【小説】不思議なTELのアリス 第2話 五月ウサギ【毎月20日更新!】
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まぶたの薄壁に隔てられていても尚感じる眩しさに、アリスは目をぐっと瞑った。どこかに掴まっていないとふらついてしまいそうだった。おもむろに目を開けると、そこはさっきまでアリスが受話器を取っていた昭和レトロの空間ではなく、青々とした草原が広がっていた。
アリスがいる石造りの建物からは、白い道がすっと遠くまで伸びている。なだらかな丘を超えた先には、まるで絵本の世界のように高くそびえるお城が存在していた。アリスは胸の前で手を組み、おもわず声を漏らす。
「まぁ、ステキ!」
お城に引き寄せられるように段差を降りると、風が香った。祖母が住む田舎の山奥とは違う種類の新鮮さだった。鼻への通りが心地良く、土や水や草が絶妙なバランスで手を取り合い、踊っているようだった。スカートが揺れる。アリスはさらなる一歩を踏み出そうとした。
「おいおい。今度はのんきなやつが来たぜ」
背後から声がした。振り返ると、長い耳の白ウサギがスツールの上であぐらをかいていた。人間の五歳児くらいのサイズはあるだろうか。人間然とした哀愁漂う動きに、怪しさが際立つ。
「あなた、おしゃべりが上手なのね。こんにちは」
「おいちょっと待て、オマエの世界じゃ、オレみたいのがわんさかいるのか? 驚かれないなんてこと初めてだぜ」
無論、元いた世界ではウサギが話すことはありえないことだったが、アリスは素直に受け入れることができた。小首を傾げながら、「ウサギがしゃべってたらいけないの? それにわたし、あなたに似たウサギを絵本で見たことがあるもの」と答える。白ウサギは垂れ下がった耳を揺らし、やれやれといった様子でため息をつく。
「オレは五月ウサギ。まったく、みょうちくりんな奴が代わりに来ちまったもんだ。オマエ、テレワープは何回目だ?」
テレワープという聞き馴染みのない言葉に戸惑う。ただ、言葉のニュアンスから、電話での移動のことを指していることは理解できた。
「えっと、おばあちゃんの家で一回と、テレホン堂で一回だから、二回かな。五月ウサギさんはこの世界の住人なの?」
「さん付けすんなよ、気持ち悪りぃ。そうだ。オレはここの住人だ。つまんねぇ国だけどな。二回目ってことはやることはわかってんだろう? ついてこいよ」
五月ウサギはスツールから飛び降りると、ぐっと背中を反り、骨を鳴らした。アリスを追い越し、白へ続く道を二本足で歩いていく。アリスは彼の背中を追いながら、気になっていることを尋ねた。
「五月ウサギさん。わたし、ついうっかり受話器を取っちゃっただけで、なにもわからないの。これからなにをしたらいいの? テレホン堂に戻ることはできるの? わたし、今日の夜に友達と、飲みサークルと健全なサークルの境界がどこにあるかについて話し合わなければならないの」
「質問はひとつずつにしろって親から教えられなかったのか? 本当に困ったやつだな。いいか、テレワープするには相応の対価が必要なんだ。オマエが住んでいた世界ではそういうのなかったか?」
「……お金のことかしら?」
そう言いながら、アリスはポケットを叩く。財布どころか、新しく買ってもらったばかりのスマホさえ持ち歩いていなかった。
「オカネっつーのがなんのことかオレにはさっぱりだが、元の場所に戻りたかったら、『カチアルモノ』を探す必要がある。通行料ってやつだ」
頭の中で『カチアルモノ』を、『価値あるもの』と変換する。
「『価値あるもの』って具体的にはどんなものかしら?」
「それはオレにはわからねぇ。価値なんてものは人それぞれだ。ジョーカー王子のあごみたいに大きいかもしれないし、キャタピラーの目玉みたいに小さいかもしれない。もしかしたら触れない物の可能性だってある。オレが毎晩ニンジンカクテルを飲みたいように、おまえにも好きなものがあるだろ。『カチアルモノ』ってのは、持つ者によって姿形を変えるんだ。おまえと代わって来たやつも『カチアルモノ』を探しに行ったぜ」
「なんだかキャンパスライフみたいね。楽しみ」
「おまえ、変なやつだな。友達から不思議ちゃんって言われたりするだろ」
「言われたことないわ」
「そうかい」
五月ウサギは大きな耳を手で引き寄せ、ぼりぼりと音を鳴らした。
「まぁ、ここらで探し物をするなら、ジョーカー城しかねぇからな。とりあえず尋ねてみることだ。自分の名前を城の名前にする悪趣味な王子と、そんな王子に従えるバカな兵士どもがいる場所だ」
五月ウサギはそう言って、黙々と長い道を進んでいく。なぜ彼が道案内を買って出てくれているのか、アリスは疑問に思った。彼にはそういう役割が与えられているのだろうか。それとも、自分を連れていくことになにか意味があるのだろうか。どちらにせよ、アリスは元の場所に戻るための情報が必要だった。一定の距離を保ちながら、無粋な背中を追いかけることにした。
(つづく)
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