(小説)紅蓮の陰謀
第1話(プロローグ)
「片山、そっちはどうだ」
「多田刑事。動きはありません」
「そうか。そのまま張り込みを頼む」
俺は今、連続窃盗団のアジトの偵察に来ている。
夜の住宅街に堂々と侵入し金品を奪っている奴らだ。
場合によっては住居人を縛り上げナイフで脅す行為も報告されている。
何をしでかすか分からない奴らだ。
慎重に行かなくてはいけない。
本部から聞いている犯人の人数は10名。
奴らが潜伏しているこのアパートにはすでに5名いると思われる。
残りの5名は居場所不明。
おそらくこのアパートに出入りするとは思うが。
隣の建物の屋上から双眼鏡で監視している片山は年下だが、すでに当確を表している敏腕刑事だ。
俺たちはいつも2人で行動する。
署内でも俺たちの活躍は評価されていた。
大人数で現場に行く時は証拠が全て集まり、犯人が全員その場にいる時だけだ。
俺たちは現場の確認として犯人グループが揃う時間帯を狙っている。
「なかなか尻尾を出さないな」
「そうですね。しぶとい奴らです」
無線の向こう側の声に焦りを感じる。
「長丁場になりそうだ。片山、あんまり焦るなよ」
潜伏先のアパートを見上げる。
かなり年季の入ったボロアパートだが階数は4階まである。
犯人が潜伏するにはもってこいの場所だ。
「多田刑事!」
「なんだ」
無線から荒げた声が聞こえた。
「残りの5名アパート内に入りました」
「分かった。この時間が奴らの集合時間と言うことだな」
「他にも証拠を探しますか?」
「あんまり踏み込むな。せっかく掴んだ尻尾を取り損なううぞ」
「で、ですが、奴ら部屋から出てきます」
「なんだと」
アパートを見上げるとゾロゾロと男たちが部屋から出てきていた。
手にはスポーツバッグを持っている。
「証拠を隠す気か」
「多田刑事! 行きましょう!」
「分かった。あとで合流しよう。俺は先に奴らを追う」
「了解しました」
無線を切ると俺は気づかれないように物陰に隠れた。
その間にも奴らはアパートの階段を降りて来ている。
まずい、このままじゃ取り逃す。
犯人グループは車に乗り込むと走り出した。
片山と合流した俺は、近くに止めてあった覆面パトカーに乗り込むとエンジンをかけた。
ーーーーーーーーーーーーー
「奴ら、どこに向かう気でしょうか」
「分からんがこの辺は港の近くだな」
まさか盗んだ商品を海外に売り捌く気か。
そうはさせん。
開けた場所に着くと奴らの車が急に止まった。
俺たちも物陰に車を停めると奴らの動向を伺った。
車の中から出てきた男の1人がスポーツバッグを開けると、
「隠れろ片山!」
ライフル銃をこちらに向けて発砲してきた。
バレていたか。
数では圧倒的に向こうが有利。
このまま撤退するか。
いやしかし、あの人数じゃ車に乗り込む前に撃たれてしまう。
「どうしますか多田刑事」
拳銃を構える片山だが、
「弾を無駄にするな。今反撃したところで俺たちに勝ち目はない」
「……ですが、このままでは」
「とにかく応援を呼ぶんだ」
「わ、わかりました!」
そう言うと片山は無線で本部に連絡を取った。
応援が来るまで持てばいいが。
そうこうしているうちに、犯人グループはジリジリとこちらとの距離を詰めてくる。
このままではやられる。
そう考えていると、
