【小説】白い脚【後編(完)】

お互いの躰の事はよくわかっている。
ここ3ヶ月、婚約破棄のショックで仕事もやめてしまい今は週に3回のアルバイトが私の仕事だ。
その間、拓己の家を行ったり来たりする間、何度となく躰を許していた。

拓己が私の中に指を入れて良い所を刺激する。
拓己の躰のたかが指一本、そんなわずかな一部で私の躰は言う事を効かなくなって、腰を浮かしてしまう。
避妊具を使った相手にもこんな風に強く快感を与えて楽しんでいたのか。そう思うと無償に腹立たしくなり拓巳の首元を強く押さえて深くて長い口づけをしてしまった。それに応えるように拓己も私に深く口づけをした。
そのうちに拓己そのものが私の中に入ってきて波打つ快楽に溺れてしまった。

拓己は私の中に入りながら動きを止めた。
サイドテーブルにあるレシートに目を落としているようだった。

「細い子だったね。からかってたら酔っ払って離れなくなっちゃって。どうしても、したいって言うから。」
そう言いながら拓己は私の中から自分を一気に抜いた。
思わず、大きな声が漏れる。
私の左脚を持ち上げ丹念に口づけをしたり舐めたりする。
つま先から太ももの裏まで何度も。

私の脚には大きな傷がある。
正確には、縫い合わせた跡の皮膚がすこし盛り上がってミミズ腫れのようになっている。
私の実家は、親族を含んだほぼ全員が同じ工場で働いている。
蟻塚みたいなその環境は私や拓己、そのほか親戚の子供たちを運命共同体で育ててくれた大切な場所だった。
年が一番近いのは、拓己と私。
私の上は、兄を含めてすでに中学生や高校生そして大学生がいた。
拓己の下には、まだ小学生にもなっていない小さな子供たちがいる。

いつものように、工場の近くで私と拓己が遊んでいる時に資材である鉄の棒状のものが落ちてきた。
何に使う資材かは分からない。後に聞いても、父も母も辛い思い出なのか口を閉ざして教えてくれない。
危ないと察して私は、拓己を突き飛ばしその勢いで転んでしまった。
私の転んだ左脚の内側は大きく避けてしまい大量の血が溢れてきた。
大泣きする拓己の声を聞きつけ工場にいた大人たちが駆け寄り、救急車をよんでくれた。
その間も、泣いている拓己が気の毒で私は、「拓己、大丈夫だから。」としきりに拓己をなだめていた。
一番痛いのは、自分のはずなのに泣いている拓己や心配する大人たちを不安にさせたくなくて何度となく”大丈夫”と言っていた記憶が鮮明に残っていた。

術後、大きな傷が残らないように医者も丁寧に処置をしてくれたし、母も傷に良いとされる塗り薬や、食べ物を私に与えていた。
努力の甲斐もあり、ふくらはぎあたりまでの傷はかなり薄くなった。
しかし、皮膚の薄い太ももの内側の傷ははっきりと浮き上がっているのがわかるようだった。
正直、私自身はその傷跡より脚が太い方が気になっていたので、花の女子高生時代はミニスカートに体操着であるハーフパンツをいつも履いているという、あまりよろしくない格好をしていた。
ある日、風呂上がりの私の下着姿をみた母は、まだ生々しく残る傷を久しぶりに見た時に、心配そうな顔をして「こんなに大きな傷。お嫁に行けるかしら。」と心底気の毒という声で言った。
ドア越しにその会話を聞いた兄が「拓己にもらって貰えばいいじゃん。」とふざけた。
それを聞いた母は、ふきだしながら「拓己ちゃんじゃあ、頼りないわよね。顔はいいけどなんだかフワフワしてるの。でも、あの子あれでモテるらしいわよ。大丈夫、こんな傷だれも見ちゃいないわ。」と、続けた。
傷の事も拓己の事も気にしていないし、責めるつもりはない。
一つだけ責めるとしたら、母ゆずりになってしまったこの太い脚だ。
返す言葉もなく着替えて自室に入った。

