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冬山の音色|日本百名山・蓼科山

 山歩きで出会う音色は、長く記憶に残る。
 
 わさわさと木の葉がこすれる音。ザクザクと土を踏む音。そこで鳴り響く音色に注意深く耳を澄ませていく。すると“わたし”という存在が「ここに在る」ことを体感させてくれるように思う。

 冬のある日、八ヶ岳に出かけた。百名山の蓼科山たてしなやまは、冬山の入門として知られている。『諏訪富士』とも呼ばれている火山だ。コースタイムは4時間半。蓼科山の麓に前泊して、翌朝に登山口を目指した。

 そこで出会ったのは、カラフルな冬の音色だった。

今回の軌跡。
登山口から山頂までの往復で、6.2km。



音のない世界


 宿泊施設から蓼科山登山口まで、車で20分以内の距離。朝起きて、登山口まですぐに来れるなんて。なんて幸せなんだろうと思いながら、駐車場に着いた。

 登山口近くにある『すずらん峠園地駐車場』は、標高1700m地点にある。ここから、山頂の2530mまで登る。

 朝7:20頃で、既にたくさんの登山者がいた。みんなせっせと靴にアイゼンを付けて、山へ入っていく。わたしも同じようにアイゼンをつけて、みんなが造ってくれた雪道をたどってゆく。空には、一面の青空が広がっていた。


 雪面が朝日に照らされて、キラキラと瞬く。その上には、青く細長い木の陰が伸びていた。

 緩やかな道を歩く。本当に、静かだ。何人かの登山者とすれ違ったけれど、人々のざわめく声がほぼ聞こえない。わたしの耳に届いていなかっただけかもしれないけれど。静かな静かな世界が、そこにあった。

 目の前の景色に目を奪われていて、気が付いたら動画を全く撮っていなかったことに気が付いた。いつもなら、すぐにスマホを取り出して、山の風景を撮影したくなるものなのに。

 そんなことも忘れてしまうくらい、雪山の姿に没入していた。

 おかげで、あの時見ていた景色は、わたししか知ることができない。誰にも動く映像として、共有することができない。

 それはある意味で、特別な『ひとり時間』になった。心が少しくすぐったい。


穏やかな音


 緩やかな道が終わり、急登が始まった。えっちらおっちら登っていると、『ピヨピヨ』という音が聴こえた。山の小鳥の声だ。

 残念ながらその姿は見えなかったけれど、『ピヨピヨ』『ピー、ピピピ』と鳴き続けている。

 さらに登っていくと、『カラン、コロン』という音が聴こえてきた。まるで、喫茶店などに入る時に鳴るドアベルの音のよう。

 見上げると、わたしの真上には樹氷があった。『カラン、コロン』の正体は、樹氷だった。風に揺れて、樹氷同士が体をこすり合わせて、軽快な音を奏でていた。


ここから樹氷ゾーンへ

 朝の気温は、麓の温度計で-10℃。今は標高が上がっているので、もっと寒いと思う。ただ、日差しは温かく、小鳥はさえずっている。もう山では春の準備が始まっているのだろう。

荒れ狂う音

 
 森林限界を超えた。途端に世界が変わった。今まで防風林的な役割を果たしてくれていた木々がなくなったので、ダイレクトに暴風が体に突き刺さる。風速15m/sはあったと思う。

 バババババ!

 耳元で、けたたましい音が鳴り響く。自分が着ているアウターシェルと暴風とが、猛烈に擦りあっている。

 しっかりと雪道に足裏を踏みつけていないと、一瞬で吹き飛ばされてしまいそうだった。アイゼンの爪が雪道に食い込んでいるかを確かめながら、必死で歩く。

「がんばって!もう少しだから!」

  すれ違いになった女性(顔は見えなかったけど、女性の声だった)に声をかけられた。

 「がんばりますーーー!」

 爆音に負けないくらいに大声で返答。雪面にトレッキングポールをグサッと突き刺し、一歩一歩と前に進む。


蓼科山山頂ヒュッテ。
その奥の雲の勢いから、
風の強さが伝わるかなぁ。

 そこから10分もしないくらいで山頂に辿り着いた。ただ爆風過ぎて、とてもじゃないけれど長居はできない。なんたって、360°眺望が楽しめる場所なのだから。遮るものが、何もない。

 山頂から、まっ平に広がっている茅野の街を眺めた。その周りには山々そびえ立っていた。どの山が何で…と確認する暇もなく、山々をただ見る時間。


 「風がやばい」と感じる一方で、「なんて美しい景色なんだ」と感動している自分がいる。山頂にたどり着いた自分の中には、必死さ冷静さという相反する気持ちが同居していた。

 よくわからない不思議な気分。山頂にある蓼科神社で、「山頂にたどり着かせてくれてありがとう」と手を合わせた。

 天候によっては『雪山入門の山』ではないなと思った。

音が教えてくれるもの


 音は、触れ合うことで生まれるものだ。

 下山し、再び登山口に立った時、山で出会った様々な音色を思い返した。

 音のなかったとき。『カラン、コロン』と樹氷がこすれ合うとき。『バリバリ』と鳴り響く爆風を浴びていたとき。

 記憶が何度も脳内再生される。

 音は、物体と物体が触れ合わなければ生まれないもの。そこに存在しているモノを教えてくれている。わたしも「ここにいる」ということを、体感させてくれている。

 カラフルな冬の音が織り成す世界に、もっと耳を傾けたくなった。

 あなたも、冬の音に耳を傾けてみては?


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