見出し画像

歩く~社交ダンス講師が介護を体験して感じた願い

2013年の夏。
父が癌の発覚からわずか半年で天に召されました。
そして、残された母の身体は難病に侵されたことわかりました。
度重なる試練のときでした。

身体が急速に不自由になっていく母の姿は見ていて辛いものがありましたが、その介護の中で、社交ダンス講師の立場で感じたことがあります。

これから書くことはあくまでも体験から私が感じたことで、詳細なデータや分析があるわけではありません。
でも。どうしても書いてみたいと思いました。

なぜなら。
社交ダンス講師である私が感じた内容がどなたかの役にたてたら良いなぁという願い、
実際に介護関連のお仕事をされている方に感想を聞ける機会があったらいいなぁという希望があるから。

「介護予防」のための「歩く」という観点でみた、社交ダンス講師の感じたことを書いていきます。どうかお読みください。


介護予防と社交ダンス~歩く


「歩く」
皆さんはその言葉から何をイメージされますか?

例えばウォーキング。
ウォーキングは手軽にできる適度な運動として多くの方に好まれてますよね。健康を目的とした有酸素運動で、筋肉の柔軟性を保ち、骨を刺激し、心配機能を刺激し、新陳代謝をよくする・・・などの効果がありといわれてますよね。

でも。
「歩く」はただ健康のためだけでなく、
自分の力で自由に思ったところに移動していける大切な手段の一つでもあります。
その先には、会いたい人・やりたい事が待ってます。



これは介護予防の考え方にも通じるところです。

~介護予防とは~
介護が必要とならないよう心身の衰えを予防する、失われつつある身体機能を維持・改善するための取り組みのこと。
その取り組みでは、日常生活の中で「正しい姿勢を保つこと」「立ち座り」「歩く」「手の動作をスムーズにする」ことを目指す。

「歩く」という項目がありますね。
そして「歩く」ことの能力維持改善は、歩幅を大きくする事だそうです。


では歩幅を大きくするためには、何が必要か?

正しい姿勢
正しい姿勢を維持し蹴り出す為の筋力
バランス能力
腕を振りだす上肢機能
全身の柔軟性

これらが大切な要素だそうです。
これを見て私が最初に感じたのが、社交ダンスとまったく一緒だなぁということでした。



さて。
なぜ私がこんな事を勉強したかといいますと
母とのリハビリのためでした。(母は2019年に他界)

私の母は「進行性核上性麻痺」という難病を患いました。
その病気は、脳の神経細胞の減少による疾患で残念ながら効果的な治療薬はありません。
発症の初期段階では、転倒してしまいやすいのが特徴の一つ。転倒を招く要因はいくつかありますが、四肢ではなく体幹の機能から衰えやすいからだそうです。
手足の筋力はあり動く力はあるけれど、体幹の機能や力が衰え姿勢を保てないのです。

ん?体幹?
社交ダンスとかいいんじゃないかしら。
歩く練習になるんじゃない?
転倒予防にもなりそうだし。
私が相手になれば大丈夫!

社交ダンスは「歩く」ことが基本のダンスです。片足ずつ交互に体重をのせかえ、音楽のテンポにあわせてリズミカルに歩くことでダンスになります。


ということで。
楽しくリハビリできていいのではないかと、わりと軽い気持ちで私は母をダンスに誘いました。
ちなみに母は社交ダンスはやったことはありません。

選んだのはブルースというダンス。
初心者の方にはじめに触れていただくダンスの一つで、ステップは歩いているかんじで単純なパターンの繰り返しで覚えやすく、短時間で踊れるようになります。
とはいえ、「スロー・スロー・クイック・クイック」というリズムの変化がありますし、「前後左右」に動きます。微妙な方向転換もあります。

母は社交ダンス初心者ではありましたが、太極拳を長いことやっていて、プロダンサーの私から見てもバランスよく器用に動けていました。
なので身体の機能が病気で衰えたとはいえ、社交ダンス講師である私の補助があれば入門ステップならばサクっとできるかな~と思っていました。


