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一生読んでいたい「うたうおばけ」は、大きな物語に流されずに人生を楽しむための本

本を読み終わったあと、泣いた。

わたしは人一倍涙もろいので、本を読んでもドラマを見ても、ときにバラエティを見ていても泣く人間ではあるのだけど、そうじゃなくて、いつもの涙とは別の種類の涙が自分の目の中に溜まって、流れたのが今日だった。

今日まで読んでいた本は、涙を誘うような起承転結とか、ドラマみたいに努力が叶ったり熱い友情が芽生えたりとかはなくて、いじわるな悪役も出てこなければ、なにかをのり越えて成し遂げたりもしない。ただ、ただただ日常を綴った本だった。

そしてただただ日常を綴ったこの本を、わたしはここ一ヶ月くらいかけて毎日湯船に浸かりながら読んでいた。丸裸で読みたい本だったから。もともと遅読ではあるが、近年まれに見る遅さで読んだ。

読んだ本は、くどうれいんさんの「うたうおばけ」という本。

本に書かれていたのは、若くして才能に恵まれた文章の申し子のような人が書くサクセスストーリー、・・・ではなく、泣いていたら優しいタクシーの運転手によくしてもらったとか、とても期待して見た貴重らしきモノがかなり微妙だったとか、とてもささやかな日常なのだった。

驚くほど「日常」だったのに、その日常がどれもとてもキラキラしていたことと、そのキラキラは、彼女のフィルターを通さなければ表現されなかったことに度肝を抜かれた。

流した涙の正体は、今まで感じたことがないような優しさと嫉妬と悔しさ、虚しさと嬉しさと暖かさと後悔だった。

そもそもわたしは、ここ1年くらいずっと頭の片隅で感じていたことがあった。「自分はとてもちっぽけな幸せを感じ続けたいタイプの人間なのに、大きなストーリーを追いかけている」ということだ。

ちょっとは話が逸れるのだけど、昔、病気をして1か月くらい入院した時期があった。病室でも仕事をするほど働きマンだった私に、看護師さんが「あんたの病気は中間管理職のおじさんがなるような病気だよ」と言い、PCを取り上げた。

PC取り上げられて暇だったため、仕方なく病院の屋上を散歩した。そのとき、あまりにも空がきれいで思わず「ぅわ」と声が出た。

その時、わたしは沖縄の空がとても好きだったことを思い出した。忘れていた、見上げなくなっていた空を見つめながら、自分はいったい何を目指しているのだろうという気持ちがこみ上げて「この先、何があっても空がきれいだと思えなくなったら立ち止まろう」と決めた。

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それ以来、しばらくは自分の心の声に耳を傾けながら生きていたのだけれど、きっとまた少し、流されていたのだと思う。

わたしは単細胞なので、周りにすごい人がいたらすぐにすごい人を目指しはじめてしまう。自分がどういう人間でいたいかを忘れ、どういう人間を目指すべきかを考えはじめてしまうのだ。

そのことに無意識にも気付いていたから、エッセイという類の本を手に取ったのだろう。そして読みながら気づいた。日常の尊さに気付くために、この本に出会ったのだと。


毎日湯船でニヤニヤしながら本を読んだ日々は、圧倒的に幸せだった。とても優しくて心地いい時間が血の巡りとともにわたしの中に流れてくる。登場する「ともだち」のキャラクターも愛しくて、隅々まで好きだと思った。

だけど読み終わった瞬間、突然いろいろな感情が押し寄せてきて、それが涙として流れ出た。

一番最初に浮かんだ感情は

「わたしはこの33年間、いったいなにに注目してきたんだ」

だった。

本の最後には、こう書かれていた。

連載時「実話ですか?」と訊かれることが多かったのですが、それだけ他人から見るとうそみたいな本当の生活を送っていると思うとぞくぞくします。でも、気がつかないだけで、わざわざ額に入れて飾ろうとしないだけで、どんな人の周りにもたくさんのシーンはあるのだと思います。ハッとしたシーンを積み重ねることで、世間や他人から求められる大きな物語に呑み込まれずに、自分の人生の手綱を自分で持ち続けることができるような気がしています。

わたしはこれまで瞬間的なことを除き、人生の選択に後悔したことがただの一度もないのだが、おそらく今日、はじめて後悔した。

今までどれだけ日常を見落としてきたのだろう。どれだけの素晴らしい出来事を軽んじて暮らしてしまったのだろう。大きな物語に呑み込まれていたのが、まさにここにいるわたしだった。

キラキラした日常を丁寧に掬い上げられる著者の感受性が羨ましかった。だってまだ20代なんだぜ。なぜ、どうして、見落とさずにいられるのだろう。心から羨ましいと思った。

そして本が読み終わってしまったことも悲しくて泣いた。心から読み終えたくない本だった。一生毎日読んでいたかった。

今も思い出すだけで涙が出そうな気持になっているわたしは、涙もろくて後悔してて、とてもちっぽけだ。いい大人なのに情けない。でもこのちっぽけな自分を抱きしめて、今日からまた、小さな幸せを探しながら生きていこうと決めた。

心の奥がパッと明るくなる本こそ、いま必要な本だ。

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