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「じゃあTSUTAYA集合で」@Contrails/ジャニーズWEST

「海外で仕事をします。お世話になりました」
そう言って新卒で入社した会社をあっさり辞めた。
あっさりとは淡白な言い方だが、実際にそうだったかと思う。
話した上司は何度も止めてきたが、キャリアのある先輩方や同期達からは「ついに海外に、やりたい事をしに行くのか」と応援してくれた。
理解ある会社で働けた事、支え合う同期が最高の人財だった事を誇りに思い、私は会社を後にした。

でも実際のところ、辞めると上司に伝える10日前まで、これっぽっちも辞める予定は無かった。
むしろ、インバウンド課所属としてもっと活躍したいと公言していたし、有言実行だったと自負している。
しかしそのやる気は驚く事に、会社からの評価では無く、取引先からのヘッドハンティングとして評価された。
そしてその会社こそ、私の目標としている「海外で働く」事が叶う場所だった。


「じゃあTSUTAYA集合で」
ジャニーズWEST/Contrailsより


会社を辞めてすぐコロナウイルスが世の中を襲った。
新規感染者数、死者数の増加、マスク着用の義務。
緊急事態宣言、入出国は隔離期間を要する。
転職で心機一転した私を、さらに止めどなく普段の環境が変わる。
ヘッドハンティングされたものの、在宅ワークとして日本支社で働かざるを得ない状況となった。
望んでいない待遇である。

「海外で働く事は出来ますか?」
「コロナが落ち着けば」
「いつ、かは確約できないんですか?」
「…残念ながら」

その繰り返しの日々だった。
出鼻を挫かれた。
前の会社が、同期が恋しかった。
戻っておいでよ、と声もかかった。
行き場のない悔しさが右往左往して泣いた。
しかし、私が選択した道。
多少意地になっていたが、「絶対に海外で働くので」と、変わらない目標をパソコンに映る人皆んなに公言し回った。

有難い事に会社からの評価は高く、前会社では貰えなかった役職も手に入れた。
「倉木さんと働けて嬉しいです」そう言ってくれる後輩も多く、
海外支社からは「いつこっちへ来るの?」と嬉しい声かけも頂けた。

コロナが落ち着いた訳ではないが、国内旅行も楽しんだし、再会を果たせた人もいた。
ただ会うたび必ず「いつ海外行くの?」と尋ねられる。
彼らは単なる話題の一つだろうが、僅かなプライドまでもへし折られそうになった。
顔がひきつる。
数を重ねれば笑って誤魔化す事まで覚えた。

そんな、待ってるだけの私は「分からない」と答える日々が2年続いた。
相変わらず海外へは行けなかったが、目標を公言し続けた。
根拠の無い自信だけが私のエンジンだった。
それしか私は持っていなかった。

---

"海外行きはもう難しいのかもなぁ"
そう思っていた雪の降る日、TSUTAYAがオープンした。
それも家から徒歩2分ほどの距離だ。
寒いからわざわざ行きたく無かったが、妹が「行きたい」と何度も言うからついて行く。
店内は蛍光灯が眩しいレンタルエリアと、木目を基調とした落ち着いた雰囲気のカフェエリアがあった。
私のコートをひっぱり、妹はメニューを指差した。
「アイスカフェオレで良いの?寒くない?」
甘え上手な妹に、姉だから出来る孝行。
嬉しそうに笑う妹は、イルミネーションが綺麗な街並みの見える窓側を選んだ。

前職も現職も気付けなかったが、仕事終わりのカフェオレはこんなにも美味しいのか、と初めて分かった気がした。
アイスを選んだせいか、手先も頭の隅までもハッキリする感覚だった。
いっぱいいっぱいの脳内を整理するには都合の良い場所と、私には必要な甘さだった。


---

「あ、倉木さんいらっしゃいませ。お仕事お疲れ様です。今日もアイスカフェオレですか?」
私はあれからスタッフに顔を覚えられる程利用し、半年が過ぎた。
仕事を終えた一杯が缶ビールでは無くアイスカフェオレ。
飲みながら、目標と今の行動に間違いがないかを確認する日々を過ごした。

いつもと変わらない日だったが、その日だけは違った。

「倉木?」
そう呼ばれ振り向くと元同期が座っていた。
辞めてからも元同期達とは仲が良く、近況報告をする仲が多い。家も近いが、まさかこんな場所で出会うとは想像もしていなかった。
招かれる様にいつもとは違う席に座り、ソワソワする。

「よくここに来てるの?」
「うん、週1.2回は来てるかな」
「めっちゃ常連じゃん」

まるで居酒屋の様に二人で昔話に花を咲かせた。
笑い声は店内に響き渡っていたかも知れない。
過去の栄光は誰かの記憶に残っているものだと、恥ずかしくも嬉しくもあった。

