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たった1㎡片付けただけで救われた人生?

もう10年以上も前の話で恐縮だが、1㎡(平米)とは会社の机の上のことだ。
正確に言うと間口が1200㎜で奥行きが700㎜の机だ。
0.84平米という1平米にも満たない机を毎日片付けた。


片付け癖のない人が陥る人生の落とし穴

現代人からは「今更聞かなくても当然でしょう」という声も聞こえてきそうだが、昭和人の多くは片付け下手な人が多かった。
私がまだ若かった頃は机の上に書類が山積みされ、今にも崩れ落ちそうな人ほど「仕事ができる人なんだ」と思ったほどだ。

片付け好きな人と片付けない人

世間にはこの2種類の人種がいるんだと思ったことがある。
私はある時期まで後者だった。

私の周囲では職場の元上司が前者だった。
支店長をしていたその上司の机上はいつ見ても片付いていた。

ある日会社で机上業務をしていると、外出していたその上司から電話が掛かってきた。
「すまんがわしの机に行って右の二段目の引き出しを開けてくれ」
「手前から三つめに立てて置いてあるクリアファイルを見てほしい」
「そのクリアファイルに入っている契約書の控えの日付がいつになっているか確認したいんだ」

その時、もし自分ならそんな風に的確な電話ができるだろうかと思った。
電話を切った後、許可も得ずにその他の引き出しも開けてみると、全ての引き出しは素晴らしく整理整頓がなされていた。
一番上の引き出しを開けた時、マーカーがグラデーションを成していたことはいまだに目に焼き付いている。

身近なところでもう一人挙げるとするなら私の妻だ。
片付け好き過ぎて処分魔と化しているのだ。
たまに私の所に何やら衣類を持ってきて聞いてくる。

「これ着る?着ない?」
返事もそのどちらかだ。
「また着るかも分からん」という答えは妻には存在しない。

洗濯物を仕舞うのもルール化されているので、私がルール違反を犯すとまるで子供の躾のような言葉がストレートに飛んでくる。

私がサラリーマンとして一緒に仕事をした人たちを、勝手に区分すると8割方片付けない人に分類できそうだ。

机上のルールを通達

「退勤する時、机上にパソコン以外の物を置いて帰ることを禁ずる」
たった6人足らずの部署で責任者をしていた時に私が出した通達だ。

この時6人のうち、片付け好きだったのは同僚の女性ひとりだった。
私も含め後の5人はどう見ても片付けない部類の人だ。
片付け好きの女性は、ファイルを閉じる時も当たり前のように真ん中で折り目を付けてパンチングをしていた。

当然のように付箋も順序良く並んでいる。

片付けない他の5人を観察してみると、彼女ほどではないにしてもちゃんと折り目を付けてファイリングするが机上の整理はできない者もいる。
一番ひどかったのは適当にパンチングしているやつだ。

厚くなったファイルの断面はがたがただ。

退勤するときもまだこれから仕事をするんだろうと思えるほど片付いていない状況だ。
芯の出たペンが机の上に転がっていたり、引き出しも数センチ開けたまま帰っていた者もいる。

私も人のことを言えるほどではない。
退社する時、一応机上の書類を集めてトントンと断面を揃え、ペンや電卓などの小物は引き出しの中に隠して帰るのをルーティンとしていた程度だ。

片付けない人の中でもまだ中級だ。
自慢をしている訳ではないが片付けられない程度の問題だ。
だから自分でも引き出しの中を見るのは嫌いだった。

前置きが長くなったが、そんな私が部下に通達を出したのだ。

出した以上、その本人が率先してルールを守らなければならないのは言わずと知れたことだ。
帰り際に机上にある書類を全て引き出しに入れていると、すぐに入りきらなくなってきた。
結局は引き出しの中も整理しなくてはならなくなった。

「こんなルールを作るんじゃなかった」とも思った。

必ず来る片付けないリバウンド

ある日出社すると朝から引き出しを机から引っ張り出して片付けている者がいた。
私と同じようにもう入れる場所がなくなったようだ。

見る見るうちに小ぶりのシュレッダーがいっぱいになっていった。

机の中にはいらない書類の方が多かったようだ。
片付けない者ほど、入力ミスでプリントした書類でもメモ用紙に使えると考える。
いざ引き出しの中を片付けてみると半分以上がゴミだった。

ペンも鉛筆も1ダースずつは入っていたがいつも使うペンは一本だけだ。
片付けない人の特長はリバウンドすることだ。
片付け好きな人は元々片付いているのでその心配はゼロだ。