「おっさん達! 苦戦してるみたいだな」
「なっ」
突如後ろから声をかけられた。
まさか犯人グループの仲間か。
「安心してくれよ。俺はあんた達の仲間さ」
その声は若かった。
実際、その声の持ち主は学生服を着た男の子だった。
見た目は金髪でやんちゃな雰囲気を感じる。
「き、君! ここは危ないから早く逃げるんだ」
「逃げる?」
少年はニヤリと笑うと物陰から出た。
「危ない!」
だが、俺の声と同時に、
「あんたら、ちっとばかし悪さが過ぎたんじゃないのか」
犯人グループと対峙する。
「子供だと。どうする? サツじゃないぞ」
「構うもんか。やっちまえ!」
犯人グループがそう言うとライフルを少年に向ける。
「まったく、これだからバカはどうしようもないな」
やれやれといった具合で少年は何かぶつぶつと言いながら右手を犯人グループに向けた。
「お前ら全員消し炭になるがいい!」
そう叫ぶと、少年の手のひらに炎が集まり出す。
「な、なんだあれは」
驚愕する犯人グループとは逆に少年はニヤリと笑う。
その炎は急速に大きくなり、
「くらえ! ファイヤフレイム!」
放たれた炎は犯人グループを包み込むと激しい火柱が上がった。
「ああああああ」
男達の悲鳴が聞こえる。
周りの空気まで焼きつきそうなその炎は犯人達を焼き尽くす。
「終わったぜおっさん達」
少年は振り向くと俺に手を伸ばした。
どうやら腰を抜かしてしまったようだ。
刑事歴20年のこの俺が。
「いったい何が……」
火柱が上がった付近を見ると、大きなクレーターができていた。
ところどころ黒いシミのようなものができていて、おそらく犯人だった何かが残されている。
立ち上がる熱気が今起きたことが現実だと教えてくれる。
「片山刑事! 今のは一体」
「俺にもさっぱりだ。君、一体何を」
少年はニヤリと笑うと、
「悪い奴は消し炭にしないとな」
その顔には罪の意識は無く、まるで良いことでもしたように鼻歌を歌い出した。
いくら犯人とは言え、人を殺したら罪になる。
「んじゃ、俺はこれで」
「ま、待ちなさい」
「まだなんかあるんすか?」
「君に任意で事情を聞きたい」
「それはちょっと困るなあ」
そう言うと、右手を俺たちの方に向けた。
「おっさん達も消し炭になりたくなかったらこのことは忘れることだな」
「……なんだと」
「じゃ、俺はこれで」
突然後ろからエンジンの音がした。
振り向くと軽バンが猛スピードでこちらに向かってくる。
「片山! 避けろ!」
その車は急ブレーキを踏む。
一瞬止まると少年を乗せて走り去ってしまった。
第2話(能力者)
「多田刑事。あの少年は一体何だったんでしょうね。俺たち夢でも見たんですかね」
「あれが夢だと? そんなはずないだろ。事実、犯人グループは文字通り消滅したんだ」
あれから応援が到着して、俺たちはそのまま本部に戻ることになったが、どう説明したらいいか分からず、起きたことをそのまま話したが誰にも信じてもらえず俺と片山は休憩室で休まされていた。
「片山、どう思う」
「どうって何がですか」
「あの少年のことだ」
「どうって言われても俺にも分からないですよ」
「あれは手品か何かか?」
「分かりませんが、よくアニメとかで見る特殊能力みたいですよね」
あまりアニメに詳しくない俺はその手の話は苦手だった。
超能力?
