故意に挫折を経験させよう、なんて考えは間違っている。

昨日の夜、一瞬でこれまでの考えが変わる経験をした。

きっかけとなったのは、精神的に追い詰められ、仕事を休んでいた同期を見かけ、声を掛けた時だ。

私は、1年以上海外にいたことで、同期と会うのは本当に久しぶりだった。日本に帰って来て、たまたまあった別の同期に皆の様子を聞いたとき、その同期が会社を休みがちになってしまったことは聞いていた。

会社を休みがちとなった同期は、そんなメンタルが強い!というイメージはなかったが、一年前話したときは、「おれの部署ブラックなんだよねー笑」と笑って愚痴を言いつつ、一緒に頑張っていた。

そんな同期を、昨日一年振りに、寮の食堂で夜ご飯を食べているところを見掛け、「お。お久しぶり。」と声を掛けた。
そのときの同期の反応は、、一瞬食べる手を止め、こちらをちらっと見たと思ったら、何も言わずゆっくりとご飯に目を戻し、黙々と食べることを再開してしまった。
一年前であれば、こんなことはあり得ない。中国出張に3週間一緒に行った仲だ。「お!かだ帰ってきたんだ!どうだった??」、ぐらい言ってくれたはずだ。

そんな同期が今やちらっと見るだけ。。あまりの変わりように絶句してしまった。それと同時に彼が所属する部署への嫌悪が沸いてきた。

私はこれまで、「人を傷つける人は絶対いなくならない。だから自分が強くならなきゃいけないんだ。」なんて思っていた。

10年ほど前「家族ゲーム」というドラマを見て共感したのを覚えている。このドラマの中で主人公の吉本荒野という家庭教師が同じようなことを言っていた。

この上のURLを見ていただきたいが、簡単に言えば、「挫折や傷つく経験を経て、この世界で生きていく強さを得なければならないんだ」というようなことを言っている。これには一理あると思った。人を変えるよりも自分を変える方が簡単だ。

しかし、昨日本当に傷つききった同期を見て、「一緒に強くなろう!」なんて口が裂けても言えない。その同期が強かったがどうかなんて関係ない。その同期の所属部署が悪いに決まっている。変わるべきは部署の方だ。

こんな時代に、パワハラまがいのことなんて信じられない。そもそもパワハラなんて愛情なんかじゃない。ただの八つ当たりか、自尊心の無い人が自分を保つ為の手段だ。そんな弱い人に仲良い同期が傷つけられたと思うと、甚だ腹立たしい。

立ち直れないほどの挫折なんて、経験しない方が良いし、それを故意に経験させようなんていう人は間違っている。

その同期には何よりもよく休んでもらって、また一緒に楽しく話したい。








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