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『骨を彩る』 ネタバレ無しのおすすめ文 繰り返し読んでいただきたい良作!

この作品は、読書イベント本と、おしゃべりと、で紹介されたことをきかっけにして読みました。「読んで良かった」という気持ちを強く持ったので、ネタバレ有りの書評ネタバレ無しのおすすめ文の両方を書きます。

ネタバレ無しで書くのは、予備知識なしで本作そのものを味わってほしいからです。
本作はラストも良いですが、ラストに向かっていく過程にいろいろな意味を感じさせてくれます。

私はこの本を読んで泣きましたが、無理に泣かせようとする、いわゆる「涙腺崩壊」系の作品ではありません。
表現が難しいですが、50歳を少し過ぎた私の10代、20代の記憶に静かに触れつつ、今感じることにも緩い癒しをもらった、そんな感覚です。

ネタバレ無しとは言っても、何の情報もなしでおすすめするのは難しいので、ここからは文庫本の裏表紙に書いてある程度の情報は書きますので、その点はご理解ください。

1・心の痛みを静かにえぐられる…

冒頭の2ページの間、主人公の男性が激しい違和感を覚えます。読者も説明がないままその違和感に付き合う形になり、そこそこ衝撃があるので、「どうやらこの作品は軽い恋愛ものではないらしい」と知らされます。

本作は群像劇の形で5つの物語を描いていますが、冒頭で予想させられた通り、どの作品も生きる痛みを突いてきます。
痛みの種類はいくつかあり、過去のわだかまり、自分を変えられない歯がゆさ、他者を受け入れる難しさなどさまざまです。解決されない悩みもありますが、個々の問題にある程度の方向性を付けてくれる心地よさがあります。
著者は人間関係の悩みや戸惑いだけでなく、心に抱える醜さを提示します。しかし、最終的には、人の心には醜さとともに温かさも存在すると思わせる、『骨を彩る』はそんな作品です。

2・多世代の悩みに緩やかに寄り添う

本作は40代と思われる男性の話で始まりますが、大学生や中学生、仕事を始めたばかりの若者など、他世代の悩みを描いています。
以下でネタバレにならない程度に5つの話のざっくりした設定だけ紹介しましょう。


・1作目
妻を亡くして10年目の中年男性が、中学生の娘と二人で暮らしています。亡き妻との美しい記憶、それに付随する後悔、娘との距離感、新しい人間関係への迷いが描かれています。

・2作目
1作目に登場したある女性(32歳)の目線です。女性同士の人間関係や、ダメな自分とどう向き合うかを書いています。

・3作目
2作目でデキる女、として描かれた女性(32歳)が中心です。一見強い人に見えても、迷いや悩みはあります。独立した短編としても読めますが、2作目と合わせて振り返るとより味わい深いです。

・4作目
仕事を始めたばかりの男性と女子大学生が登場します。それぞれが異性との向き合い方で迷っていますが、恋愛の話にとどまらず、過去のトラウマとの折り合い方も興味深く読ませてくれます。本作中一番エンタメ性が高い作品です。

・5作目
1作目に登場した女子中学生の話です。異質に感じる級友との距離感や、偏見と向き合っていく姿が印象的です。1作目とつながっているのは明確ですが、私は2~4作目があったからこそ、この5作目で泣けると感じました。

3・短編集にも見えるが、ゴールを意識して作り上げられた輪に気付くと魅力がアップ

本作は5つの短編を集めたものとも思えますが、著者によると「長編のイメージで書きました」とのこと。(インタビュー記事参照:『綾瀬まるが描く“現実”と“幻想”』

5つの話で全て語り手が変わっているし、2~4作目の登場人物たちが、最後の5作目の話に直接絡むことはありません。しかし、私は5作を順に読んでいくからこそ出ている味があると感じました。

例えば、2作目は展開も結末も、ややだるい印象を持たされますが、それがあってこその本作です。

近年、伏線回収という言葉が良く使われます。物語の途中で謎を見せておいて、後半で「あれはこういう意味だったのか」と思わせるパズル遊び的に使われることが多いです。
しかし、本作では謎など存在しませんし伏線ですよというわかりやすい旗も立てません。そのため、サラっと読むと2~4作目と5作目の接点は、登場人物以外は見えません。
しかし、1作目が40歳前後、2、3作目は30代前半、4作目は20代前半の人が描かれて、最後に中学生の話を配置したのは意図があると思います。
1~4作目ですでに大人である人々は、今の自分が生きるための悩みと戦っています。しかしその自分は当然ながら過去の積み重ねで形成されています。
5作目に登場する2人の女子中学生が、もしかするとこの出来事の先に〇作目のあの人と同じような悩みを抱えることになるのかもしれない、と思いながら読むと、本作のスリリングさが大きく増すのです。
キーワードを上げるとすれば「景色の共有」という言葉が最適だと思います。

2作目の上手くいかなかった友人関係、3作目のいじめや親との距離感、4作目のトラウマなどが、生まれるかもしれない瞬間が5作目で描かれます。

この瞬間は13歳の少女たちがツライ記憶を持って生きることになるのか、人生に希望を見出せるのかの分岐点です。
今を生きる中学生たちに、イジメあきらめばかりの暗い景色を共有してほしい人はいないでしょう。美しさ許容しあう喜び、そんな景色こそ共有してほしいという強い思いが込められていることに気づくと、2作目や3作目のだるさが緩やかに回収される、それが本作の構成の狙いだと私は推測します。

とても良い作品だったので、ぜひ手に取ってみてください。そして、もしよかったら、このおすすめ文をきっかけにして『骨を彩る』を繰り返し読んでいただけると嬉しく思います。


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