この世にそんなものあってたまるか。
あの少年は一瞬で10名の命を奪ったんだ。
許してはいけない。
「でも、あの少年のお陰で俺たち助かりましたね。あのままじゃ確実にやられてましたよ」
「それはそうだが、少年のやったことは一方的な暴力だ。許してはいけない」
「そうかもしれませんが、あの子は正義の味方かもしれませんよ?」
「味方だと?」
「はい。漫画やアニメでよくあるじゃないですか。能力者が弱いものを助けるみたいなやつ」
あの少年のニヒルな笑みはあまり正義の味方には見えなかったが。
それに少年には協力者がいる。
もしかしたら組織として動いているのかもしれない。
「おい片山、あの車のナンバー覚えてるか?」
「それが一瞬のことで確認できていないんですよ」
「そうか。あの少年の身元は確認できなということか」
「それなら、鑑識があの車のタイヤ痕を調べてるはずですよ」
俺たちの話は信じなかったくせに、証拠だけは調べてるのか。
「もしかしたら少年の尻尾を掴めるかもな」
「はい。あ、多田刑事。そろそろ病院の時間ですよ」
俺たちは本部から頭のおかしいやつと思われ、2人そろって精神科で診てもらえと言われた。
まったく失礼な奴らだ。
俺が幻覚でも見たって言うのかよ。
重たい腰を上げて俺たちは休憩室を出た。
第3話(タイヤ痕)
病院から帰ってきた俺は本部に戻ってきた。
医者からは何も異常がないし薬もいらないと言われとっとと返された。
まったく、時間の無駄だ。
まだ本部からはゆっくり休めと命令されている今の俺には、捜査をする権限は無い。
だが、休憩室で鑑識のやつが話していた内容には興味があった。
「例の事件のタイヤ痕。鑑識終わりましたよ」
「ああ、あの訳のわからない事件のことか」
「はい。調べた結果、車は白い軽バンで神奈川ナンバー。持ち主は真神学園(しんしんがくえん)の校長のもののようです」
「校長? なんで校長があんなところに?」
「分かりませんが、証拠がない以上追及することはできません」
「そうか。まあ、なんだ。あの事件は分からないことが多すぎる。このまま時効になるかもしれんな」
「そうですね」
一通り喋ると鑑識2人は休憩室から出ていった。
真神学園といえば県内でトップクラスの神学校じゃないか。
なぜその校長があんなところに。
それにあの少年。
もしかしたら学校の生徒か?
いや、わざわざ危ない場所に生徒をついれていく校長がどこにいる。
訳がわからん。
だが、事件の謎は真神学園に隠されていることは分かった。
それに今の俺は頭のおかしい奴として仕事を回してもらえない暇人だ。
あの少年について調べる良い機会だ。
「ちょっくら行ってくるか」
第4話(真神学園)
電話でアポをとった俺は真神学園の応接間に通されていた。
部屋の中はバレーボールやサッカー部のトロフィーが飾られており、生徒達の活躍が目に浮かぶ。
仕事の癖で部屋の中を物色しているとドアがノックされた。
「遅れて申し訳ありません」
白髪混じりの初老の男性が部屋に入ってきた。
体型は小太りで額には汗をかいている。
おっとりとした雰囲気を感じる。
「私、アポを取らせてもらった刑事の多田です」
名刺を差し出すと相手も名刺を出す。
「真神学園校長の秋元と申します。どうかよろしくお願いします」
ソファーに腰掛けると、
「本日は我が校についてお聞きしたいことがあると」
急に秋元の目が細くなる。
「はい。実は昨日奇妙な事件がありまして」
昨日のことを校長に説明する。
犯人グループに追い詰められたこと。
突然、少年が全てを焼き尽くしたこと。
現場に残されていたタイヤ痕のこと。
全て話し終えると秋元は不敵な笑みを浮かべる。
「なるほど。そのタイヤ痕が私の軽バンと同じだったと言うことですか」
「そう言うことです」
「ですが、私には全てを話す義務はありません」
「それはどう言うことですか」
「そのままの意味です。私はそのことを話す権限を持ちません」
どう言うことだ。
校長なら自分の学校のことを説明しても何もおかしくない。
なぜ話せない。
「では、この学校の男子の制服を見せてもらえませんか?」