「細くて白い脚だったな。だけど全然綺麗って思わなくって、何しても可愛いって思えなくて。途中で、力尽きちゃった。」
ふざけて拓己は微笑う。
とても残酷で最低に聞こえるのは私だけなんだろうか。
「気持ちよかった?」
冷静になりたくて私が問う。
また拓己は拗ねる。
「美里ちゃんが一番だって。中学に上がってからは、美里ちゃんで何回も一人でしたし。いつかこんな風に本当の美里ちゃんとセックスしたいって思ってたんだよ?」
「それはちょっと、怖いな。」
私は、冷静に言う。
その言葉に拓己は、大笑いをしてもう一度私の中に入ってくる。
「思った以上だったね。可愛い脚。俺の事守ってくれたんだもんね。この脚にキスしたかったんだ。」
いままで耐えてきたものが涙と共に声になって溢れた。

「拓巳、私かわいい?」

「美里ちゃんが一番。」

優しい物言いとは反対に拓己は強く私の胸を掴み弄んだ。
今日も避妊具は付けないまま。
拓己は、私の外に白い液体を出して、丁寧に拭き取っていた。

いつの間に日が沈んだのか。
さっきまでの曇り空が嘘のように空は、赤と紫の綺麗な色になっていた。

重い下半身をひきずるように起こして拓己が用意してくれたコップに入った水を飲む。
一口のんで、拓己に渡す。
「拓己。私は傷の事気にしてないからね。別にスカートなんか履かないし。それよりこの立派で頑丈な太さが気になるから。」
もしも、拓己が気にかけているようなら、そんな同情は必要ないし、そんな優しさは欲しくない。
コップに入った水を一気にのんで拓己は外を眺めていた。
その横顔は、いつもの拗ねた顔や優しい顔ではなくなんとなく距離を感じる大人の顔つきになっていた。
「小さい時、傷のせいで美里ちゃんがお嫁に行けなかったらどうしよう。申し訳ないって俺のお母さんが、美里ちゃんのお母さんに話してるのを聞いた事あるんだ。その時、”僕が美里ちゃんをお嫁さんにする”っていったら二人とも大笑いしてた。その場の空気はよくなったみたいだけど、どうして二人が笑ってるのかよく分からなかった。」
拓己は私の肩を見つめる。小さく音を立ててそこに口づけした。
いつもなら、頭を押し付ける所が、今は変に熱をもっている。
「私の事好き?」
考えるより先に、言葉を口に出してしまった。
「今夜は、外にお酒を飲みに行こう。」
拓己は答えを出さず、話を変えてしまった。
その事にホッとした自分がいて、自分が一体何を求めているのか分からなくなった。
遠くで”五時の鐘”が鳴る。

こんなに小さなアパートなのにクーラーをつけていても玄関は蒸し上がっていた。
その小さな玄関でサンダルを履こうとすると拓己は丁寧に私の脚を持ち上げサンダルを履かせた。
指先から伝わる拓己の熱が私の心臓を早くした。

「美里ちゃんの足、小さくて好きだな。」
顔を上げた拓己の顔はいつもの優しすぎる笑顔に戻っていた。

雨上がりの湿気が夕日に照らされて蒸し上がるように暑い。
今日もきっと熱帯夜になるだろうか。

私たち二人は、並んで住宅街から夜の街の喧騒へ歩み出した。
吹く風は、南風で汗すら乾かす事ができない。

向かい側から汗をかいた作業服の人たちがやってくる。
暑い中、工場で作業していた親戚の顔がかさなる。

「お盆になったら実家の方へ帰ろうね。」
拓己は嬉しそうに言う。
「一緒に?」
特に意味はないが問うてみた。

「あそこにしよう。あのお店」
また話を逸らされた。まさか聞こえなかったわけではないだろう。

すっかり日も暮れてしまって、それでも暑い初夏の夜。

暑い夏の本番はまだまだ先の話かもしれない。


白い脚 終わり

アトガキ

自分は、脚フェチじゃないんですが、なぜこう言う話になったのでしょうか・・・


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