【小説】傘と共に去りぬ 第10話 星の交差点【毎月20日更新!】
第9話はこちらから▼
募集の紙を見つけたからなんとなく、という惰性で始めた書店員も気がつけば立場のある役職を貰うまでになっていた。こんなに続くなんて私自身も驚いている。
そんな中でもやはり刺激というものを欲してしまう。こんな歳でも。
寒空のある日、あの光景を見てから私はずっとあの子の様子を観察してしまっている。
11月/鷲見カンナ
あぁ、またあの子だ。最近ずっと店に来ている。それに天気関係なく傘を携えて。
「いらっしゃいませー」
そう声をかけると彼女はピクッと小さく肩を揺らし、少し戸惑った表情で会釈をして漫画のコーナーへと歩いていく。
今日もあの彼を探しているんだろうな、と私は口角が少し上がりそうになるのを必死に抑えた。口元が見えるので変な店員に見られてしまう。
何ヶ月も前のこと、予報以上の猛吹雪にウチの店で過ぎるのを待っている人が多い中、彼女もまたその中にいる一人だった。
一向に止まない雪に私はぼんやりと帰りまでには止んでくれと祈っておいた。店内入り口のマットが風で捲れ上がってぐちゃぐちゃになっている。近場にいる最近入ったばかりのバイトの子は全然気が付いていない。やれやれと私は近づいてマットを綺麗に揃えに行く。
自動ドアの前なのでなるべく反応されないように距離を保ちながらしゃがみ込み、それでも端までピッシリ綺麗に揃えられるように腕を精一杯伸ばして整える。お客様の邪魔にならぬよう立ち上がると、目の前に二つの影が見えた。
マフラーに顔を埋めた少女と、前髪が長く目元の隠れた青年だった。彼は何やら手に持っている傘を少女に差し出している。差し出す勢いで星形のチャームが揺れた。困惑したような、遠慮する腕の動きを見せる少女を他所に青年は傘を渡して吹雪の闇へと消えていく。
残された少女はじっと手に握る傘を見つめて、そして、ぎこちなく傘をさして彼と同じ闇へと消えてしまった。
そんな一部始終を見つめていた私は思わず口元に手を添えて感嘆の吐息を漏らしていた。
「何してるんすか?」
「うわ! 急に話しかけないで」
気がつくと側にバイトの子が立っていた。こんなところに立っている私を不思議そうに見ている。
「これ、どうすればいいっすか?」
「あ、あぁ、それはね」
作業を教えるため業務に戻る。淡々と仕事をしているふりをしながら、心の中では先程起こった些細な青春を思い出しては口元が綻びそうになっていた。あぁ、羨ましい。とても。
そんな出来事があってから私は彼女を見かけると勝手に応援をしている。彼女が店を訪れる時は必ずと言っていいほど手には傘を持っていた。あの星形のチャームが付いた傘だ。
どうやら彼女はここでならあの青年に会えるかもしれないと思っているのだろう。そのために持ち歩いていると私は読んでいる。
「休憩入りまーす」
私はロッカーから上着を持っていつもの喫煙場所まで行った。店先の小さな一角で、客用と兼用で使うことになっている。と言っても私しか使用しない。
タバコに火をつけて吸い込み、ゆったりと口から煙を吐き出していく。高く登った白っぽい筋は空の向こうへと消えていくようで、私はそれをぼんやりと眺めていた。
ふと、隣からしゃらりと何か揺れる音がした。音のした方を見ると、あの傘を持った少女が立っているではないか。
「ごめんなさい。タバコ、近くで吸ってるの嫌だよね」
私は灰皿にタバコを近づけて火を消そうとした。
「いえ、大丈夫です! 店員さんいつも休憩の時吸ってますよね。お仕事お疲れ様です」
「あー、見られてたのね」
タバコの灰を軽く落として彼女から遠目の位置に持ち替えた。お言葉に甘えて一服を続けさせてもらう。
「ねぇ、急にこんなこと聞いたらアレかもしれないけど、その傘の彼には会えないの?」
「え! なんでそれを」
彼女が目を見開いてこちらを見ている。
「あの日の一部始終を見ちゃって。気になってたのよ」
「見られちゃってたんですね」
照れ笑いを浮かべながら手元の傘に目線を落としている。私はもう一度タバコを吸った。
「彼に恋しちゃったわけね」
「こっ、恋!」
「違った?」
「そう、なのかもしれないですけど」
彼女が傘を握る手に力を込める。少しだけチャームが揺れた。
「お礼が言いたいんです。あの時は上手く言えなかったから。目を見てしっかりありがとうございました、って」
「なるほどね」
店先から少し離れたところから「お姉ちゃん」という声がした。彼女は声のした方に手を振っている。妹が来たようだ。妹はタバコを吸っている私を見るなり少し怪訝な顔をした。とりあえず会釈をしてみると、それに応えるよう会釈をし返してくれた。
彼女が「それじゃあ」と言って去ろうとする。
「会計の時に置き忘れたりしないようにね」
「わ! それも見てたんですね」
いつかの日、彼女が会計する時にカウンター側に傘を置いたまま帰ってしまいそうになり、それに気がついた店員も声をかけられるまで気が付いていなかった彼女の姿を遠目で見ていたのだった。
「彼と会えるといいね。祈ってるわ」
「はい!」
二つ寄り添う姿を見つめながら、残りわずかになったカスを吸って灰皿に押し当てた。
「さっ、残りも頑張りますか」
立ち上がって店内に入ろうとした時、自動ドアが開くのと同じタイミングで出ていく人の姿が目の前に現れた。危うぶつかりそうになる。避けようとしてよろけたところを相手も見ていたようだった。
「すみません」
「こちらこそ、すみません」
申し訳なさそうな目がふわりと浮いた前髪からチラリと見えた。
危なかった、そう思いながら店内を歩いていると、キョロキョロと周りを見渡しているバイトの子と目が合った。
「カンナさん」
「どしたの」
「あの、傘の落とし物ってありましたっけ? ロッカー戻るついでに確認して欲しいんですけど」
「あーどうだったかな。その傘の特徴は?」
「普通のビニール傘なんですけど、なんか星形のチャームがついてるらしいです」
ただのビニール傘、星形のチャーム、そういえばさっき出口ですれ違った彼は前髪が重たかった。
素早く後ろを振り返ったが、閉まりかける自動ドアの隙間から人の影など何もなかった。
あぁ、あの二人はどれだけすれ違うんだ。すれ違い散らかしている。
「カンナさん? 聞いてます? って、え。笑ってる? 怖っ」
(つづく)
過去のリレー小説
▼2022年「そして誰もいなくならなかった」
▼2021年「すべてがIMOになる」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?