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村長の引継ぎ④

《村長の仕事始め》

 翌日から、役場の村長室で実務を始めた。
 前村長が趣味にしていた鉄道雑誌が棚を支配しており、一式を軽トラに積んで、副村長に運んでもらった。副村長の話では、若い頃に鉄道会社の作業員として働いていたとのことだった。そういえば、彼の家では、古い枕木を利用した門もあり、池の周囲も枕木で囲われていた。

 議員は全員農作業を主としており、唯一私と副村長とが、そちらを副としている具合だった。私の家では母と弟が主に従事しており、副村長の家ではふたりの息子が働いていた。
 河野さんは家が近く、家の手伝いの時間帯はそちらで働き、それ以外はこちらで働いたり怠けたりしていた。家ではこき使われるようで、ときどき庶務室で机に突っ伏して昼寝をしていた。役場の女子手洗いは彼女が占有しており、十二分に活用していた。

 村長室の壁に就任の挨拶で述べた四つの公約を達筆な安田さんに書いてもらい、貼り出した。
 1.小学校の分校(体験合宿も)
 2.ゴミ施設の再建
 3.猟友会と害獣駆除
 4.有線放送の設置(役場利用)

 副村長が郵便物をもって入ってきて、ぽかんとそれを眺め、前村長時代の平穏な毎日がよかったのか、こりゃあ若くねえとできねえわ、と独り言ちて出て行った。
 入れ違いで事務の河野さんが入ってきて、副村長同様に眺め、村にとっては全部必要だなーと言いながら、籠から大根と白菜と人参を取り出し、母からですといって置いていこうとした。

***

 河野さん、四番目の有線から始めたいので、放送役は頼みますね、と言うと、え!と目を丸くして、私がですか!?と、こちらが驚くほどの大声を張り上げた。
 庶務室にいた副村長が振り向いて、にやりとした。どうやら地味な印象ながら彼女は声に自信があり、農業高校では放送クラブに入っていたとのことだった。

 有線放送の工事はあっけなかった。設備会社が半日で工事を終え、役場から伸びた鉄塔に大きなスピーカーを二台括り付け、半個室の狭い放送室を庶務室の端に設けた。
 あーあー、テストテスト、スピーカーの声は村中に響き、村の端にいる細田さんが自転車に乗って猛ダッシュでやってきて、聞こえましたよ!と報告してくれた。

 次に河野さんに、これを読んでくださいと紙を渡し、彼女は恐る恐る、この村に有線放送ができましたので、ご案内いたします、明日から村のイベント案内はこちら、役場事務の河野がお届けします、と放送し、その声は山々にこだました。
 彼女は音声のスイッチを慎重に切ると、赤い顔になって、お母さんに知らせてくると言って走って出て行った。

 残る公約はあと三つだ。

 しかし、こんなにも簡単な放送設備を億劫がっていたのは、大きな音が作物に悪影響があるという意見や、犬猫がうるさくなるという意見や、そもそもなくても問題ないという意見が根強く、数年おきの提案は出ては消えていったとのことだった。今回は小学校の分校とのセットで、そうした反対は聞こえなかった。

***

 着任した晩にとびかかってきた猿の爪で、耳の後ろの傷がしみていて、早くあの猿を捕まえてしまいたかった。
 ただ、隣村の猟友会ではイノシシはジビエの商売になるので、そちらを優先したいということで、一度代表に役場に来てもらって、契約を進めることにした。

 村の被害は特に寒くなる手前が激しいようで、生け捕りの仕掛けも壊され、子沢山の角島さんのところでは、畑を掘り起こすイノシシに石を投げたところ、一匹の胴体に当たったのだが、三匹ほどが家に向かって突進し、騒ぎ立てた犬の小屋を破壊し、玄関に大便をして逃げて行ったとのことだった。なので、彼はいの一番に猟友会に、その三匹を退治してほしいと訴えていた。
 それ以来、家の番犬は大人しくなり、訪問のたびに吠えていたのだが、今では相手の姿が見えてから、唸って見せるだけになったとのことだった。

 猟友会の代表が来た日は、角島さんも同席し、先方が聞きもしていないのに、手製の地図を広げて、イノシシの被害にあった家と月日を話し始めた。どうやら、先の三匹に相当恨みがあるらしく、近所のイノシシ被害は例の三匹だと決めてかかり、あいつらだけは絶対に許せないと、仇を取ってほしいと代表に頼んでいた。

 どうも玄関の大便攻撃は何度もあったらしく、工夫した仕掛けも功を奏さず、畑の網も簡単に穴を開けられ、最近は電気が流れる仕掛けを考えているらしかった。ただ子供が間違って触ったりしたら大変なので、猟友会への期待が大きいようだった。
 代表の話では、恨みに思って嫌がらせをすればするほど、相手も恨みに思うとのことで、角島家の畑は優先的な攻撃対象になっているとのことだった。相手は三匹じゃなくて三十匹ですよ、と代表は角島さんを脅かしていた。

 猟友会には、仕掛けの設置や狩猟の計画をお願いし、鳥獣保護管理法の書類などは副村長に任せ、今年の秋から対策を開始することになった。
 角島さんは、仕掛けの第一号をお願いしており、それは承諾されていた。

【村長の引継ぎ】
最初の話:
村長の引継ぎ①《着任の日》
前の話:村長の引継ぎ③《就任式の演説》
この話:村長の引継ぎ④《村長の仕事始め》
後の話:村長の引継ぎ⑤《運動会の準備》

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