あの少年と同じ制服なら、少年はここにいるはずだ。
「分かりました」
そう言うと秋元はクローゼットから制服を取り出した。
「これが我が校の男子の制服です」
ビンゴだ。
少年と同じ制服だ。
やはり彼はここにいる。
「なるほど。ちなみにこの学校は県内でもトップクラスの学校と聞いていますが、不良生徒なんかはいませんか?」
あの少年は金髪だった。
神学校であるこの学校に金髪の生徒がいたら目立つはずだ。
だが、
「そのような生徒はおりません」
「髪を染めている生徒もですか?」
「はい。おりません」
なんだと。
ここまできて行き詰まったか。
「分かりました。協力ありがとうございます」
そう言うと俺は応接間を後にした。
あの少年が真神学園に関係していることは分かった。
だがなぜ校長は少年の存在を認めない。
俺は諦めないぞ。
絶対に見つけてやる。
その日、俺は校門で見張りをしたが少年を見つけ出すことはできなかった。
第5話(掲示板)
「多田刑事お疲れ様です」
「片山か」
真神学園から戻った俺は、定位置となりつつある休憩室の椅子に座り込んだ。
「多田刑事、何か動いてるんですか? さっき姿が見えませんでしたけど」
「ああ、あの少年を追ってる」
「情報見つかったんですか?」
「真神学園に関係しているところまでは分かった」
「真神学園って県内トップクラスの有名な学校じゃないですか」
「そこの校長に会ってきたがどうも様子がおかしい」
「と言いますと?」
「あの校長。何か隠してる」
「やましいことでもあるんですかね」
「いや、どちらかというと口止めされているように思う」
「口止めって誰にですか?」
「分からん。だが、何か大きな組織が関連しているような気がするんだ。これは刑事の勘だがな」
「勘だけじゃ命がどれだけあっても足りないですよ」
「それはそうと、片山は何か情報掴んだか?」
「情報ってわけでもないですけど」
そう言うとスマホを取り出し俺に見せてきた。
「今、ネットの掲示板で有名なんですよ」
「イレイザーほむら?」
「はい。ネットではホムラの相性で呼ばれているんですけど、これに消したい人間の情報を書き込むとこの世から消してくれるそうです」
「これは別部署の奴らが捜査してるのか?」
「はい。ですが証拠が無くて何も掴めていないそうです」
ホムラ。炎。
まさか、そんな単純じゃないよな。
炎という文字を見るとどうしてもあの少年を連想してしまう。
「もしここに誰かの名前を書けばホムラが現れると言うことか」
「そう言われてますね。都市伝説だとは思いますが」
「その掲示板、誰かのこと書かれたりしてるのか?」
「えーっとそうですね」
片山がスマホを操作する。
「国会議員らしき名前が書かれていますね」
「誰だ?」
「相田修造(あいだしゅうぞう)です。今、汚職で揉めに揉めてる議員ですね」
「相田は今どこにいるか分かるか?」
「ネットでは明日の12時に定例会議をやるそうですがどうする気ですか?」
「ちょっとな」
俺は缶コーヒーを飲み干すと休憩室を出た。
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次の日。
俺は相田が定例会議を行うホール会場に来ていた。
まさか真昼間からホムラが動くとは思えんが念には念をだ。
歩道には小型のトラックが停まっており、会議に使う資料や機材を運んでいた。
縁石には相田の顔が書かれたのぼりが立てられ風にゆらめいている。
定例会議にはまだ時間がある。
俺は建物の裏側に回るとタバコに火をつけた。
ゆっくりと煙が肺に吸い込まれ、徐々に頭が冴えてくる。
あの少年がホムラなら関係のない市民を巻き添えにすることは考えずらい。
あの時だって俺たちには手を出さなかった。
だが、一度手を出せば大きな被害をもたらすだろう。
そんなことを考えていると、
「お前は何を考えているんだ!」
建物の入り口付近から大声が聞こえた。
なんだ、誰の声だ。
こっそり様子を伺うと、そこにいたのは相田修造だった。
どうやら運搬会社の人間と揉めているらしい。
