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オーバーツーリズム

何年も前の話だ。
私は下鴨神社に行こうと、
夫と一緒にバスに乗っていた。

バスは外国から来た旅行者が沢山乗っていて
夏の暑さもあり、エアコンはかかっていても
なんとなくモワッとした空気が漂っていた。
当然ながら席も空いていないので
私たちは立っている。
京都の市バスはなかなかに運転が荒く、
立っていると体幹も鍛えられるのだ。
そんな中、年配の御婦人が話しかけてきた。

「あなた日本人?」

は?

自分で言うのもなんだが、
私は日本人にしか見えない日本人顔だと思う。
子供の頃におたふくと言われたこともあるし、
平安美人なんて何度も言われた。
もし源氏物語の世界に生きていたら、
光源氏も私に夢中になると思われる。
で、この顔がどこの国の人に見えるんですかい?

「日本人ですが」
「どこから来たの?」
「広島ですけど、実家は京都なんです」

私の生まれ育ちは愛媛県松山市だが、
今現在、母は再婚して京都に住んでいる。
なのでこれは事実なのだが、
いらないことを言ってしまった。
私は京都に住んだことがない。

御婦人は続けて話す。
「まぁ、実家京都なの!?
広島と京都、どっちが住みやすい?」

決して答えを間違ってはいけない質問をされた。
答えは京都しかない。
でも京都と言ってしまうと
私のニワカ京都民がバレてしまう。
このまま話を広げられては非常に困る。
しかしながら今更説明をするのもめんどくさい。

「えー、京都も大好きなんですけど、広島がもう長いので、どちらとも言えないですね。」
ヘタに話すと、私のエセ関西弁で
京都の人ではないとバレるので
言葉少な目で返した。
ちょっと緊張したのでイントネーションが
若干おかしくなったかもしれない。
これ以上質問はしないで欲しい。

御婦人は続ける。
「こんなに沢山外国から来なくてもいいのにと
思わない?毎日バスが観光客でいっぱいで、ホントにジャマなのよ」
要約するとこんな感じだが
本当はもっと長くて、しかも罵詈雑言だった。

周囲の外国人に日本語が伝わらければいいなと
思いながら、私は小さく頷いた。
本当はどっちでもいい、というよりは
日本人イジワルって思われたくなかった。
しかしながらしょっちゅう市バスに乗る御婦人にとってはかなり切実な問題なので
そこも理解しなくてはいけない。

しばらくして御婦人が降りるバス停に着いた。
そこは私たちの目当てのバス停でもあったのだが、
そこで驚きの光景を目にすることになる。
なんとその御婦人が脇目も振らず、
ものすごい勢いで、観光客にわざとバンバンぶつかりながら降りていったのだ。
ジグザグに動いていたから間違いないだろう。
ぶつかられた観光客はびっくりしていたし、
私は心の中で、
めんどい日本人がおってゴメン、ホンマゴメンと
謝りたおした。

降車したら御婦人がまだ近くにいたので
「失礼します」と声をかけた。
御婦人はにっこり笑ってお辞儀をしてくれた。
いやいや、なんと濃い人や。
混んだバスがよっぽど腹に据えかねているのか。

オーバーツーリズムと聞くと
私はこの1件をいつも思い出す。
今年も京都に帰省する予定なので
一度くらいはバスに乗るだろうが、
多分超有名観光地には行かない。

車でどっか行こかな。


(了)



















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