1ヶ月もしないうちに脱落者が出始めた。
注意すると「すみません。昨日は現場から直帰したので」や「片付けようと思った時、お客様から来てほしいと電話があってそのまま帰りました」など理由を聞けば納得できることばかりだ。

しかし考えてみると通達を出した頃は何があっても片付けていたはずだ。
日にちが経つと片付けていない理由はどんどん増えていった。

そんな中、自慢じゃないが私だけは片付けを続けた。
なぜなら言い出しっぺだからだ。

片付けの動機

机上を片付けるために机の中の整理整頓をしたが、そのお蔭で探し物は極端に少なくなった。
なぜか頭までスッキリした気がした。

問題はリバウンドさせないことだ。
これが最も難しい。
今は、言い出しっぺの自分が挫折したら部下に示しが付かないという理由だけで継続できている。

そこで思い出したのが支店長だった元上司の電話だ。

私も外出先から敢えて電話をしてみた。
「すまんがわしの机に行って右の二段目の引き出しを開けてくれ」
「手前から三つめに立てて置いてあるクリアファイルを見てほしい」

ばかじゃないかと思われるだろうが、私がこの時思いついたのは片付けることへの原動力だ。
つまり動機付けだ。

この通達を出した理由は、当時会社が取り組んでいた5S活動(「整理・整頓・清掃・清潔・しつけ」を部内目標として掲げていたからだ。
会社の目的は建築現場でのミスや事故を未然に防ぎ生産性を上げることだ。
私がいた部署の主な仕事は営業だったから机上を片付けることで同じ効果が得られるのではと考えたのだ。

正に机上の空論と言うものだ。
私が本社会議でアピールするためのネタでもある。

中小とは言え長年サラリーマンをやっていると、会議を難なく遣り過ごす術などが身についてくるものだ。
年間目標も会社が納得するギリギリの数字を見定めるのが得意になったりもする。

つまり企業の歯車としてうまく噛み合うための術だ。
机上を片付けることで探し物や入力ミスをなくし、生産性を上げて営業利益に結びつける名目だ。

話がそれたが、例え「退勤時にPC以外の物を机上に置かないこと」と張り紙をしようが、今期目標にその取り組みを入れようが動機がないと続かないことは分かっていた。

片付けられない悪癖はそう簡単には治らない。

外出先から電話をして、部下に自分の机の中を見せることで初心に連れ戻そうとしたのではない。
人に机の中を見られることで私自身が自分の心を動かす原動力にしたかったのだ。

「いつみても綺麗に整理されていますね」の一言が欲しいのだ。

どれだけきれいごとを言おうが、自分の心を動かすことができなければ継続できないことぐらいは経験済みだ。
例えば何度もタバコをやめようと禁煙を試みても挫折したようにだ。

健康のためという理由だけでは心が動かなかった。
もしくは心を動かし続けることができなかったという方が正しいのかも知れない。

そのような動機付けもあって私は今でも整理整頓癖を何とかギリギリ保っている。

たった1㎡にも満たない机上を片付けただけで人生が救われた

その日も変わらず仕事をしていた。
片付けるのが苦手だからといって仕事ができない訳ではない。
私の部署は若手もいるがみんな仕事ができる人たちだ。

その中でも一番若い部下は頭の回転が速いのか仕事が早かった。
指示したことは期待以上に早く済ませていた。

この日に限って仕事も多く皆が集中して仕事に励んだ。
何事もなく仕事は終わった。
そう思っていた。

私は急用ができて確認済みの書類を、片付け上手な女性に預けて先に会社を出た。
ところがこの時、重大なミスを私は見逃していたのだ。
それも首が飛ぶほどの重大ミスだ。

例え若手の部下が作ったものとはいえこの部署の責任者は私だ。
その責任は全て私にあった。
明日郵送したらいいだけになっている書類を、片付け上手な部下がその日の内に封筒に入れて帰ろうとしたらしい。
なぜなら机上のものをなくして帰る決まりだからだ。

私も以前なら、自分の机の上に置いて帰り、次の日に郵送してもらうよう若い部下に頼んでいただろうがそのルールを守るために彼女に預けたのだ。

片付け上手な部下が封筒に入れる前に、一通り目を通していてその重大ミスを見つけてくれたのだ。
郵送する前で良かった。

もし郵送してしまっていたなら私は責任を取って会社を去っていたかもしれない。
50代で子供の学費が一番必要な時期だった。

もちろん片付け上手な彼女にも感謝したが、この机上を片付けるルールがミスの発見に繋がり会社の損失を防いでくれたのだ。

お蔭で私も定年まで勤め、堂々と定年退職することができた。


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