見出し画像

【小説】不思議なTELのアリス 第6話 レット・イット・ゴー?【毎月20日更新!】

▼前回をまだ読んでいない方はこちらから!


『酒は飲めば飲むほど飲めるようになる』。記憶の底辺に落ちていた格言を、アリスはなぜか思い出していた。誰の受け売りかははっきりしている。雑さをカッコ良さと勘違いしているのは、父親しかいない。引っ張り出された記憶と一緒に、元の世界がほんの少しだけ恋しくなる。
 通話による次元移動、通称テレワープをしたのは今回で四回目。初回にくらった三半規管の狂いもなく、周囲の空間が歪んでいく中、アリスは新たな出会いに想いを馳せる。昭和レトロな館内、お城が見える大草原と続き、一体、どんな景色が現れるのか。

「ここは果樹園かしら……」

 まぶたを開けると、眼前にはのどかな風景が広がっていた。アリスと丸メガネの青年がいる場所は、景色よりも小高い位置にあり、規則正しく並ぶ木々を見下ろすことができる。この場所からは何の実がなっているのかは確認できないが、風に乗っておばあちゃん家のような温かい匂いがアリスたちの鼻をくすぐった。あまり果実っぽくない匂いだった。
 足元には、入れ替わりでテレワープしたであろう人たちの荷物が落ちている。
 テレワープは『価値あるもの』を通行料として支払い、行きたい場所を強くイメージすることで、思い描いた場所に向かって通話ができる。その電話を第三者が受け取ることで、入れ替わるようにしてワープすることができるというものだった。『価値あるもの』はその世界や人によって変化し、またそのどれもが一定ではない。
「なんだこれ」と青年が、荷物を拾い上げる。わらで作ったカゴのようにも見えた。アリスが彼の顔を見ると、違和感に気づく。

「あなた、丸メガネはどうしたの?」
「あれ? 本当だ。そういえばない。テレワープ中に落としたのかな。困ったな。あれがないと、自分が自分でいられなくなる」
「あなたもしかして、メガネが本体な人だった?」

 元丸メガネの青年が頭を抱える。
 そして、彼と言葉を交わしている中で、アリスはもう一つ違和感を覚えた。

「それに、エセ関西弁もなくなってるわ」
「マジか!」

 どうやら、彼の個性という個性がむしり取られてしまったようだった。元丸メガネの青年は、関西弁を意識して口にしようと試みたが、頭に思い浮かべた瞬間、唇が鉄扉のように固く、動かなくなってしまった。

「んんんんん!」

 なんやこれ? と言っていることは彼の慌てっぷりから想像できた。彼の身に何が起きたのか、一刻も早く解明しなければかわいそうだと、アリスは思った。
 果樹園の方角を見る。人がいそうな場所といえば、そこしか思い浮かばない。肩を落として歩く元丸メガネの青年の手を強引に引き、果樹園を目指した。

「こんなところに、ジョーカー王子の顎を持った白い髪の女なんているのかね」
「改めて聞くと、意味のわからないシチュエーションだわ。白い顎のジョーカー女だなんて」
「いろいろ混じってるぞ。大丈夫か?」

 果樹園に近づき、遠くて判別できなかった実の形がわかるようになる。白い三角形の、見たことがない果実だった。アリスが暮らしていた元の世界ではないことだけはわかる。よく目を凝らしてみると、木になっているのはおにぎりだった。白い粒が陽の光を浴びて輝き、炊き立ての香りでアリスたちを手招きしているようだった。アリスの腹が鳴る。
 脚立に乗り、おにぎりを収穫する人影が見えた。
 ワンピースに麦わら帽子、小麦色の肌をした女性だった。麦わら帽子の女性はアリスたちの足音に気づいたようで、手で帽子を押さえながら、「客人だなんて、珍しいわ」と頬を上げながら言う。