「この機材は300万もしたんだぞ! もっと丁寧に運べんのか!」
作業服姿に帽子を深々と被った作業員は何かぶつぶつと呟いていた。
「お前! 人の話聞いてんのか! 何をぶつぶつ言っている!」
「税金で買った機材はそんなに良いものなのか?」
「なにい!?」
作業員が顔を上げると、その顔に見覚えがあった。
「消し炭になりやがれ! ファイヤフレイム!」
突然、相田の体が火柱に包まれた。
「しまった! あいつがホムラだったのか」
突如にして現れた火柱の影響で辺りは熱気に包まれた。
徐々に火の勢いが弱まると、相田だったものがそこに残された。
なんてことだ。やられた。
まさかこんな明るい時間に犯行に及ぶとは。
慌てて表に出るがホムラの姿はすでになかった。
俺は走り去る軽バンを見つめることしかできなかった。
第6話(再び)
「多田刑事。なんだかお疲れですね。どうしたんですか?」
「どうしたも何もホムラに逃げられた」
「え、ホムラを見たんですか?」
「ああ、あの少年とホムラは同一人物だった」
「まさかそんなことが」
「俺もまさかだと思ったよ。だがこれが真実だ」
「じゃあ、あの少年は掲示板で依頼を受けて人殺しをしているということですか」
「そうなるな」
「それって殺し屋じゃないですか」
「それもかなり手慣れてる。あれはプロの手口だ」
作業員の変装も完璧だった。
相田を手にかける時も躊躇(ちゅうちょ)なくやってのけた。
いったいそんな技術どこで習得したんだ。
「片山。ホムラの掲示板はいつ頃からあるんだ?」
「えーっと、3ヶ月前ぐらいからですね」
「そんな簡単にプロの殺しの技術を習得できると思うか?」
「無理だと思います。だいたいの殺し屋は初犯で捕まりますからね」
あの炎の魔法みたいなのは置いといて、変装や隠密のスキルはそう簡単に習得できるものじゃない。
普通の人間はどんなに気配を消そうとして消せないものだ。
「もし、殺し屋を育成する学校があったとしたら……」
「もしかして、ホムラは殺し屋として生まれたと言うことですか?」
「あくまで仮説だがな。だが日本でそんな学校は存在しない」
「そうですね。誰かが存在を隠さない限り無理ですね」
「存在を隠す?」
「はい。誰にも見つからなければなかったことになりますから」
「それだ!」
俺は真神学園に出向いた時のことを思い出した。
あの校長は何か隠してる。
それが殺しの養成に関することならなおさら隠して当たり前だ。
「多田刑事! これを見てください」
片山が慌てた様子でスマホを俺に見せた。
「どうした」
「ホムラの掲示板に新たな依頼がきています」
「次は誰だ」
「うちの署長です!」
「なんだと。署長が何をしたんだ」
「掲示板には政治団体から賄賂(わいろ)を受け取ったと書かれています」
「署長が何かをしたとしてもうちの署長だ。守らなければいけないだろう。署長のスケジュール分かるか?」
「確認してきます」
そう言うと片山は走り出した。
ーーーーーーーーーーーーー
今日の署長の予定は午後から各警察署長が集まって行う署長会議だった。
運が悪いことに会場はホテルの1室で行われる。
ホムラの炎で火災にでもなったら一般市民への被害も大きいだろう。
いち早く現場に到着した俺はホテルの周りを調べていた。
不審な車両も例の軽バンも停まっていない。
会議が始まる13時まであと1時間。
まだホテルに署長も他の警察署長たちも到着していない。
今度こそ守ってみせる。
俺は不審車両がホテルの前に止まらないか目を凝らす。
今度は変装しても無駄だぞホムラ。
それからしばらく経ち、署長たちがホテルに続々と入っていく。
特に異常はなく定刻の13時になった。
さすがに会議室には入れない俺は、ホテルのロビーでコーヒーを頼んだ。
ホムラは炎の力で相手を焼き尽くす。
その威力は絶大で周囲にいる者にも被害を及ぼす。
だが、狙った相手以外を殺すことはない。
まてよ。
と言うことは署長たちがいる会議室で犯行を実行することはないのか。
そう考えると署長が出てくる時がホムラにとってのチャンスになるはずだ。
「まさか!」
俺は周囲を見渡した。
