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「15万円に値する」

ただ、迎えに行っただけだった。
「迎えに来て欲しい」と母に懇願した次男は「寒いから嫌だ」と断られており、私はその様子を母の隣で見ていた。

1月1日。19時。外は真冬である。
「え、迎えに行かないの?」
そう尋ねると、寒いから行かないと母。父もお酒を飲んでいた為戦力外である。
「あー、じゃあ私が行くよ」
そう言うと、母と父は驚いたように見てきた。

それもそのはず。
私と次男は〈全く話さない仲〉だからだ。



「お兄ちゃんが妹だと思ってないって言ってたよ」
そう言われた日から、私も兄だと思わないようにしてきて軽く10年は経った。

つらい10年だった。大好きな兄だった。尊敬しかない兄だった。

何でもできる、本当に才に恵まれた兄で、自慢で仕方なかった。
「〇〇の妹」が私の代名詞でいた小学生の頃は、嫌だなと思いながらも兄の存在で助けられたころがよくあった。憧れていた。私の「こうなりたい」理想の人物像だった。

何故、あんなことを言われたかは分からないが、きっと私がいつまでも生意気で、素直じゃなくて、可愛くない妹だったからだろう。
言った本人は覚えていなくても、言われた本人は覚えている様な感じで、私から避けている様にみえるらしい。
何故お兄ちゃんから逃げているのか、と母に言われた事がある。


あれから軽く10年が経った。
1年に1度会っても会話はしない。挨拶もない。隣人の様な関係。



それが2021年の初日に終わった。



「妹に迎えに来てってメールしたら、はーいって迎えに来てくれるし、弟も吞んでなかったら迎えも、朝の送迎もしてくれる。
それが兄の特権だと思うし、その度に優しくしないといけないなって思わせてくれる、俺の大切な弟妹」

そう話してきた、最近出会った地元の同級生がいた。その彼は、私と同じ〈兄、弟、妹〉の3兄弟で長男である。

私が兄と仲良くしていない事は話していないが、雰囲気で分かったのだろう。
「妹からお兄ちゃんお兄ちゃんって言って来てくれたら、何歳になっても可愛いで、ほんまに」と、そっと伝えてくれた。



「お兄、私が迎えに行くから現在地だけ連絡して」そう伝えて迎えに行き、兄の姿を発見した。

姿を発見したものの、約10年は話していない。

え、何を話したらいいい?
あ、嫌われてるかもしれない事忘れてた。
妹が迎えに来てくれたら嬉しいって友達は言っていたけど、本当か?

その葛藤が、まるで答えが無い数式を解き始めたかのように、活発に脳が動いた。


すごく緊張した瞬間だった。

「おー、お前が迎えに来てくれたんか」

そう言って乗り込んできた兄は、今までに見たことが無いほどに酔っぱらっていた。

車を動かしてすぐに、どうしようかと迷う私を横目に
「いやー助かった」
「俺の妹は、やっぱ偉大だわー」
「優しいなぁお前」
「これは15万円の迎えに値するわ」
「なんか買ったるで、何が欲しい?なんでも買ってやるから」
と、私が緊張していたのが馬鹿らしくなるほどに、兄は饒舌に話してきた。


「いやーほんま。さすが俺の妹」

私は安全運転をしていたが、普通に嬉しくて目がかすんだ。マスクをしていて正解だと思うほどに。

こちらこそ、
その一言は15万円以上に値するよ。

そう思えた瞬間だった。


それからの兄と私は、すぐに何かが変わったわけでは無い。
相変わらず私は長男との方が仲がいいし、話し易い。
次男と私との関係で、ただ一つ分かる事は、空気が変わった事である。

無関心、の空気から、兄・妹の空気へ。




チョコレートに牛乳


この行動を示すきっかけになった同級生の男子へ、心からのお礼を言いたかったが
正直、彼からしたら当然なことを言ったまでで、そんなこと?と言われそうだなと思って止めました。
まぁ、私からは連絡し難い間柄ってこともありますし。

いつか、もし彼がこれを見てくれたら、連絡は来ないだろうが、温かい気持ちになってくれると良いな。
そう願って。



さすが私の兄。そう思わせてくれる貴方の妹で、私は幸せです。

次男エピソード▶︎▶︎▶︎

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