ところが!
これが思いの外大苦戦!!!
正直ショックを受けました。
母ができなかったことではなく、
母の身体の衰え具合とその進行の速さ・・・
「進行性」と名がつくだけのことがあるのだ、と恐ろしかったです。


はじめに苦戦したのは、後ろに歩くこと。
日常生活では前に歩くのが基本ですから、無理もないのかもしれませんね。
母は、後ろに足を出すことができないし、ましてや体重移動することもできません。
病気の症状で上体が強張ってしまってい、そのため不安定なバランスの中で後ろに歩くのに恐怖を感じたのだと思います。
それは、私と一緒に組むことに慣れたら徐々に和らいでいきました。

その次に苦戦したのは「スロー・スロー・クイック・クイック」とリズムの変化を刻むこと。
歩行の速度をコントロールするのって結構難しいことなんですよね。
歩行の速度をコントロールするためには足の着地を空中でキープすることが大切になってくるのだけど、そのためには体幹の支えがあってこそなんだと改めて感じました。

そしてもう一つが音楽にあわせて一定のテンポを守ること
自分の好きなテンポで無意識に歩くのではなく、意識的に足を動かすというのは、神経も使いますね。
思い通りに身体を動かすって神経や筋力やバランス能力などの総合力の賜物なんだなぁと、つくづく思いしらされたのです。


既にその時、母は転倒防止のために日常的に杖を使って歩いていました。
改めて歩いている姿を後ろから観察してみたら・・・
上体がこわばっており、肩甲骨あたりに緊張やゆがみがあったので、まずは上体をほぐす必要性を感じました。

脚力がいくらあっても上体(体幹)が強張ってると歩けないのだと知りました。

なので工夫をしてみました。

初めてのレッスン以降、一緒に組んで踊る前に、椅子に座ったままできる準備運動を取り入れ、上体の強張りをとり姿勢を整えるよう心掛けました
椅子に座り、上体を上や左右に伸ばしたりするストレッチ、上体の回旋、音楽に合わせて腕振り体操、肩甲骨まわしなど、上体のトレーニングがメインです。
また、座位のまま腿上げも行います。いずれも姿勢を正して行わないと効果が薄れてしまうので、ストレッチポールやクッションで背面から姿勢を補助をしつつやってもらいました。

この準備運動は効果絶大でした!
身体の緊張がほぐれたことで歩行がスムーズになり、一緒に踊りやすくなったのです。
母はしがみつきながらも、前後左右・方向転換ができるようになりました。
折をみて、しがみついていた手の力を抜くように促し、最終的には自分の足の上に立つ事を意識するように促していきました。
自分の力でも姿勢を維持していけるように少しずつですが変化していきます。
これで更にスムーズに踊れるようになっていきました。

通常ブルースを踊る時に使用するゆったりとしたスローフォックストロットの曲だけではなく、少しアップテンポなクイックステップやタンゴ、ルンバやチャチャチャに使うようなリズミカルな曲にあわせたり、歌謡曲で踊ったりしました。
知ってる歌謡曲で踊るのはとても楽しんでくれてましたね。
こうして、私と一緒に踊れば、いろんなテンポになんとなく合わせられるようになりました。



そして、肝心の歩行のリハビリに対する社交ダンス&エクササイズの効果
私が感じたのは以下のとおり。

まず、歩行が安定しました。
ヨロヨロしていた歩く道筋が、スッキリまっすぐに近い道筋に変化しました。

更に、バランスよく歩くだけではなく、チョコチョコ小股歩いていた歩幅が少し大きくなりました

そして転倒予防の防止の助けにもなりました
これが一番悩みでした。なぜなら命の危険に直結しているからです。
何度救急車のお世話になったことか・・・。そしてそのほどんどが家の中で起きたことでした。