入り口の自動ドアは閉まっており人の出入りはない。
食堂は賑わっているが、今から殺しをしようとするやつが呑気に食事をしているとも思えない。
フロントを見ると男女2人の従業員が暇そうに立っている。
あの従業員やけに若いな。
男の方の従業員の見た目が10代にしか見えない。
まさかあいつホムラか。
俺は席を立ち男の従業員に近づく。
「私こういうものですが」
男はニヤリと笑うと、
「また会ったな刑事さん。これで2回目か」
「3回目だ」
「そうだったか?」
「お前、相田を殺っただろ」
「見られてたか」
そう言うとホムラはカウンターを乗り越えて出口へと走り出した。
「待て!」
慌てて追いかけるが、突然目の前に飛び出した軽バンにホムラは乗り込んだ。
出口に出ると運転手の顔が見えた。
「校長。やはりあなたでしたか」
第7話(独白)
「秋元さん。もう言い逃れはできませんよ」
真神学園の応接室で俺は校長の秋元と対峙していた。
「見られてしまいましたか」
「秋元さん。あなたはいったい何を隠しているんですか」
「それは言えません」
「どこかの組織に口止めでもされているんですか?」
「そうではありません」
「ではどうして」
「これは私の意地です」
「元殺し屋としてのですか?」
「もうそこまで調べていましたか」
秋元は立ち上がると窓を眺めながら話し始めた。
「もう40年以上前のことです。昔、この日本に裏世界を牛耳る凄腕の殺し屋がいました。その殺し屋は狙った獲物は1発で仕留めることを信条にしていました。ですがある日、獲物に逃げられてしまったのです。それからその殺し屋の威厳は消え去り裏世界から足を洗わなければなくなりました。ですがその殺し屋は殺し屋としてのプライドだけはずっと持っていました。もう一度裏世界を支配したい。ですがすでに依頼すら来ない状態。このままではプライドが許しません。そこでその殺し屋は新たな殺し屋を育てる事にしたのです」
「それがホムラというわけですか」
「そんなところです」
一通り話終わると秋元は俺に振り返って笑みを浮かべた。
「そのホムラは今どこにいるのですか?」
「それは言えません」
「またですか」
「ただこれだけは言えます。本日でこの国は混乱に覆われるでしょう。そして私は再び世界を牛耳るのです」
第8話(最後の狼煙)
秋元の話を聞いたあと俺は学園を飛び出した。
ホムラは何か大きなことをするはずだ。
被害者が出る前に止めなくては。
俺はスマホを取り出すと片山に電話をかけた。
「例の掲示板に何か書かれていないか?」
「えっと、ちょっと待ってくださいね。あ、ありました。って大変です! 総理大臣の名前が書かれています!」
「なんだと」
「しかも今回は時間も指定されています」
「いつどこでだ」
「今日の15時に開催される選挙の応援演説です。場所は東京足立区」
「東京だと」
まずい。都会であの能力を使われたらどうなるかなんて目に見えている。
俺は急いで車に乗ると足立区に向かった。
幸い覆面パトカーで来ていたので緊急走行ができる。
俺は高速に乗るとパトランプを光らせて現場に急いだ。
どうにか間に合ってくれよ。
ーーーーーーーーーーーーー
30分ほど車を走らせて現場に到着した俺は。演説準備をしている係の者に状況を説明した。
「今すぐ演説を辞めるんだ!」
「なんの権限があって言ってる」
「俺は警察だ」
警察手帳を見せる。
「何があったんですか?」
「ネットの掲示板に総理大臣の殺害予告が書かれています」
「なんだって」
「時間がありません。今すぐ中止してください」
「そんなこと言われても、もう総理大臣来てますし」
「総理大臣は今どこにいるんですか!?」
「あそこで待機しています」
男が指さす方にはバンが止まっていた。
俺は急いでバンに駆け寄った。
「大臣ここから逃げてください」
ゆっくりとドアが開くと、
「君は誰だね」
「こういうものです」
警察手帳を見せると、
「警察が何の用だ」
「ネットの掲示板にあなたの殺害予告が書かれています。これを見てください」
スマホを見せると大臣は腕を組んで、
「そんなものにビビって演説を中止できるか」
