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メタバース時代における建築デザインの新たな課題:知的財産権について

不正競争防止法の改正案が閣議決定されました。この改正は、メタバース内での模倣品の規制強化を狙ったものですが、まだまだ多くの課題が残されています。今回は、模倣建築の規制にフォーカスを当て、これらの課題に触れてみたいと思います。

今回のポイント

  • メタバース時代の建築デザインとは?

  • 建築デザインはどのような法律で保護できる?

  • メタバース時代の新たな課題とは?

  • どの程度法整備は進んでいる?


メタバース時代の建築デザイン

ゆう:メタバースには、既に仮想世界の不動産市場が存在していて、2026年までに約7300億円にまで成長するらしいよ。

りょう:え、それって、仮想世界で土地を買って、現実世界の建築を再現したり、その建物や土地を売買できたりするってこと?

ゆう:そうそう!すごいのはNFT(Non-Fungible Tokens)っていう技術を使うことで、仮想世界の土地や建物を、地番や家屋番号を持つ現実世界の土地や建物と同じように扱うことができるってこと。

りょう:コピーしてもバレちゃうってこと?

ゆう:そうだね。でもNFTはコピーかオリジナルかを見分ける技術。NFTだけで建築デザインの模倣を防ぐことはできないんだ。

模倣して作ったデザインをNFTで別のオリジナルと偽ることができるからね。

りょう:それは現実世界でも同じだね。

ゆう:うん。現実世界では、デザインの模倣を規制する法律があるけど、仮想世界ではまだ法律が整備されていないから、難しい問題があるんだ。


メタバース時代の模倣建築の規制と課題

りょう:盗作といえば著作権かな?

ゆう:そうだね。でも建築デザインを保護できる法律はいろいろあるよ。

りょう:こんなにあるんだね。何とかなりそうじゃない?

ゆう:そうでもないんだよね。まず意匠法だけど、これは物品・建築物・画像のデザインを保護する法律。

現実世界では模倣建築の規制にピッタリなんだけどね。

りょう:メタバースだと何が違うの?

ゆう意匠法でデザインが保護される物品や建築物は現実世界のものなんだ。だから、メタバース内の物品や建築物のデザインは規制対象外。

物品:有体物のうち、市場で流通する動産
建築物:土地の定着物である人工構造物

ゆう画像は仮想世界にもあるけど、意匠法では機器の操作・表示用の画像しか登録できない(例えば、意匠登録1692265)。

だから、意匠法では、メタバース内の模倣建築を規制できないんだよね

画像:機器の操作の用に供されるもの又は機器がその機能を発揮した結果として表示されるもの


りょう特許ってデザインと関係ないんじゃない?

ゆう:建築って自由なアート作品じゃなくて、実用品だからね。

いろいろな制約条件の中で美しさ機能を両立させなければならない。

その機能を保護するのが特許ってとこかな。例えば、こんな機能を実現する特許があるよ。

特許6910980:斜線制限下で採光性を向上させ、広がりのある空間を実現

特許6723699:各世帯のプライバシーを確保しつつ、程よい距離感を保つ二世帯住宅

特許7001522:居住者間で楽しく家事や身支度ができる

ゆう:だけど、仮想世界での使い勝手とかの機能に着目しないと、メタバースで役に立つ特許を取ることも難しいかな。これは制度の問題じゃないけどね。

りょう:実用新案法は何が違うの?

ゆう:実用新案法では、現実世界の物品形状等しか保護できない。だから、実用新案法はメタバースでは役に立たないんだよ


りょう商標ってブランド名とかだったよね。建築と関係あるの?

ゆう:建物や内装自体も商標登録できるんだよ。「立体商標」っていうんだけどね。

出典:特許庁ウェブサイト

ゆう:ただ「立体商標」を登録するのは凄く難しい

建物がすごく有名になって、建物自体がロゴみたいにブランド示すようにならないと、商標登録できないんだ。

最初からロゴの看板が表示された建物なら別だけど。

りょう:なるほどね。

ゆう:立体商標の場合には、もう一つ問題があってね。

現実世界と仮想世界で取り扱う商品やサービス(役務)が同じとは限らないってこと。

りょう:え、どういうこと?

ゆう:商標を登録するときには、その商標を使う商品(指定商品)やサービス(指定役務)も登録するんだよね。

例えば、このコメダ珈琲の立体商標の場合、「飲食物の提供」というサービスが登録されてる。

株式会社コメダの立体商標(登録5851632)(特許情報プラットフォームから引用)

りょう:コメダ珈琲ね!よくミックスサンド食べるよ。

ゆう:この建物(立体商標)がメタバース内で模倣されても、それが「飲食物の提供」と全然違うサービスに使用された場合には、効力が及ばないんだ。メタバース内では、当然「飲食物の提供」以外に使われるだろうね。

りょう:仮想世界でミックスサンドは食べられないもんね。

ゆう:だから、このコメダ珈琲の建物がメタバース内で勝手に使われても、この商標権では規制できない。

りょう:なるほどね。


ゆう著作権法でも建築デザインは保護できるんだけど、「建築の著作物」の保護は現実世界でも難しいんだ。

まず、著作権法で保護を受けるためには建築デザインが「著作物」でないといけない。

りょう:それって難しいの?

