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【読書】『炎をきりさく風になって』フランシス・ポレッティほか

1897年に始まったボストンマラソン。世界のトップランナーが参加する大会のひとつで、強烈な寒さと風に見舞われた2018年大会では川内優輝さんが優勝しました。村上春樹さんが幾度も走っている大会であり、一般の市民ランナーにとっては、参加資格となる記録の水準が高い憧れの大会でもあります。2013年、テロの凶行に襲われたことも記憶に刻まれています。

今回取り上げる本の正式題名は『炎をきりさく風になって- ボストンマラソンをはじめて走った女性ランナー -』。実話に基づく絵本です。

表紙をめくったところには、こんな概要の紹介が載っています。

いまでは毎年12000人以上の女性が参加するボストンマラソン。たった50年前には女性は参加することすらできなかった。その歴史の最初の一歩を踏み出した、ボビー・ギブの物語。

子どもの頃から走るのが大好きで森や丘や野原を駆け回っていたボビー。大人になってボストンマラソンを見に行き、自分も走ってみたいと思います。でも、両親は心配し、問い合わせをしたボストンマラソンの主催者からは「女性には長距離は無理です」と参加を拒否する手紙が届きます。それでも「走る」と決めたボビーが取った手段とは…。

ボビーがボストンマラソンを初めて走ったのは1966年。女性がフルマラソンを走ることに違和感を持つ人は、少なくとも今の日本やアメリカではほとんどいないと思いますが、50年ちょっと前には女性は大会に参加することすらできなかったというのは、大きな驚きでした。

この絵本を読んでそのあたりの経緯がもう少し知りたくなり、ウィキペディアで「ボストンマラソン」と調べてみると、こんな記載がありました。

1960年代まで、女性がマラソンを走ることは生理的に困難であるという見解が陸上競技の関係者の間でもごく当たり前に語られていた。そうした中、女性の権利拡張運動とも相まって、ボストンマラソンへの参加を求める女性が出現したが、主催者側はこれを拒否した。1966年、ロベルタ・ギブ(通称ボビー・ギブ)が初めてレースを完走したが、主催者側は未登録参加のギブを「同時刻に同じコースを走った通行人」として記録を認めなかった。

いまは当たり前に思えることでも、少し歴史をさかのぼればそうではなかった、と知って意外に感じることが時々ありますが、これもまさにそんな一例ではないでしょうか。

ボストンマラソンへの女性の参加が正式に認められたのは1972年。ボビーのような先駆者の行動があったからこそ、なのだと思います。その後1996年になって初めて、ボビーは「非公式」ながら1966年、1967年、1968年のボストンマラソンの女子マラソンの部優勝者と認められたそうです。ちなみに、1968年のボビーの記録は3時間21分40秒。私の視点で言えば、相当早いタイムです。

自分がランニングを続ける中で、走ることをテーマにした本を多く読むようになりました。実用書よりも小説やノンフィクションが多いですが、こんな絵本もあるんだと、うれしい出会いでした。スザンナ・チャップマンによる絵も、走る躍動感が伝わってきていいなと感じました。


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