「ですが大臣」
「警察は黙ってろ。毎月包んでやってるんだから言うことを聞け」
すると後ろの方から演説の声が聞こえ始めた。
「大臣。そろそろお時間です」
「うむ」
「待ってください! 話を聞いてください」
彼は俺の言葉を無視して群衆へと飛び出した。
このままではまずい。
俺は周囲を確認してホムラを探した。
近くにいるはずだ。
止めなくては。
どこにいるホムラ。
総理が演説台に立つと人々に手を振り出した。
時刻は15時を回ったところ。
マイクを手にした総理は応援演説を始めた。
俺はホムラを探し回るが、この群衆の中から見つけ出すのは至難の業だ。
今までのホムラの犯行を思い出す。
奴は必ずターゲットに近づいてから能力を使っていた。
遠距離から何かをするとは思えない。
俺は記憶の中のホムラを呼び起こしながら、奴の射程距離を考える。
だいたいこれぐらいだったはずだ。
射程はおよそ3メートル。
それほど遠くはない。
総理から3メートル圏内にいる人間は限られている。
護衛の男性警備員2人。
秘書らしき女性が1人。
奴が女性に変装したことはない。
と言うことは警備員に変装しているのか。
俺は警備員に向かって駆け出す。
群衆を押し除けながら射程圏内へと近づく。
すると、
「良く見破ったな」
「ホムラやめろ!」
「もう遅い!」
奴が右手を総理に向けると急速に炎が集まり出した。
「やめないと撃つぞ!」
俺は咄嗟に拳銃を構える。
「もう遅いと言っただろう!」
その瞬間、轟音(ごうおん)と共に炎が放たれた。
火球が総理に飛んでいき、あっという間に激しい火柱が立つ。
「……遅かったか」
俺は愕然としてホムラを睨んだ。
「いや、お前の弾、届いてる、ぜ……ぐ……」
膝をついたホムラの胸から血が流れていた。
間に合った、のか。
俺は煙の出ている銃口を見つめる。
だが、総理は犠牲になってしまった。
結局俺は何も守れなかった。
「ったく、なんだ今のは!」
すると、横から聞き覚えのある声が飛んできた。
なんとそこにいたのは、もう1人の警備員に肩を借りて起き上がる総理の姿だった。
どうやら俺の放った弾丸がホムラに当たり、その反動で目標が狂ったらしい。
総理の隣に止められていた選挙カーは跡形もなく消失していたが。
「き、君。さっきのはいったいなんだ」
総理に問いかけられたが、今の俺には答えるための言葉を持ち合わせていない。
徐々に動かなくなっていくホムラを見つめながら、俺は呆然としていた。
第9話(後日談)
「多田刑事やりましたね! まさかあのホムラを止めるなんて」
「ああそうだな」
俺たちは相変わらず休憩室の定位置に座っていた。
「嬉しくないんですか?」
「まあ、結局ホムラは死んだし校長は捕まらないしで何も分からずじまいだ」
「スッキリしないですね」
「今回の事件は謎が多すぎる」
「多田刑事。ホムラを止めたのになんの功績もないですもんね」
「これは刑事の勘だが、ホムラ達と警察は繋がっているのかもしれないな」
「それはありえますね」
「それにあの能力。手品ではないことは確かだ。あれは一体なんなんだ」
「あ、それなんですけど。今ネットの掲示板で噂になっているんですよ」
「なんだ?」
「これです」
片山がスマホを見せると、
「アメリカ軍が超能力実験?」
「はい。まあネットの情報なんでどこまで正しいか分かりませんが」
「ホムラはその1人だったってことか?」
「その可能性はありますが。現実的に考えてその線はかなり薄いと思います」
俺はタバコに火を付けると大きく深呼吸した。
「ま、なんだ。色々分からんことが多いが、ひとまず殺人を防げたんだ。よしとしよう。これ以上考えても分からん」
「いつもの多田刑事らしくありませんね」
「終わったことは終わったんだ。あんまり考えすぎると次の仕事に支障が出るぞ」
そう、終わったんだ。
タバコを吸い終わると、俺は休憩室のドアを開けた。
「さて、次はどんな事件が俺を待ってるんだろうな」
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