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モデルルームの住人①

《住人になるコツ》

 モデルルームの朝は早い。朝日が昇って日が差して来ればカーテンを全開にして洗面ハミガキ髭剃りで、テーブルに缶コーヒーを置いて、椅子をリビングの窓に向けて座り、ゆっくりと味わって飲む。
 明かりがつかない場合はブレーカーを上げてみる。
 お湯が出ない場合もあるのでシャワーを浴びるのは、モデルルーム次第だ。
 朝の支度をしたら、バッグからタオルを取り出し、シンクも浴室も全て水が一滴もないように拭きとって、バッグから靴を出してリビングの窓を開けて外に出る。
大体朝の滞在は30分だ。

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 私が生活できるモデルルームは向う一か月で14戸。二週間に一度の訪問が無難とわかっている。バッグの中の衣類は一週間分。洗濯機の設置はないので、もっぱらコインランドリーで凌いでいる。
 モデルルームの選定は不動産ニュースを綿密に見て決める。設置期間や、十分な部屋数と1階であること、他のモデルルームとの距離などの条件による。
 部屋数の多いモデルハウスも捨てがたいし、三階屋根裏部屋のような構造は絶好な条件だが、明かりが漏れやすいのと、マンションのモデルルームは物音がどの家か特定しづらいので、部屋数だけでは決められない。
大体常時30戸ほどの候補があれば、そのうち半分くらいは住むことができる。こちらのスキルも上がってきているので、そうした条件も広がっているわけだ。
 但し、紙面情報だけでは危険がつきまとう。
現地視察をし、営業や警備の様子を伺い、その後に通行人として通り過ぎ、最後に住人となるべくトライし、そこで隠れ場所が難しいなどがわかれば、潔く諦めるのが肝心となる。
 こうした生活はかれこれ7年になるが、疑われたのは3回ほど。通報は1回。課題はひやりとするたびに消し込んでいるので、安全度は徐々に上がっている。

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 営業は複数名であることが肝心だ。一人だとルームの出入りが把握されているので、家のとどまっているのが、まずは不可能になる。
 二人以上であれば、別の営業のお客様という装いができるし、クローゼットに隠れて退出しなくとも、お客様の人数が多ければカモフラージュできる。なので、お客は人数が多い場合を狙っている。
 但し、受付が正社員だったりすると観察慣れしているので不自然な行き来が気づかれやすい。明らかに不慣れでアルバイト風のお姉さんは都合がいい。ときどき番号カードで入退室を管理するところもあるが、もらってすぐに床に落としておけば問題ない。

 夕方のモデルルーム営業終了間際に、お客の連れとして入り込み、あとは営業が戸締りをして出ていくのを暗闇で待つだけ。
 場所によってはベッドの寝具がしっかり備わっているところもあるし、営業用の冷蔵庫が備わっているところもあるので重宝するが、寝具がなくとも大概ソファーは置いてあるので、そこでキャンプ用の断熱シートをかけていれば睡眠に問題はない。

 営業の最終点検で、万が一、クローゼットに身を伏せているのが見つかったとき、できるだけ扉を開けた瞬間に「助かりました!」と飛び出るのが常套で、「有難うございます!」と言って外に出てしまえば何も起こらない。


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