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【小説】傘と共に去りぬ 最終話 傘は去りぬ

第11話はこちらから▼

 人の手を渡り私は旅する。必要な誰かのもとへ。

 ×月/傘

 語るのであればどこから語るべきか。私に意識が宿った頃か、それとも男に買われたときか。物語るのであればいくつもあるが、聞きたいところは決まっているであろう。
 あの二月から始まる恋の物語。運命の傘をめぐり、会えず会わずの十一か月。まるでガラスの靴を持った王子がシンデレラを探して健気に探し続けた、と思えばこれほどまでにロマンティックな話はない。ガラスの靴がビニール傘であることを除けば、ではあるが。
 そもそもの発端から見れば、私は傘という消耗品であり中でもビニール傘というロマンの欠片もない無骨な傘である。使い終わったら捨てはしなくても持ち主に返そうなどと思わんだろう。私はそこに彼女の優しさを垣間見た。健気すぎて傘だが涙が出てきそうになったほどだ。
 ただ、このあとの私の顛末を知っていれば涙など出なかっただろう。あれほどまでに再会に焦がれた彼女がビニール傘という私を電車内に置き忘れてしまうのだから。

 言ってしまえば、この恋物語が十一か月もかかったのは彼女の置き忘れが原因だ。それが無ければもっと早くに物語は進んでいたかもしれない。べつに彼女を責めているわけではない。私も彼女のもとを離れている間のことは知らないし、もしかすると私が手元にあったとしても彼と再会することはなかったかもしれない。すべては、たらればであって正解はない。
 さて、私が電車内に置き去りにされてから地獄だった。幾人もの手を渡り、ときにはどこかに放置され、ときには川に投げられ、ときには小道具としても使えないと罵倒された。もはや傘としての役目をまともに果たせたときはなかった。心も体もボロボロになり果てて、いっそのこと使い物にならないようになってやろうかとも考えた。
 それでも私は旅を続けた。折れず曲がらずに人の手を渡り続ければ巡り巡って彼や彼女のもとに辿り着けると信じて踏み出したのだ。
それだというのに、私を川に投げた男の手に戻ることになるとは思わなかった。出ばなをくじかれ、心が折れた。気分は落ち込み、真剣にどう私という存在の終わりを迎えるかを考えた。華やかに散ることこそ最高の散り際だが、傘である自分には生憎と雨空にしか縁がない。そうなると、川に捨てられた恨みを晴らして役目を終えるも一興かとも考えた。
しかしながら、私の運はまだ尽きてはいなかった。晴れ晴れとした街中で彼女は私を男から取り返し、この恋物語を一気に前進させたのだ。
 
 ここから先は知っての通りだろう。彼女らが出会った場所で、再び出会い彼女らがどうなったか。結ばれた、結ばれていないなど些末な問題だ。重要なのは、十一か月もかかって会えたということだ。それほどまでに思い続けられたことに私は拍手を送りたいものだ。それに私はその後を知らないのだから、語ることはできない。あのあとの二人は私のことなど忘れて去っていった。見知らぬ茶店の傘立てに。こうなっては恋物語の続きなど知りようもない。ただ、並んで歩く二人は似合っていたことだけは言える。
 さて、次はだれが私を連れ去って行くのだろうか。

                               おわり

最終話担当 志央生

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