見出し画像

小説『衝撃の片想い』シンプル版 【第一話】⑨

【二度目の衝撃】

奥原ゆう子は、今日、初めて会った佐々木友哉にひどく緊張していた。
眠れないのだろうか。何度も彼はトイレに立ったが、その背中を目で追っている自分を止めることができない。
――思ったよりも、ずっと、ずっとかっこいい。しなやかに歩く所作と言い、緩急をつける喋り方。サングラスの外し方…。しかもなんてスリムで筋肉質なんだ。
「体重は何キロですか」
と、寝る前に訊いたら、「57kg」と答えた。しかし、彼がニットの袖をまくった時に鋼のような腕が見えた。
――ボクシングの練習をしていただけのことはある。
奥さんと別れる前に住んでいた家に、ボクシングの練習セットがあった。健康のためだろうか。しかし、姉妹の方の姉がその体に見惚れているシーンは見えていた。温泉旅行の時だ。
「さすが、ボクシングをやっている悪そうな体」
と姉が笑って言っていたように見えた。記憶はぼんやりとした夢みたいで鮮明ではない。
トキからもらったその映像では、彼の生き方や性格を好きになり、考え方を尊敬した。
言動には哲学があり、しかしそれを声に出して言うと、女たちは消えていく。
「わたしならいなくならないよ」
ゆう子は映像の中の彼に言っていた。その言葉を今すぐに、機内にいる彼に投じたかった。

未来のある日、それは小規模なパーティーの会場だった。まるで結婚式の二次会の規模だ。
彼と初めて出会った、

【三年後の記憶】

――『また妻に会いたい』完成披露パーティー二次会……か。若い新妻を探しに霊場に行くあの小説のタイトル?
わたしが主役?

足が悪い彼をどこかの女と交替でトイレの前まで付き添った。
白い洋服を着た小柄な女の子。
二十歳くらいにも見えた。

少しだけ彼、佐々木友哉と話をし、会場に戻った時にもその話の続きをしていた。
何を話しているのか分からないが、自分でも見たことがないような女の顔をしていて、彼は「何か零したの?」と俯いている自分に言っているのが見えた。
ゆう子は、映像の中の彼の何に惹かれたのか分からなかったが、今、目の前にいるこの男性はわたしのタイプだと改めて確信していた。強烈すぎるほど夢の男だった。
ーー以前は、だらしない男が好きだった。
洋服から悪臭が漂っているようなズボラな男。キッチンには絶対に立たず、暇なのに掃除も洗濯もしない。恋愛で言うと、デートは無計画でセックスの後は裸のまま寝てしまってお腹を壊す。
そう、世話のやける男性ということだ。
だが、パニック障害になってからそんな男に嫌気がさしていた。深夜に発作で飛び起きても、そんな男たちは心配して起きてくれなかった。体調が悪い時でも、わたしの世話はしてくれなかった。部屋を片付けるのも体調が悪い自分だった。
――清潔感があり、自分に厳しく、セックスの後でも女に優しい男の人はいないのかな
ここにいた。
まさか、この世界に……わたしが見える世界にいるなんて……。
ゆう子はまた瞼を少しだけ持ち上げ、彼の横顔を見た。
ハーフかクオーターのようにも見えるきりっとした目鼻立ちをしていて、笑うと鋭利な目のその目尻に笑い皺が入る。
少々瞳に生気がないが、心の傷のせいだろうか。
『ゆう子さんの時代でいうPTSDです』
トキがそう言った。今はその発作は出ていないようだが、入院した時に恋人が見舞いにこなかったショックと手術前後の何かの恐怖でPTSDになっているようだった。
離婚して、愛する娘たちも来なかったようだ。別れた奥さんが止めたのか。
――きつい話だ。歩けなくなるほどの事故で離婚か。わたしだったら自殺している。
トキに言った言葉をまた頭の中で呟いた。
恋人はどういう女だったのか。不倫だったから見舞わなかったのか。もう別れていたのか。
その後、離婚を知っても来なかったのか。今は何をしているのか。
――なんて残酷な仕返しだろうか。女たちは別れると男が悪いと決めつける。恋愛に失敗して鬱になった女の子をカウンセリングする藪医者じゃあるまいし、なんでも男性が悪いわけはない。ふざけんな、クソ女!

――あの悪女の鑑のような女だ。

ゆう子が母親を思い出し、眉間に皺を寄せた。うたた寝をしている友哉はそれに気がつかない。
――クソ女…
頭の中で怒鳴ると目が狂的になっているのが、自分でも分かった。だが、

母への憎悪は消えない。

――こんなに素敵な男性をよってたかってボロボロにしやがって。

佐々木友哉にはわたしの鞄を持とうとした優しさがあった。テロリストと戦う気も少しはあるから、ワルシャワまで行くのだろう。

他人のために戦う必要なんか、これっぽっちもない人生なのに……。

どんなひどい目にあっても人間の本質は変わらないというやつか。
ゆう子は謎めいた彼の寝顔をそっと見ていた。
――まさかヤケクソでテロリストと戦うつもりか。トキさんはそういう男性じゃないと言っていたが、もし、彼の足が治ってなかったら死んでもかまわないと考える時期だ。それは怖い。死なせたくない。このひとを…。
ゆう子は寂しそうに彼を見ていたが、そのファッションが明るくて少しほっとした。
――ファッションを考えられるうちは、まだ重症じゃないかも
鼻が高くサングラスが似合い、細身の体にきっとスーツも似合うだろう。
ワインカラーの赤いアウター。
成田空港の出発ロビーに、赤い服を着た男性がいるのを見て、「まさか、あの人が」と息を飲んだ。
娘たちが「かっこいい」と絶賛していたお父さんだったから、『外れ』はないと思っていたし、その考え方が好きだったから、顔が平凡でも恋人兼秘書になる覚悟でいた。
四十五歳の小説家だから、ボクシングをしていてもそれなりのおじさんだと思っていた。
アウターの中は深緑の薄手のニット。小さな動物の柄がかわいい。
ジーンズは黒のスリム。お尻が男性的に小さくて、その色気にゆう子は直視すらできない。靴はブラウンの短いブーツで、年季の入ったフェラガモに見えた。
テロとの戦いの「動き」を重視して古い靴にしたなら、PTSDどころから冷静すぎる。
『普段はスニーカーです。スニーカーは動きやすいのですが、表面が柔らかいから、足をケガから守るためにブーツにしたようです。……が友哉様はテロリストの下っ端ではケガはしません。楽勝です』
AZが答えた。
グリーンの文字がゆう子の目の前まで浮かんでくる。
――友哉様か。まるで中に人がいるように答える。なんなの、このデバイス……
彼が座る席のテーブルの上にサングラスが置いてある。スポーツの時や車の運転に使うタイプだが、日常でも派手さがない。


https://www.oakley.com/ja-jp

――カッコいい。これもテロとの戦いのために用意したのかも知れない。
サングラスのアームを口を使い、顔にかける癖があり、それを娘たちの前でもやっていた。
しかし、相手が娘だからか似合っていないと思い、ゆう子は夢の中で笑っていた。
だが、成田空港で、彼がその癖を披露した時に、ゆう子は女の体の奥が濡れていくことを我慢しなければならないほど、見惚れてしまっていたのだった。
早く、彼とホテルでゆっくりしたい…二泊ではなく、一週間くらい取ればよかった。
ゆう子は、帰りの飛行機を今すぐキャンセルしたい衝動にかられていた。
見たい。ファッションだけではなく、彼の肌やセックスを。
ゆう子は、はやる気持ちを抑えられずにいた。

…第二話へ続く



普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。