そして必ず尋ねられるワード。
「で、いつ海外行くの?」
「分からないんだよね」
苦笑いをしてから、そう答えた。
相変わらず、そう答えるしか無かった。

同期はすぐに私の表情を読み取ったのか、もうそれ以上の事は触れて来なかった。
いや、彼女だけじゃ無いな。
今まで同じ質問をして来た人みんな、すぐに話題を変えてくれていたな。
辛い時に笑ってる私を見て、あいつはやっぱり強いわ、とこっそり言われていたかも知れない。
そう気づいた時、喉の奥が熱く鉄の味がした。
苦笑いが和らかくなっていく。
彼女は何も言わなかったがニタニタしていた。


「同期で年末に忘年会しようよ」
提案されたイベントに賛同し、計画を進めていこうと話し席を立った。
倉木に会いたい時はここに来る事にする、と去り際に伝えらた。
会いたいと思ってくれる人がいる。
海外に行けないのは運命なのかも知れない。
そう思う悪魔が心の中に現れたのは、コロナ禍になり2年目の夏だった。


---

海外に行けないならこの会社に縛られなくても良いかも知れない、と思い始めていた12月、吉報は突然届いた。

「倉木さんマレーシア支部に行きませんか?」

待ちに待ち続けたその言葉。
二つ返事とはこの事かと思うほど、この長かった期間を噛み締める様に言葉にした。

「行かせて下さい」

覚悟なんて、前職を辞めた時からしている。
私は海外で働く。
やっと働ける。
やっと…。


嬉しくて、でも、周りになんて伝えようか。
そんな事を思いながらも、手は動いた。
Instagramのストーリーに「海外行き決定しました」と小さいブロック体で斜めに載せる。
24時間限定のたった数秒の画面を見て連絡をくれる人が多く、まるで誕生日かの様に携帯電話は騒がしかった。

「Instagram見た。びっくりしたわ。全然TSUTAYA来る予定無かったけど、来てしまった」
そうニタニタしながら彼女はやってきた。
「見たか」
そう返事をすると彼女は何も言わずに、またニヤリとだけ笑い、持ってきた珈琲を私のカフェオレにコツンと合わせた。
「もうさ、忘年会じゃなくてさ、行ってらっしゃい会にしても良い?」
「うん、嬉しい」
「いつ飛び立つの?」
「1月27日」
「じゃあ1月初めの…、成人の日は?適当に呼びたい人呼ぼう」
二人で一斉に声掛けを始めたが、呼びたくても県外の子もいる。
とりあえず、またInstagramにその会がある事だけを載せた。

「じゃあとりあえずまたTSUTAYAくるね」
「うん、待ってる」
そう言い交わし、その日は別れた。


「成人の日、何人集まりそう?」
年が明け、新年の挨拶をする前に、背中から声をかけた。
丸い背中は振り向き「4」と親指を折り曲げ見せてきた後、すぐに「あけおめ」とニタニタしていた。
彼女は相変わらず寒そうにホット珈琲を飲んでいた。
私は「ことよろ」と言いながら彼女の前に座った。
同期という絆は、何となく友達とは違う。この雰囲気、すごく好きだな。
出国までのタイムリミットまで日が迫ってきているからか、ふとした事でもそう思わされた。
彼女はホット珈琲。
私はホットカフェオレ。
もう私にアイスは必要無い。

「まあ任せてよ。当日来てくれるだけで良いから」
それだけ伝えられ、じゃあまたTSUTAYAでと添えられた。



成人の日の前日。
「倉木入れて5人。少なくてごめん」
彼女は一言謝った後、メンバーの名前と夜ご飯の場所を教えてくれた。
東京から同期が一人会いにきてくれるらしい。
それ以外は県内の同期でよく会うが、個々の集まりが多い為5人も揃う事は少ない。
5人で十分なほど嬉しかった。
ただ4人の中に、私と苦楽を共にした大阪出身の同期は含まれていなかった。
今日は行けない、と前もって連絡を貰っていたが、やっぱり来れないのかと少しの期待が消えた。

当日、私は東京からの同期が昼に到着すると聞き、その時間に合わせて準備を進めた。
会った時、彼は久しぶりに降り立つ場所に「ただいま」と呟いていた。
私もそんな日が来るのだろうか、そう思いながら彼を見上げた。
お互い会社を辞め久しぶりの再会。
こいつ太ったな、と思いながらも心に留めた。
言わなくても伝わる気がした。

