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道東 山と流氷


藻琴山登山口からの緩斜面を登る

女満別空港からレンタカーを駆って、登山口であるハイランドパーク小清水725へ向かう。氷点下の雪道はグリップが良く快適なドライブが楽しめる。
5台ほど入るであろう駐車場は既に満車で、若干広くなっている路上に割り込ませてもらう。ここだけで車15台ほどを数えたが、来る途中にも4~5台停まっていたから、平日にしては賑わっているのだろうか。既に10時を過ぎているので然もありなんか。
冬支度は時間が余計に掛かるので出発したのは11時近くだった。

歩き始めはまず標高差200mほどを1km弱緩やかな斜面を登る。

藻琴山と手前に屏風岩を望む
この気持ちの良いTHE稜線をすすむ

晴れわたり凛とした空気感。北国を、北海道を感じずにはいられない。マイナス6℃の澄んだ空気が鼻から肺に入ると、1,000kmの移動で気だるい心身に喝が入る。
トレースは踏み固められているが、氷ついているわけでもなくただ雪が踏みしめられていて、一度も解けていないのではといった道はとても歩きやすい。
歩きやすさとスッと天空に伸びた一本の稜線に惹きつけられ、つい歩みが早くなる。北国の日差しも手伝ってシェルのなかは汗ばんでくるが、幸い風も弱く体へのストレスは極めて少ない。この山行を十分堪能するには絶好の条件だ。
車の数のわりに人が少ないと思っていたら、所々シュプールが描かれている。なるほど我々のように重いアイゼンを履いて往復する物好きはいないようで、思い思いの斜面を滑り降りているのだ。

実に羨ましい。

屏風岩
恐竜の背びれのようでもある

北斜面を滑り降りると、車で先ほど走った道路に出られるようだ。南斜面にもシュプールがあるがどこへ降りるのだろう。先は屈斜路湖である。
手前の小ピークを過ぎると、黒々とした岩肌を剥き出した岩が近づいてきた。
屏風岩である。何とも刺々しい容姿をしている。

多くを雪に覆われ、屈斜路湖の外輪山とわかる以外は、この岩がいかにも火山と知る数少ない部分である。

屏風岩を乗越すと山頂は目前だ
空へ頂きへ

屏風岩を乗越すと一番痩せたところだが、足場はしっかりしているので突風だけ気をつけて行こう。
正面に山頂を見ながら、素晴らしいパノラマのなかを進んでいく。登るというよりは進んでいく。そう、稜線歩きなのだ。
なんと心地よい時間だろう。登るでもなく降るでもなく、寒くもなく暑くもない。ただ心を空っぽにして、天空に伸びた一本の白い雲の道を歩んでいく。
ここはいったいどこだろうか。どこに向かっているのだろうか。
山のマインドフルネスである。
一旦降ると、ほどなく山頂直下の小さなコルにたどりつく。ちょっとした広場になっていて、お昼をとるには恰好ではあるが、風の通り道のようで足元が凍っている。

眼前の最後の斜面を登りきれば山頂である。

一等三角点の山頂標と屈斜路湖
正確には999.9m
雪洞の向こうに斜里岳を望む

藻琴山は標高999.9mと何とも惜しいところではあるが、そこは自然である。
多くの素晴らしい体験を与えてくれる。
阿寒知床火山列の成層火山で、屈斜路湖カルデラ外輪山の最高峰である。山頂は一等三角点があり、太平洋側とオホーツク海側の分水嶺となっているほか、北海道百名山、北海道自然100選になっている。
とても素晴らしい山なのだ。
空港から30分でこの大自然である。比較は愚かと分かっているが、羽田空港から30分ではビルの谷間から抜け出すことさえ出来ない。
因みに、北海道の山は夏でさえ本州の山プラス1,000mを参考に準備をするようにしている。要は過酷なのである。
時間があれば北側に伸びるルートを辿り銀嶺水経由で周回もしたかったが、今回はここまでである。

知床着岸間近の流氷。人のサイズ感ではまだ程遠い

オホーツク海には、世界的にもごく限られた地域でしか見られない、この時期限定の自然現象、「流氷」がやってくる。
遠くアムール川から1,000kmの旅の末、日本のこの地にたどり着いた流氷。そこにどのような物語を秘めているのだろう。そしてこの地でどのようなショーを見せてくれるのだろう。
その光景を目の当たりにした時、その光景に圧倒され、人知をはるかに超えた圧倒的な存在感に、自身の驚きや感動が、無に等しいくらいに陳腐になってしまうであろう。
遥か彼方から流れ着く氷に、そして広大な海原を埋め尽くす氷にロマンを感じずにはいられない。
余談だが、私が今回移動した片道距離も1,000kmである。

