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愛と物語とノースフィールズ

 愛だよなぁ、愛。そして物語のある場所に人は集まる、という話。

 2泊3日の仙台旅行の最終日、特にやりたいこともないので食べたかったものを食べ、行きたいカフェに行くことに。

 起きて、温泉入って、ゼリーを喰らう。


あまおう苺ゼリー

 泊まったのはドーミーイン。旅先でどこかに泊まるとき、真っ先にチェックするのがドーミーイン。何故ってドーミーインには温泉がある。温泉の後にはアイスのサービスがあって、21時30分から23時までの間は夜鳴きそばのサービスもある。冷蔵庫の中にはペットボトルのお水と、こんなハイカラなゼリーまで入っている。温泉大好き、サービスで何かもらえるのは嬉しい!ということはドーミーイン一択ではないか!

 しかもドーミーインはチェックアウトが翌日11時までなのである。ゆっくりと温泉に入れる。サウナと水風呂を3セットやっても時間は余る。余裕をもってチェックアウトし、仙台朝市へ向かう。


仙台朝市

 仙台に朝市があるなんて16年前に住んでいたときには知らなかった。いや、もしかすると知っていたのかもしれない。でもその頃の僕はまだ、朝市なんてものに興味はなかった。当時の僕が興味があったのはお洒落なカフェだけだった。カフェだけ巡っていればそれで良かった。美味しいグルメになんて興味なかった。カフェ飯だけ食べていればそれで良かった。でもあれから16年、僕の舌は肥えてしまった。


朝市丼

 朝市で500円の朝市丼を食べる。グーグルマップの口コミを見るとしょぼいとか刺身の鮮度がどうとか言っているけれど、今のご時世で500円って凄いことだ。マグロだってのっていたし、味噌汁も旨かった。満足して店を出る。

 昨日も一昨日も飲んだくれたり、行ったことのない場所に行ったりインプットばかりしていたので、アウトプットしたくて仕方なくなる。Wi-Fiのあるカフェを調べて向かう。フラットコーヒーファクトリー。東京とかによくありそうなシャレオツなお店。パソコンを開く。でも何を書けばいいのか分からないから、結局日記みたいなものを書く。書きたいって思いだけはあるのに、それをどう形にすればいいのか、今の僕にはわからない。だから気の赴くままにパソコンを叩く。


ラテアートに失敗したみたいなフラットホワイト

 13時前に店を出る。今日のランチはマーボー焼きそばと決めていた。仙台名物といえば牛タンと、そしてマーボー焼きそばである。いざ行かん、マーボー焼きそばの店竹竹へ。


竹竹

 仙台に住んでいた頃、マーボー焼きそばが仙台名物だなんて知らなった。でも後で仙台のバーアンディのバーテンダー、アンディさんに聞いたらマーボー焼きそばが仙台名物になったのはここ最近のことらしい。僕が住んでいた頃にはなかったのだ。そんな歴史の浅いのに仙台名物なんて言っていいのか。


麻婆焼きそば

 いいんです、と僕の舌が答えた。旨いものをたくさん食って肥えた僕の舌が、いいんですと言っていた。マーボー焼きそばは旨かった。生きてるみたいな顔していた。マーボーも焼きそばも生きていて、お互いを活かしあっていた。

 すっかり満足して、仙台の街を歩く。行ってみたいカフェがあった。朝市丼を食べてマーボー焼きそばも食べてお腹は張っていたけれど、スイーツはもちろん別腹である。ケーキの美味しくてお洒落な、割と最近できたカフェがあるらしい。美味しいもお洒落も接種できて最高ではないか!


ノースフィールズ

 20分ほど歩いて目的の雑居ビルにたどり着く。ノースフィールズ。目指していたカフェはその雑居ビルの3階にあるのだが、階段を昇ってすぐに気づいた。あ、めっちゃ並んでる。2階まで上がった所で、最後尾に並んでいるカップルの背中が見えた。その前には女性客、その前にはおじさん、その上にもずらっと並んでいる。一体何人並んでいるのか分からない。いつもならそこで諦めて他の店を目指すところだけれど、この時はちょっと違って、よしいいだろう並んでやろうという気分になった。お腹がいっぱいだったせいもある。並んでいるうちにお腹が減ってくれるのではないかという目論見もあった。

 時間はたっぷりある。並びながらスマホでノースフィールズについて調べることにする。平日の月曜の14時頃に行列ができるカフェ、それは一体どんなカフェなのか。ケーキが美味しいということとお洒落なカフェであるということ以外は何の情報も入れていなかった。

 イギリス人の男性と日本人の女性の夫婦が始めたカフェで、二人のインタビュー記事を見つけた。イギリスでの出会い。二人ともマッチングアプリなんかやる方じゃないのに、なぜかその時たまたまやっていて、二人は出会うことになる。そこから恋に落ち、女性の帰国と一緒に男性も日本にやってくる。都内のカフェのオープニングスタッフとして働き、やがて女性の故郷である仙台へ。二人ともカフェが好きだからカフェをやるのは当然の流れだった。畳敷きで何もない空間をほとんどDIYでイギリス風の店内に変えたという。そうやって店をオープンしたけれど、最初は思うようにいかないことが多く、夫婦喧嘩することも。でもそういうのを乗り越えて、今は行列の絶えない人気カフェになった。

