見出し画像

モデルルームの住人②

《住人の心得》

 昼は会社勤めだが、ほぼリモートで済むので多少遠隔地でも大丈夫。
届け出している住所は、郊外の管理が手薄な空き家がいい。管理している不動産屋には、何かの手違いで郵送が紛れてしまうことを相談し、たまに取りに来る旨を伝えておけば、彼らも詮索はしない。

***

 モデルルームの住人になって長いわけだが、疑われたのは初期の1-2年だけだ。
出て行ったと思われた営業が忘れ物を取りに入室してばったり会ったり、電気メーターが動いているのをたまたま別棟の警備員が不審に思ったりとか、そうした運が悪いときで、そういう場合は、眠ってしまって、という話でなんとかごまかせる。

 ただ一度、モデルルーム営業終了後に、なぜか営業が帰らずに、知り合いと酒盛りが始まったときがあった。クローゼットに隠れていたが、尿意が我慢できずに、彼らの前に堂々と現れ「昨日契約したものですが!何をしているんですか!」と大声を上げてみた。彼らがひるんでいる隙に外に出て、走って逃げたときがあったが、後日、その件で警察が呼ばれたようだった。

***

 眼鏡や付け髭やウィッグやマスクや上着のレパートリーを用意し、捕まらないような工夫はしているが、指紋対策までは面倒でしていない。勝手に住んでいたといっても、数時間だけ疲れて眠ってしまった、という言い訳で事件にまでなることはないだろう。

 あとは体臭など、人が住んだ気配はどうしても残り、特に女性の営業でたまに敏感な人が首を傾げることがあるので、常に身ぎれいにしており、整髪料や洗髪洗顔も無臭なものを選んでいる。
 ひとつのモデルルーム訪問は二週間に一回となり、二週間前の人を覚えている営業も多いので、多少の変装はするものの、先ほどの匂いに敏感な女性はそこから本能的な疑いを感じるので、注意しなければならない。

***

 モデルルームの場合は、浴室や洗面所は大概外からはその明かりがわかりにくいので利用しやすいが、リビングの明かりは遮光カーテンでも気づかれる可能性があるので、寝るときは、先のキャンプ用の断熱シートを衝立にして、小さなLEDを頼りに身支度やバッグの中の整理をしたりしている。
 バッグは大きなスーツケースは目立つので、ショルダーバッグとボストンバックと小型のスーツケースとに分け、できるだけ身軽な行動ができるように最低限の持ち物にしている。

***

 モデルルームの朝食は缶コーヒーと野菜ジュース。ゴミは一片も残さない。
昼と夜は外食で済ませ、モデルルーム営業終了頃の18:00前に一晩の住人になるべく活動する。夜が早いのでスティック系の簡単な夜食も必要になる。

 そうして、清潔な住まいでの静かな夜にゆっくりと眠り、新鮮な空気の中での快適な朝を迎える。
身だしなみを十分に整えて、リビングの窓を開ける。微かに鍵を外し、窓を閉める勢いで鍵が微妙にかかるようにするが、営業はここまでは余り気にしていない。

 なにしろ、このモデルルームに誰かが一晩いた形跡は全くないのだから。


モデルルームの住人①《住人になるコツ》
モデルルームの住人②《住人の心得》 ←今ここ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?