実は、転倒は、家の中での発生率の方が高いのです
屋外の道を歩いている時は、当然前を向いて周囲の状況に若干緊張しながら前に進んでいますよね。
それに対して家の中では、まずまっすぐ歩くことの方が少ない。
意外と微妙な段差があり、方向転換も頻繁にしなくてはならないし、後ろを振り向いてモノを取るなどバランスを必要とする動作を何気なくやっているものなのです。
しかも、自宅だとリラックスしているので緊張感が抜けた状態。
生活導線を考え、動きやすくしたり手すりをつけたりしても、危険と隣り合わせなんです。

だからこそ本人の反射神経・バランス力・しなやかさ等をリハビリで補っていくことが転倒防止の大切なポイントなのだと思います。


ただ。母とのダンスはたくさんはできませんでした。スタジオに連れてくるまでがまず大変でした。予定していた日に限って雨が降ってたような。
結局、運動するためのデイサービスを利用がメインになっていきました。そこでは寝ながらのヨガや椅子に座っての筋トレをしてもらい、車での送迎がついているおかげで継続できました。
母の住まいからスタジオまで、私の足で歩いてわずか2~3分の距離が遠くかんじました。車で送迎したかった。
それでも、私の気持ちにもっとゆとりがあったのなら・・・と悔やまれるところです。家でも踊れただろうに、ね。

画像1



日常的な「歩く」は前に進むことが主となります。
ウォーキングは筋力を維持するのには良いですが、ひたすら前に歩いているという点では「歩くためのリハビリ」には十分ではないと個人的に感じています。


社交ダンスが「介護予防」の「歩く」に効果的な点は何か。

母との体験で踊ったブルースでも挙げたように、
社交ダンスでは前後左右に歩き、
そこに方向転換や回転があります。
リズムの変化もあります。
踊っているうちに、こうしたいろんな変化に対応できる反射神経やバランスが身についていくのです。
ここがウォーキングから得られる効果と大きく違うところだと感じています。


そして、社交ダンスはペアで踊るダンス。
ペアで踊るために一番大切な事は動きながらとる正しい姿勢です。
真っすぐな姿勢(ゆるやかなS字のライン)を意識して歩かないと二人で踊りにくいのです。
真っすぐな姿勢をとるための筋力、それを維持する力、そのまま移動するための筋力・・・こういったものをダンスをするときに自ずと意識するようになってきます。

これは、予防介護で必要とされる事と同じカンジがしませんか?

社交ダンスは、経験豊富な講師をパートナーとして踊ることができるので、転ぶ心配もなく、姿勢を意識しつつ、複雑な動きを音楽にあわせて楽しめるので、更にいいリハビリ・トレーニングになるのではないかと、母との体験を通して実感しています。

いつも踊ってばかりいる私。そんな私が社会貢献ができるとしたらこれだな!と思い、嬉しくなった瞬間でもありました。


自分の身体をコントロールして動かすというのは、はじめは思うように動かせなくてもどかしい思いをするかもしれません。
ですが、それがとてもいいトレーニングになるのだと思うのです。
私の母のようにリハビリとして行うならば、最初のうちは身体を動かすだけでもよいですが、正しい姿勢で少しだけ難しいことにチャレンジした方が効果があると思います。
坦々と惰性で行うものではなく、変化のあるものを行う方が神経も刺激されて良いでしょう。

年を重ねても若々しく生活するためには、元気にやりたい事をできる身体があることが必要不可欠です。
そのためにはただ筋力をつけるだけでなく、神経を刺激したりバランス能力を高めていくトレーニングも行ってしなやかな姿勢を作っていくことも大切なのではないかと感じています。
その点で社交ダンスはとても効果を発揮するのではないかと、私は強く実感しています。

社交ダンスは年配の人だからやるものではなく、年配になっても続けていける生涯スポーツ。介護予防としても大変適しているのではないかと思います。コミュニケーションという人との触れ合いもあって、仲間と一緒にできるのも魅力ですね。 


今回は「歩く」に焦点を当てました。
どうか必要な方に届きますように。
そして私もこの活動の輪を広げていけますように。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?