美容室の思い出
上京して初めての美容室。
出来うる限り堂々と。
そつのない標準語で、簡潔に希望の髪型を伝える。
担当のお兄さんが、パサーっとクロスをかけながら開口一番に言った。
「出身どこ?」
あれれ。
なんでバレてんだ。
イ、イントネーションか。
「〇〇です……」
「あー!太陽いっぱい浴びて育ったって感じだねー!」
どんな感じだよ。
そんな南の国じゃないし。
そこからは観念し、地元のことやら大学でのことやらを聞かれるままに話した。
太陽いっぱい浴びて育った感じかぁ。
色は白い方だけど。
田舎の匂いがしたのか。
これでも寮ではオシャレさんって言われてるのに。
(注 : そもそも寮は地方出身者のためにある)
今思うと、上京したてですオーラ満載だったのだろう。そもそもメイクもしていなかった。
高校は山の奥にあったから、自然の中で育ったのもあながち間違いではない。
ドキドキを隠して、すまして入った美容室。一瞬で撃沈した。
上京と言っても東京郊外。
大学近辺は、高校時代とさほど変わらないくらい自然がいっぱいだった。
美容室はその都度お店を変えた。
そこが気に入らなかったと言うわけではないのだけど。
なんとなく、だ。なんとなく。
二十歳の時、初めてパーマをあてた。パーマをあてるって方言かな。
なんか似合ってるのかどうかよくわからない微妙な感じになったが、そのまま記念に写真を撮った。
それはパスポート写真として今も残っている。うーん微妙。残念。
大学三年だっただろうか?
珍しくミニスカートにヒールを履いて、また別の美容室へ行った。
もう言葉への引け目もない。標準語がうまくなったと言うより、どうでもよくなった。まぁでもそれなりに板についてきてはいた。
「どんな感じにする?」
その日は特に決めてなくて、おまかせみたいな感じになった。
思いの外、ザクザク切られている。
だ、大丈夫なのか。
震えながら上の空で会話を交わし続ける。
パッパと肩に落ちた髪の毛を払われ、後ろから鏡を当てられた。
「こんな感じで」
べ、ベリーショートじゃねーか!
いや後ろ髪を見るまでもなく、正面から見てもわかってたよ。
めちゃくちゃ短い。短か過ぎるよ!
頭の形も悪いのに。生まれ持った毛量の多さで、この形の悪さをカバーしてたのに。
途中でストップをかけなかった自分が悪いのか。
よろよろと席を立ち、お会計へ。
「足きれい」
帰り際にお兄さんが言ってくれたけど、動揺が過ぎてヒールがぐらついた。
学校行けない……。
血が引くような気持ちでアパートに帰る。同居人のノブちゃんが、
「あれー。すごい切ったとねー」
と言った。
次の日はゼミがあったから、休むわけにもいかず。
翌日ゼミ室に入ると、先生が私を見て、目をカッと見開いた。
それが答えだ。
お腹をくだしそうな日々はしばらく続いたが、ほっときゃ髪は伸びるもので。
その時の衝撃写真は残していない。
卒業して都内に住むようになってからは、少し背伸びして「shima」に行ってみたりした。
職場の方に優待チケットをもらって、銀座の美容室へ行ったこともある。
稲垣吾郎ちゃんのドラマで使われた美容室らしい。
丁寧なカウンセリングから始まり、舘ひろしが着るようなダウンに着替え、シャンプー台やら鏡の前やらに移動させられた。係るスタッフさんはその都度違う。
ようやく出てきたカッコいい美容師さん。カリスマ美容師というやつか。
出来栄えは上々!
剛毛多毛の美容師泣かせな私の髪は、とてもいい感じに仕上がった。
丁寧にお見送りをされ、浮かれ気分で少し暗くなった銀座の街へ出る。
そこで号外をもらった。
“安室奈美恵結婚!”
髪を短く切った安室ちゃんが笑っていた。
あの号外、取っておけば良かったなぁ。
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