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舞台『宝飾時計』感想と分析

私は大人になっても、精神的な未熟さを嫌というほど自覚する。
それに悩みながら生きる中で、この作品の意味は私に非常に刺さるものであった。

私の見方で言うと、本作は「大人としての脆さや繊細さを描いた作品」。
物語後半でどんどんと伏線が回収され、これまでのやり取りの意味が変わってくるところが非常に巧妙で面白かった。
物語の全容を説明するほど記述力はないが、自分に響いたことだけでもここに記録しておきたい。

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ゆりかと大小路が食事中を楽しんだ後、ゆりかは『付き合って1年も経つのに好きと言ってくれない』と不満を表す。その日、大小路は『毎日泊るわけにはいかないよ。怒ってないよ。ちょっと疲れてて。』と帰っていった。自分のことや気持ちを語らない大小路にゆりかは『傷つくなあ…』と零した。

大小路(ゆうだい)は自分の感情や言葉を伝える術がないと、自分へのやるせなさから逃げる傾向がここにも表されていた。後述する「ゆりかを傷つけたくない」という気持ちとの対比が苦しいところであった。
自分の中で解決できる(と思っている)ことと、人と解決する必要があることの区別・捉え方は人によって異なると思うが、お互いのそれがわかっていない状態が彼らを苦しめたのではないだろうか。

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大小路がゆうだいであると明らかになり、ゆりかが最初から気が付いていたことを知り、ゆうだいは『出会い直せていないなら意味がないんだ。』と言う。

ゆうだいとしてではなく、別人として出会いたかった理由はなんだろうか。どうしようもなく臆病で、ゆりかを傷つけてしまった「ゆうだい」を消したかった、その過去から逃げたかったのだろうか。
過去と向き合うことは苦しいし、大人になるにつれて変えたい過去が山ほど増える。だから、ゆうだいが過去から逃げたかったのならそれがなんとなくわかる気がしてしまった。

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所々で『ゆうだいがゆりかの靴伸ばした!』という声が繰り返された。
杏香は理由も言わずに突然失踪したゆうだいに対して『自分の周りの人が自殺したら、自分の発言が原因かもって思うじゃん!』と言う。ゆうだいはそれは違うと否定するが、それはゆうだいにしかわからないことだと杏香は言う。

ゆりかの中で何度も刻んだ後悔があった。あのときの自分の発言が、ゆうだいを傷つけていなくなってしまったんじゃないか。思ってもいない言葉が口から出て、なんでこんなこと言っちゃったんだろう、と後から思ってしまうのだという。この後悔が、ゆりかのゆうだいへの思い(執着)を強めていったのではないだろうか。
言葉を伝えないと周りがどう捉えるかはわからない。だけど、言葉が人を傷つけることもある。
自分の言葉が誰かを傷つけてしまっていたかと悩む時間が、自分の人生の中で何度もあったから、このやり取りは非常に胸に刺さった。

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ゆうだいが『ゆりかが一番うまい!』と言ってくれたから、ゆりかは女優を続けてきた。

ゆうだいの言葉はいつもゆりかにとって強い意味を持つ。だから、ゆうだいが自分のことを伝えてくれない今、どうしようもなく不安で長い時間であったのだろう。

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いつだって核心をつけず、本当はショートケーキが食べたいのに、周りの様子を伺って3番目くらいに食べたいものを言ってしまうという子役時代のゆりかとゆうだい。『私たち似てるね。でもゆうだいのためだったら私はショートケーキを選べるよ』とゆりかは言う。
子役時代からゆりかは人のためなら声をあげることができる、他人優位で『誰かのために生きたい』人であった。だから、青春の続きの歌詞でもあるようにゆりかにとって『己自身のため生きるだけってもうしんどい』のであった。

ゆりかにとって自分と似ているゆうだいとは何でも分かり合えて、理解してあげられる気がしていた。だけど彼はいなくなってしまった。だから、再会した今、今度こそは彼の一番の理解者でありたかったのだろう。
『私たち似てるね』という発言は、似ていないところ(気持ちの違い)との対比を強調したように思えた。ゆりかは勇気を出して「核心をついて話したい、あなたと一緒にいたいから話して。」という気持ちであった一方、ゆうだいは「傷つけたくない、大切すぎて何もできない、話せない」という気持ちであった。
こういった考え方の違いって切ないけれど、人はどうやって向き合っているのだろうか。

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ゆうだいは『花を枯らさない人になりたい』と言う。

ゆうだいにとってゆりかは美しく大切すぎる存在で、そのゆりかを丁寧に愛したい。
だけれどもゆりかを傷つけてしまいそう、傷つけたくない。その思いを持ちながら自分の心をどうやって表現すればいい?それができない自分が不甲斐なくて嫌になる。
そんなゆうだいの繊細さがゆりかに愛を伝える、与えることを阻んでいたのだろう。

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青春の続き
『しょっちゅう傷ついてしまう』

ゆうだいはゆりかを傷つけたくなくて通じ合うことを恐れたが、
ゆりかは通じあえていないことに傷ついてしまっていた。
このすれ違いがなんとも切なかった。
人の脆さはそれぞれであって、もがきながら生きている。
それを自分自身で強くしていくことも、支えながら誰かと生きることもできるが、自分ならどのように生きるだろうか。
このような生き方の悩みも、本作の命題であった。

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全体を通して、大人と子供と間の心の揺れを非常に緻密に描かれており、
繊細な大人と繊細でない大人とのキャラクターの違いも印象的な作品であった。
特に、大人の脆さや気持ちを
「小さな約束を積み重ねていってしまう」
「花を枯らさない人になりたい」
などと表現されたところがこの作品の美しいところであったと思う。

自分の日常と照らし合わせられる部分や、自分の知っている感情も多く
人生や愛の在り方を改めて考えさせられる作品であった。

販売していた台本を読まずにここまで記述してきたが、
来週からのオンライン配信でまた観劇し、この作品の深みを自分の中にもっと染み込ませていきたい。

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