"18:00からの予約だよね?"
そう彼女にLINEをする。
"そうだけど、私は19:00になる。仕事が長引いてる"
その返信には、あと2人も仕事で20:00になると追記されていた。
見送られる側が幹事の様にやり取りをする。これも同期らしい。
「なんか、みんな遅れて来るらしい」
「そんな事だろうと予想はしてた」
「まぁ、私も想定してたけど」
互いに納得の笑いと、そんな連中の集まりだったなと話す。
「とりあえず、お店には申し訳ないけど、待たせて貰おうか」
そう彼が提案してきたので合意した。

「ごめーん」
18:50頃、ニタニタしながら彼女はやって来た。
雨が降り始めたと一人話し始めた彼女は彼とは久しぶりの再会だろうに、話す事も無いのか私の方ばかり見る。
彼女は彼の横に座った。
そこは私の斜め前の席で、室内を見渡せる位置。
座った後も、普段以上にニタニタしていた。
「今日仕事長引いたね?」
「あーそうなんだよね。ちょっと野暮用で」
ずっとニタニタしている。こちらも吊られて笑ってしまった。
二人が三人に増えても変わらない雰囲気。
好きだな。
そう思った途端、後ろから左肩を叩かれた。




「倉木、会いに来たで。私に会いたかったやろ?」
振り向くと、来られないと言っていた大阪出身の同期が居た。
「え」
え、と言葉に出来ていたのか分からない。
自分の耳には入らなかった。それ以上の言葉も出ない。
ただいつも以上にニタニタしている理由だけはすぐ理解した。
「倉木が海外に行くのに、私がお見送りしないわけないやん」
そう間髪入れずに話す大阪出身の彼女が目の前でいっぱいになる。
「…ひろの」
「ん?広野やで。びっくりした?」
相変わらず声が大きい。聞こえてる。
笑った顔が、4年経つ今も変わらない。マスク越しでも分かる笑顔。
"広野が来てくれた"
そう理解を追いつかせた時、
彼女達は声を合わせ、サプライズ成功〜と揃えた。
直後、広野が座ってる私に覆い被さる様に抱きついてくる。
外が寒かったのが分かるほどコートは冷たく
、雨の雫が私へ移る。
冷たいが温かい。
この温もり、知ってる。
昔からよく抱きついてくる子だったなと思い出した時、
「あ、うるさかったかも。すみません」と
抱きつきながら周りを見た広野は声を小さく呟き、また笑っていた。
広野は2秒間ほどの抱擁の後、落ち着いた声で「倉木、行ってらっしゃい」と言ってくれた。


野暮を聞くと、彼女が全ての計画を立ててくれていたらしい。
ただ、広野が来る事は彼女以外知らず、合流する同期もみんなが驚いていた。
今日予定があると言うのは本当だったらしいが、予定を変更し向かってきてくれたらしい。
他のみんなも仕事終わりに集まり、プレゼントも用意してくれていた。
セロハンテープ一つでも丁寧に開封する私を見て、「優しいね」と広野は呟いていた。

「もう倉木ともTSUTAYAで会う事無くなるんだね」と彼女は唐突に話し始めた。
「TSUTAYA?」
疑問そうな周りの同期に二人の秘密基地の場所を教える。
良いなぁそんな場所があって、と東京の彼は羨ましそうに答えた。
「だから、もうTSUTAYAで会えなくなるけど、寂しいけど」
そう続ける彼女はニタニタせず、こっちを見てきた。
これ知っている。同期だから知っている。
彼女は大事な話をする時は、ちゃんと目を見て真面目に話してくる。
「今度は私が待つよ倉木を。だからさ、もし帰国したらさ、TSUTAYA集合しようね」
私が返事をする前に、何故か広野も、他の同期も、顔を見合わせ「TSUTAYA集合で」と口を揃えた。

まるで台本があったのかと思えるような息のピッタリさ。
それにまたみんなで顔を見合わせて笑う。
言われなくても伝わる。
私には帰る場所がある。
何も心配する事は無い。
大きく羽ばたけば良いだけだ。
そう感じ、みんなの顔を見た後に大きな声で返事をした。
「じゃあ、TSUTAYA集合で」


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1枚限りのチケットを握りしめ
地平線の先へと旅をしてる途中だ

瞬き一つで変わってく時代 僕らは何を残せるだろう
足跡をログ替わりにただ前へ

見慣れた光景にさようなら 覚悟してドアを叩いた
意地とかプライドとか重たい荷物背負ってるんだ
夜明けを待ちきれないのなら迎えに行けばいいさ

高らかに夢を謳おうぜ 戯言(たわごと)戯言(ざれごと)上等だって
辛い時こそ笑ってる君も強いんだ
根拠のない自信だって立派なエンジンなんだ
誰よりも高く翔べ
Just believe yourself!!



チョコレートに牛乳




我が戦友へ、行ってらっしゃい。
そして、また日本で。
貴女の活躍と健康と、貴女だけの幸せを願っています。


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