見出し画像

村長の引継ぎ③

《就任式の演説》

 計十四名で、会議室は割と手狭になり、事務員がドアを閉めて、副村長が、ではー、と高い声を上げたが、裏声になってしまって、皆が失笑した。

 村長の退任挨拶が始まり、彼は演壇に進むと、右上の白い布の穴を気にして触ったりした。
 河野さんが思い出して走って出て、花瓶をもって駆け付け、その上に置いた。そこら辺でもいだ黄色の花が数本飾られていた。

 村長の話は長かった。二十分では到底無理だった。途中から半数はうとうとしていた。時折大きないびきが聞こえ、咳払いされた。
 聴衆には無頓着に、村長はこの二十年余りの村長人生を隈なく語ろうとしていた。イノシシ事件はもちろんだが、特に災害での作物不良や、山崩れ事件や、行方不明者の救護活動や、しまいには、息子の嫁の話や、初孫の誕生秘話など、村長としての話を逸脱して、思い出話が広がっていった。
 いつ終了するかしれない気がしたので、既に船を漕いでいる副村長に、もう終えるようにと合図した。

 えー!とまた裏声が出てしまった副村長に、気持ちよく話していた村長が怪訝な顔で睨みつけた。副村長が目覚まし時計を村長に見せて、後ろの黒板の時刻をとっくに過ぎていることを指で知らせた。
 話の途中で、つきましては!と締めくくりに入り、長年勤めあげたこの村長という役割を若い葛西のせがれに引き継ぐわけです。葛西の親父が亡くなる前に私に申しました。せがれは街に出ているが、せがれが丁度いい、山那の娘が出遅れているから、もらって住めばいいと話しておりました。と、プライベートな話となり、山那のじいさんは、おや、という顔をして、私もなんちゅうことを言い出すんだと声を上げそうになった。
 さすがに副村長は、というわけで、と言葉をはさみ、村長の退任の御言葉を頂きまして有難うございます。と二人そろって礼をした。
 村長は満足しきった赤ら顔で壇上を下り、私の番になった。

***

 既に聴衆は半分寝ているか飽きているかで、私が演壇に上っても、誰もその変化に気が付かないようだった、
 私は一呼吸おいて、式次第にはありませんが、本日は式が終わったら食事会をしますので、と話すと少しざわつき、私の方は簡単に今後の計画について述べさせていただきますと、話始めた。

 まずは、村に小学校の分校を開設する話。村では小学生が十名いて、来年再来年も一二名ずつ予定されていた。彼らは街まで往復二時間以上かけて登校しており、雨の日は休まざるを得なかった。これは既に県と隣接する市の教育部門に相談しており、いい回答を引き出していた。山の中の体験合宿を受け入れるという条件付きだった。

 二番目は、村のゴミ施設の再建だった。今は民間に頼んで週一の軽トラで運んでもらっているが、その収集場所がひどいことになっており、自主警備の細田さんの手におえなくなっていた。それを聞いて、彼は立ち上がって手を叩いた。

 三番目は、野生動物の駆逐を隣村の猟友会に頼んでいること。増えすぎた動物が畑を荒らしまわっているので、動物愛護的には気が引けるが仕方のない話だった。猟友会の活動は危険でもあるので、狩猟の仕掛けや狩猟の日は事前に告知する旨も話した。

 それに合わせて、有線放送の設置。これはこれまでなぜ設置しなかったのだろうというもので、この役場に放送設備を整えれば、鉄塔からのスピーカーであらゆることを案内できることを話した。災害予報に限らず、村のイベント予告や、今後はさきほどの小学校や猟友会の活動も案内できますと。

***

 参加者らは、途中から私の景気のいい話に耳を傾け始め、話の締めくくりには拍手したり、いよ!ツヨシ!と合いの手を入れたりと、小学生の親は、分校をどこにつくるんだろうとざわついたりと、活気に満ちてきた。

 色々な資金は、これまで事務手続きの煩雑さでやらなかった補助金が期待できた。それを話すと、旧村長と副村長の面目がなくなるので、今後の席でおいおいと思っていた。

 旧村長は、若干不機嫌な様子となったが、議員の安田さんから、ご苦労様!と後ろから肩を叩かれ、思い出したように笑顔になった。

 その後、副村長より、各議員様より、旧村長へのお礼と今後の抱負などを一言ずつ頂きますだ、というと、彼らはきょとんとして、安田さんが、有難うございました、これからも頑張ります、と述べただけになったら、右習えで、全員、一言の挨拶で終わっていった。

 これで旧村長の大幅超過が帳消しになり、副村長が、では、定刻になりましたので!と勢いづけた。
 一同起立、礼、着席。
で、後ろに主婦連が三名ほど控えており、おにぎりとお茶がふるまわれた。

 事務の河野さんが、これだけは自ら気を利かせて、地酒の一升瓶を二本用意しており、コップに注いで皆に配り始めた。
 しばらくして、各テーブルを真ん中に寄せ、ミニ宴会が始まり、乾き物や漬物で盛り上がっていった。
 十名ほどで飲んだので、お酒はあっという間になくなり、午後の畑仕事を控えている連中も多く、三々五々帰っていき、あとは副村長と事務員と私とで片付けをして、その日は終わっていった。

【村長の引継ぎ】
最初の話:
村長の引継ぎ①《着任の日》
前の話:
村長の引継ぎ②《就任式の準備》
この話:
村長の引継ぎ③《就任式の演説》
後の話:
村長の引継ぎ④《村長の仕事始め》

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?