いたのか、羽目殺しの窓が鳴く。室内の空気が薄い。

「おい、マジで言ってるのか? そんなことあり得るのか。まさか本当に。これじゃあボイコットじゃなくて、誘拐《アブダクション》だ」

 どうしたんですか、と言いながら喜多は僕のもとに駆け寄る。
 喜多の肩を借り、机にもたれかかる。部長の静物画からは、いまだに蛍光ペンの文字がほのかに浮き出ている。『すべてがIMOになる』。へたくそな字で書かれたそれは、僕をあざ笑っているように見えた。

「本当にわからないのか? 砂持、砂持 舞(さもつ まい)だよ!」
「……先輩ごめんなさい。ちょっと、……ビビッと来ないです」

 そう言いながら、申し訳なさそうにうつむく。喜多が名前を覚えていない。それはつまり、孤独の戦いが始まることを意味する。

 ――サツマイモをアナグラムに掛けると、部長の名前になる。

 このことを、僕は喜多に言わない。……言えない。
 天井を見上げながら、目をつむる。頭の中のごちゃごちゃが、瞼の裏側に映り込んでいる。僕は部長のスマホをポケットに入れ、黒板消しを握った。白い、幾重にも重なる掠れた線が、弧を描いて残る。

「喜多、ごめん。俺行くわ」

 背中を見せ、教室の敷居を跨ぐ。取り残した喜多の顔色をうかがう余裕はなかった。歯を食いしばりながら、廊下に漂う冷たい空気に目を向ける。
 とんだ夏休みだ。読書感想文だってまだ終わっていないのに、なんでこんな不可解なことに首を突っ込んでしまったのか。いつもみたいに、話半分で帰ってしまえばよかったんだ。
 存続の危機、大いに結構。そう抵抗した自分が、遠い日のことのように思える。

「先輩、どこ行くんですか」

 喜多の声が僕を追う。

「この悪趣味な冗談を終わらせに行く」

続く


担当:飛由ユウヒ

次回更新は10月15日(金)予定です。
お楽しみに!

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