夢のない私を支えた「五重塔」

夢のない自分を受け入れるきっかけになった評論文がある。中学の国語の教科書にある、上田篤さんの『五重塔はなぜ倒れないか』だった。

本文では、五重塔が倒れない秘密を伝えるために、お椀が5つ積み重なった状態の写真が2枚載せられていた。片方は5つのお椀ががちがちに固められた状態、もう片方は中心に串を刺しただけの不安定な状態だ。その状態で土台を揺らすと、固められた方は5つのお椀が一緒に崩れるに対し、串刺しにされたお椀は左右にぐらぐら揺れはすれど崩れることはなかった。

五重塔は、揺れることで崩壊を防ぐ構造らしい。揺れを抑え込むのではなく、左右の揺れを柔軟に受け入れることで力を分散させている。五重塔はこの揺れる構造を利用し、今まであらゆる大震災を乗り越えてきたという。

公務員や教師、カウンセラー……ブレまくった学生時代

かつて得意なことややりたいことが浮かばず、「夢は?」と聞かれてもヘラヘラしてやり過ごしていた。でも大学が身近になると夢と向き合わざるを得なくなって、一生懸命探し始めた。そして、その夢がとにかくブレてしかいなかった。

弓道場(当時弓道部だった)に置いてあった心理学の本を見て、心理カウンセラーを夢にした。私のように人に意見を言えずに抱え込んでしまう人を、カウンセラーになれば救えるのではと思ったのだ。でも、なんか違うなと思った。

次に、教師を私の夢にした。もともと勉強好きの優等生だったこともあり、勉強の楽しさを教えられるのではないかと思った。だけど勉強は好きでも教えることは苦手だったのもあり、全然楽しめなかったので、夢は消えてしまった。

そして次の夢は公務員だった。地元の横浜に貢献できる横浜市職員の説明会を聞き、「私の夢はこれしかない」と感じた。説明会後、すぐに公務員スクールに自費で申し込み、映像授業を受けはじめた。公務員試験に出るような問題は、勉強好きの私なら好きなはずだった。でもなぜか、やる気が出ない。申し込んですぐなのに、「本当に公務員になりたいのか?」なんて疑問が浮かんだ。結局スクールは解約し、夢は消え、講座のキャンセル料の支払いだけが残ってしまった。

人間と五重塔に大切な「揺れ」

好きなことや得意なこともよく分からず、たくさんの夢を失って、揺れ動いてばかりの自分に劣等感を持っていた。

だけどそんな絶望期間に、揺れるからこそ崩れない五重塔を思い出した。色々挑戦しても元に戻ってばかりだとしても、そのブレこそ強さの材料になる。ブレてブレまくって、いずれ動かぬ軸を見つけることができるかも知れない。

小さい頃から持っていた夢を追い続ける人は、確かにかっこいい。でも夢がなかなか見つからずにたくさん揺れ動けることにも、決して劣らない程の価値がある。そんな生きる教訓を、五重塔から教わることができた。

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