 そのインタビュー記事を読みながら、僕はいつの間にか二人のファンになっていた。そんなの、素敵すぎる。イギリスでの出会いも素敵だし、遠く離れた日本でイギリスのようなカフェを再現するまでの努力も素敵だ。二人はまるで物語の主人公みたいだ。しかもイギリス人の旦那さんはイケメンで、日本人の奥さんの方もすごい美人に見えた。


ノースフィールズまであと少し

 そうこうしている間に前にいる人は店内に消えていき、僕は階段をあがる。時々ドアを開けて客を見送るイギリス人男性の姿が見え隠れした。ちらっと見た男性は写真と同じようにイケメンだった。

 ドキドキする。そして目の前にいたカップルが店のドアの向こう側に消え、少し待つとまた別の客が店から外に出てきた。ついに僕の番だ。


ノースフィールズ前

 イケメンのイギリス人男性が出てきた。
「お待たせしました、どうぞ」
 素敵な笑顔でそう言った。おじさんの僕でもときめいてしまうような素敵な笑顔だった。

 店内入ってすぐにケーキのショーケースがある。そこに並ぶケーキとスコーンたち。それを横目で見ながら案内された席に座る。


窓際席

 窓際の二人がけの素敵な席。待った甲斐がある。
 リュックだけおろして、レジ前のケーキのショーケースを眺める。
 ケーキやスコーン、色々並んでいてどれにしようと迷うけれど、一目見て気になったケーキに決めた。


ヴィクトリアサンドイッチケーキとモロッコミントティー

 ヴィクトリアサンドイッチケーキは、初めて食べるけれど名前の豪華さの割にシンプルなケーキだった。ふぁさふぁさっとしたスポンジに、甘いジャムとミルククリームのようなものが挟まっている。


ヴィクトリアサンドイッチケーキ


 甘いのでティーポットに入ったモロッコミントティーもよく進む。

 ヴィクトリアサンドイッチケーキを運んできてくれたのは奥様の方だった。店内に入ったときレジの向こう側にちらっと見えたその顔は、少しだけ気難しいイギリス人のように見えたけれど(奥様は普通に日本人)、ケーキを運んできたときは笑顔だった。山奥にある深い湖の湖面に光が射しているような、そんな笑顔。

 店内の雰囲気もお洒落でとても良かった。窓の外に見えるのは仙台の交差点なのに、その店内はイギリスにトリップしたかのようである。といってもイギリスのカフェがどんなか知らないけれど。一時間近く並んだせいもあるかもしれない。並んでいる間に、ノースフィールズに入る準備がすっかり整っていたのだ。だからちゃんとイギリスにトリップすることができたとも言える。トリップするには準備が必要なのだ。

 それにしても全部で14席くらいのそれほど広くはない店内だった。雑居ビルの3階にあるカフェ。何故このカフェはこんなにも行列のできるカフェになったのだろう? 

 ちらりと店の奥に目を向けると、イギリス人男性と日本人女性の夫婦が身を寄せ合って何かを話している。美男美女なのでその姿は絵になる。他に店員はいない。夫婦の好きが埋め尽くされた空間だった。そこには夫婦の愛がある。

 そんな風に感じるのは僕だけなのかよくわからないけれど、夫婦の家にお邪魔している気分にもなった。
 みんなこの夫婦に会いに来ている部分もあるのかもしれない。それほど魅力的な二人だった。二人には物語がある。出会いの物語、何もない所からこのカフェを自分たちで作った物語。そして色々乗り越えてここまで行列のできるカフェに育て上げた物語。

 みんなその物語に触れたいのだと思う。その物語の主人公たちに会いたいのだと思う。その世界観に入り込んでその世界の住人になって、美味しいケーキを食べたり紅茶を飲んだりしたいのだと思う。少なくとも僕はそんな気分で客席に座っていた。

 夫婦の愛が詰め込まれた場所、それはまるでパワースポットだ。

 帰るとき、夫婦が「ありがとうございました」と挨拶をしてくれた。一切雑さのない、和やかなほほ笑みだった。
 ああやっぱりあの夫婦の家にお邪魔していた気分だ、と思った。夫婦の笑顔はお客さんに対して向ける笑顔というよりも、自分の家に招き入れた客人にするような笑顔だった。

 すっかり満たされた心とモロッコティーでちゃぽんちゃぽんになったお腹を抱えながら、仙台の街に降りる。

 ノースフィールズ。仙台にあるのにイギリスみたいな、パワースポットみたいなカフェ。またいつか訪れたい。そして、仙台を訪れた際は是非行ってみてほしい。そこには物語があって、そこには愛が溢れている。

 


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