「あの、お尋ねしたいことがありまして」元丸メガネの青年が話しかける。「人を探してまして、この辺りで白い髪の女性を見かけませんでしたか?」

 麦わら帽子の女性は首を傾げた。
 何かヒントはないかと、アリスは自分たちに起こったことを説明する。テレワープがこの世界にも共通認識としてあるのかは不安だったが、その心配は杞憂だった。女性の顔が晴れていくのがわかる。しかし、その表情も一瞬だった。眉をひそめて、女性は尋ねる。

「あなたたち、そんなにテレワープを使って大丈夫なの? あなたたち自身の『価値あるもの』はちゃんと用意できてる?」
「そういえば何も考えてなかったな」

 元丸メガネの青年が答える。テレホン堂からおにぎり果樹園に向かう際、アリスは顎を持った白い髪の女性をイメージすることに必死だった。テレホン堂のテルも何も言ってくれなかった。

「その話が真実なら、少なくとも二つずつなくなっているはずよ」
「それってもしかして……」

 思い当たる節があり、アリスはハッとする。青年も同じことを思ったらしく、目を見開いた。彼の顔が青ざめていく。

「丸メガネと関西弁ってこと?」
「そうに違いない! なんてこった! 大惨事だよ。世界の終わりだ!」
「勝手に世界を終わらせないでくれる?」

 元丸メガネの青年が頭を抱えながらしゃがみ込む。
 一方で、アリスは自分の何を取られてしまったのか、胸に手を当てて考えてみた。元丸メガネの青年のようなわかりやすい価値は取られていないようだった。麦わら帽子の女性からも、「アリスさんは何か失っている感覚はありますか?」と尋ねられる。

「心にぽっかりと空洞ができたような、寂しいような感覚はあるの。好きな物がなくなってしまったような感じかな。……あっ!」
「わかったの?」
「さつまいも。わたしの大好物のさつまいもが世界からなくなっている気がするわ」
「……さつまいもって何?」

 青年と女性が同時に言う。アリスもいましがた言葉に出した言葉の意味がわからなかった。

「なぁ、アリス。お前、顎を持った白い髪の女性を思い浮かべたんだよな」
「そうよ。ちゃんとイメージしたわ」
「これって、白い顎のような形を持った女性じゃないか?」
「……ちょっとお腹が空いちゃって」

 チッ、と盛大な舌打ちが聞こえた。

「テレワープし直しだな」

 元丸メガネの青年が言うと、「ちょっと待って」と麦わら帽子の女性がおにぎりを入れたカゴを握りしめた。

「白い髪の女性といえば、おにぎり果樹園を超えた先にあるスコシモサムクナイワ王国に行ってみるといいわ。聞くところによると、その国の女王様の髪は白髪で、触れたものを凍らせる力があって、お歌がとても上手らしいの」
「おい聞いたか、アリス。行ってみる価値はありそうだぜ」
「えぇ。ここで悩んでいても仕方がないもの。行ってみましょう」 

 それからアリスたちは、麦わら帽子の女性からおにぎりを二個ずつもらい、スコシモサムクナイワ王国までの行き方を教えてもらった。
 別れ際、麦わら帽子の女性がアリスたちの背中に声をかける。彼女の表情からは心配がにじんでいた。

「あなたち。テレワープを使用する時は慎重にね。あなたたち自身を失うことだってあるんだから」
「ご忠告ありがとう。行ってくるわ」

 スコシモサムクナイワ王国は20キロ離れているとのことだった。アリスは元丸メガネの青年の与太話に耳を傾けながら、目的地を目指した。

つづく

第6話担当 飛由ユウヒ



次回の更新は8月20日です!



続きが読みたくなったら「スキ」してくれると嬉しいです!



「記事を保存」を押していただくと、より続きが楽しめます!



ぜひよろしくお願いします!

▼2023年「傘と共に去りぬ」


▼2022年「そして誰もいなくならなかった」

▼2021年「すべてがIMOになる」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?