村長の引継ぎ②
《就任式の準備》
翌早朝から、役場の一番広い会議室の片付けを始めた。月一開催は名目だけのようで、しばらく村会議員の会議をやっていなかったらしく、土埃のついた農具置き場になっていた。
私は副村長と事務員が出勤する前に掃除を始めていた。
午前中には現村長の退任式と私の就任式があり、村の誰もが参加できるイベントだったので、議員の家族ら全員で十五名ほどは参加すると踏んでいた。しかし椅子は全部で十個しかなかった。椅子の代用として、畳を数段重ねておこうと私の寝泊まりしている部屋の畳を剥がして移動し始めた。
副村長がやってきて、驚いて私を制し、椅子がない人は立ち見だんべ、と言って、私の行動が愚かだったと、丁度顔をのぞかせた事務員に言わんとしていた。
演壇の席二つと議員と監査役の席五つ、後方には参加した村民の席三つ。
月次の会議のことを聞くと、大概は立ち話程度で終わってしまったり、村長が出かけるついでに各議員の意見を聞いたりするので、ここしばらくは皆で集まることはなかった、と副村長は話した。
しかし、議事録とかそういう公的な文書を残す必要はなかったのかと問うと、副村長は自分の乱雑な机の引き出しを開けて、村長の汚い字のメモ書きを見せてくれた。
事務員の女性が演壇の机に白い布を被せながら、垂れる長さや角度を変えており、どうしたと聞くと、角の所をネズミがかじったのか穴が開いており、どう隠そうかという話だった。
穴の上に花瓶を置くと丁度よさそうだったので、事務員は花瓶探しにでた。
***
副村長と会場を整理して、軒に張った蜘蛛の巣を払い、催しの式次第を尋ねた。彼は、はあ、という顔をして、そんなもんやったことねえぞ、どうすんだべと、逆にこちらに聞いてきた。
腕時計を見て、私は黒板に式次第を書きだした。司会は副村長。
9:00 開催挨拶
9:10 退任挨拶
9:30 就任挨拶
10:00 議員からの一言
11:00 閉会挨拶
それを副村長は腕を組みながら眺めており、昼飯はどうすんだあ、とのこと。各自帰って家で食べるでしょ、久々の催しで自宅かあ、だって誰も弁当の手配なんてしていないでしょ、いやこれは村民に協力依頼すんだべ、いまからでも間に合うわー。
誰に頼むの? 近くの山那さんでしょ、こういうときは。
すべてにいい加減なのだが、昔からこんなもんだったかなと思い出しながら、閉会の後は、食事会ということで、おにぎりとお茶で歓談ということにした。
副村長が議員の名札を書き始め、えーっと、えーっと、と言って名前を思い出していたが、大方書き終え、用紙を丸めて三角にして机に置き始めた。
村長 山形富治
新村長 葛西剛
副村長 鮒島忠夫
書記長 安田健二
議員 細田四郎
議員 角島智和
監査役 山那弘
事務員 河野美子
剣道の達人は安田健二さん、村の入り口の自主警備員は細田四郎さん、子沢山は角島智和さんということだった。
***
今日の催しについては、皆さんに連絡してますよね、と事務の河野さんに念のために聞くと、あ!と声を上げ、鮒島さん、自分でやるって言うてましたよね!?
あれ?お前が連絡するべ!? と言い合いが始まった。
あり得ない話だった。こんな間抜けな連中とこれからやっていくのか。とにかくあと一時間あるから手分けして連絡しましょう、皆電話位あるよね。
いや、平日のこの時刻は畑仕事に出てんべ、そんだ、村長が来る途中に角島っところと細田っところに声かけてもらうべ、と村長に電話をしはじめ、なんとかつながって言付けできたのでほっとした。
あとは、剣道の安田さんと、おにぎりを頼む山那さんだが、彼らの家は近いので、副村長が呼びに出かけて行った。
河野さんはお茶を用意すると言って会議室から姿を消した。
***
村長はどこから借りてきたのか、礼服をきちんと着込んでおり、開会時刻前にやってきた。無精ひげも剃っており、こうみると村長らしい威厳が出ていた。
彼は自席に座り、目を閉じていた。瞼の奥には村長時代の二十年が凝縮しているのか、イノシシ事件を回想しているのか、退任の挨拶を考えているようだった。
私も村の運営についての計画があるので、そのメモを取りに宿泊部屋に行った。途中の廊下でクマネズミが顔を出したので威嚇し、そいつが出てきた穴の位置を覚えておいた。
私も礼服に着替えて、髪を撫でつけ、新村長として立派な話をしようと、顔を洗った。
会場にひとりふたりと集まり、食事会があるという噂を聞きつけた連中が数名入ってきた。子供を含め、議員以外七名参加で、四名が立ち見となった。
すると、河野さんが役場の奥から簡易なパイプ椅子を持ってきて並べだした。
【村長の引継ぎ】
前の話:村長の引継ぎ①《着任の日》
この話:村長の引継ぎ②《就任式の準備》
後の話:村長の引継ぎ③《就任式の演説》
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