ゆう:「建築の著作物」の場合、「著作物」と認められるハードルは相当高く、独立して美的鑑賞の対象となり得る程度の美術性が必要って言われている。

国立新美術館とかスカイツリーとかのレベルかな。

一般住宅が著作権法10条1項5号の「建築の著作物」であるということができるのは、客観的、外形的に見て、それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形美術としての美術性を備えた場合と解するのが相当である。

グルニエ・ダイン事件(大阪高裁平成16年9月29日決定)

りょう:建物自体がアートってことね。

ゆう:さらに、たとえ「建築の著作物」と認められたとしても、その著作権の効力って現実世界の建築や建築物以外には及ばないんだ。

つまり、仮想空間では「建築の著作物」の著作権の効力が及ばない可能性が高いってこと。

第四十六条 美術の著作物でその原作品が前条第二項に規定する屋外の場所に恒常的に設置されているもの又は建築の著作物は、次に掲げる場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。
(省略)
 建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合
(省略)

りょう:じゃあ、メタバースじゃ模倣し放題ってこと?

ゆう:ただ「建築の著作物」とは別に、設計図やその3Dデジタル画像に「創作性」があれば、その設計図や3Dデジタル画像(図形の著作物)に著作権が発生する可能性はある。

そのハードルは「建築の著作物」よりも低いんだよね

建築物の設計図は,設計士としての専門的知識に基づき,依頼者からの様々な要望,及び,立地その他の環境的条件と法的規制等の条件を総合的に勘案して決定される設計事項をベースとして作成されるものであり,その創作性は,作図上の表現方法やその具体的な表現内容に作成者の個性が発揮されている場合に認められると解すべきである。もっとも,その作図上の表現方法や建築物の具体的な表現内容が,実用的,機能的で,ありふれたものであったり,選択の余地がほとんどないような場合には,創作的な表現とはいえないというべきである。

メゾンA事件(知財高裁平成27年5月25日判決)

ゆう:さらに「図形の著作物」には「建築の著作物」のような効力の制限もない

だから設計図やその3Dデジタル画像の著作権については、メタバース内でも効力が及ぶ可能性はあるかな。

りょう:メタバースだと事情が変わるんだね。


ゆう:あと、店舗デザインが有名になったら、商品・営業を表示するシンボル(商品等表示)として、不正競争防止法で保護される可能性はあるかな。

りょう:相当有名なデザインじゃないと、守られないってこと?

ゆう:そうだね。これもすごくハードルが高くて、現実世界でもほんとレアケース。仮想世界でも難しいだろね。

店舗の外観(店舗の外装,店内構造及び内装)は,通常それ自体は営業主体を識別させること(営業の出所の表示)を目的として選択されるものではないが,場合によっては営業主体の店舗イメージを具現することを一つの目的として選択されることがある上,①店舗の外観が客観的に他の同種店舗の外観とは異なる顕著な特徴を有しており,②当該外観が特定の事業者(その包括承継人を含む。)によって継続的・独占的に使用された期間の長さや,当該外観を含む営業の態様等に関する宣伝の状況などに照らし,需要者において当該外観を有する店舗における営業が特定の事業者の出所を表示するものとして広く認識されるに至ったと認められる場合には,店舗の外観全体が特定の営業主体を識別する(出所を表示する)営業表示性を獲得し,不競法2条1項1号及び2号にいう「商品等表示」に該当するというべきである

コメダ珈琲事件(平成28年12月19日  東京地方裁判所)

ゆう:さらに不正競争防止法では、他人の商品の模倣品譲渡したり、そのために展示したりする行為も「不正競争」として規制してる。

だけど、これが仮想世界の行為にも及ぶかはグレー。建物を「商品」と呼べるかも微妙だし。

りょう:メタバースで建築デザインの模倣を防ぐって難しそうだね。


メタバース時代に向けた法整備

ゆう:こんな問題があるから、法改正に向けて様々な議論が進められているんだ。

りょう:ニュースでやってた法改正って?

ゆう:最後に話した不正競争防止法のことだね。他人の商品の模倣品を仮想世界で提供する行為を「不正競争」として明記するってこと。

りょう:それって、何が変わるの?

ゆう:例えば、メタバース内での模倣建築物に対する規制が強化されるってことかな。

ただ、規制が強化されるのは、メタバース内でそっくりそのままマネした模倣建築だけだし、規制されるのは日本で最初に販売されてから3年までのものだけどね。

また、あくまで「模倣」しか規制できないから、偶然に似通ってしまったデザインは規制対象外

りょう:今回強化されるのは、ごく一部ってこと?

ゆう:そうだね。将来的には意匠法の改正も必要なんじゃないかな。

そうなれば、メタバース内での模倣建築への対策が万全となって、メタバース内での建物の取引も促進されると思うよ。

メタバース内で意匠権の売買やライセンスなんかも行われるかもね。

りょう:これから注目だね。


今回のまとめ

以下が今回のまとめになります。

  1. メタバースでは、NFT技術により、仮想世界の土地や建物を、現実世界の土地や建物と同じように扱うことができる。市場規模は大きい。

  2. NFT技術でメタバース内の模倣建築を防ぐことはできない。

  3. 現実世界では模倣建築の規制に役立つ法律が、メタバースでは役に立たないことが多い。

  4. メタバース時代に向けた知的財産権法の改正が検討されている。まずは不正競争防止法の改正が決まった。ただし、その範囲は限定的。

以上ポイントをまとめました。メタバース時代の新たな可能性を探る上で、ご参考いただければ幸いです。


今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

弁理士 中村幸雄
https://yukio-nakamura.com/

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