夕陽の名所プユニ岬から夕陽と流氷を望む
初日は夕陽が反射している所に流氷はまだ無い

知床半島の中程、夕陽の名所プユニ岬。雲がかかり薄明光線が美しい。
雲の切れ間から夕陽が差し込み、「海面」にその姿を映しだす。
そう、この時はまだ海面なのだ。
氷は湾の中に吹き溜まっているといった感である。
相手は大自然現象、しかも1,000kmもの長旅をしてくるのだから、人間の都合など全くもって及ばないのではあるが、残念な感は拭えない。
目の前に流氷があるにも拘らずこの感情である。自分のエゴに閉口する。

予報では今夜から北風が強くなり降雪となる模様。
明日に期待しよう。

舟唄が流れる情景を思い浮かべながら。
桐子のお店を探しています。 駅stationより

雪が舞っている。
街は静寂に包まれている。
雪が全ての音を消し去ってしまったように。
24時間何かしらの音に晒されて生活していると、この静寂は驚きであり、感動であり、恐怖である。街の灯りが無ければ恐怖が多くを占めるのだろう。古の人達はそこに何ものかを見出し、奇跡を感じ言い伝えていったのだろう、などと想像しながら店を求め街を彷徨い歩いた。

「流氷がきているので漁に出られないから海鮮は…」店主曰くである。なるほど。旬や季節感のない生活に慣れてしまって、気が回らない自分に、「もっと自然と共に生きよう」と語りかけ、今日一日の思い出を肴に美味しい酒を飲む。

フレペの滝
冬の森をスノーシューイング

昨夜からの雪が引き続き知床の森を風雪に晒している。そのなかを¥500で借りたスノーシューでフレペの滝を目指す。実にリーズナブルである。
フレペはアイヌ語で「赤い水」。由来は諸説ある様だが、凍った水は蒼く透きとおり低く垂れ込めた雲と相まって、もの悲しい雰囲気である。フレペの滝はその様子から「乙女の涙」とも言われているからなるほどである。

人が多く訪れるのであろう、トレイルはよく踏まれていて靴だけでも十分と思われる道を、初めて履くスノーシューで進んでいく。滝周辺は海からの風が吹上げるように、強い風と雪に晒された。
その後、穏やかな「冬の森」に入る。こちらは2時間コースのせいかあまり人の気配がない。スノーシューが本領発揮で喜んでいる。

冬の知床の自然を極々一部であるが体感することができ、大いなるものに触れたような心の旅ができた。

斜里町のスキー場にて
何年振りだろうか

自然センターを後にし、お馴染みのオシンコシンの滝を見学したのち、スキー場に立ち寄ってみる。道具はレンタルである。板・ブーツ・ストックと2時間リフト券付きで¥2,000也これまたリーズナブルである。
ウェアは山仕様で何とか我慢する。なぜ我慢かというと、スキーは山のように常時動いていないこと、滑ると風が吹き付け体感温度はさらに下がり、リフト上はさらに身動き取れず修行のよう。要は寒いのである。
久しぶりのスキーも昔取った杵柄で何とかなった。この例え、実は山では通用しない、とよく先輩諸氏に言われました。
朝より上がったとは言え気温がマイナス10℃を下回るなか、2時間みっちり滑った後はレストハウスで唯一売っているカップ麺と鼻をすすり、楽しくも寒かった時間を振り返る。

忘れがたい思い出である。

プユニ岬からの夕陽と流氷の様子
前日から一変し流氷で埋め尽くされている
流氷も運も風向きが変わった

夕刻、再びプユニ岬にて夕陽と流氷を楽しむ。
昨夜からの北風が流氷を一気に運んできてくれた。前日、夕陽が映っていた「海面」が、今日は流氷で埋め尽くされている。
流氷ウォークも現実味を帯びてきた。
この後宿に戻る道すがら、海に降りられる場所を探す。所々あるパーキングに寄ってはチェック。助手席はご就寝中だったのでひとりこの作業を続ける。
これもなかなか楽しいもので、結局絶好の場所を見つけることができたのはラッキーだった。この機動性はレンタカーならではである。

硬く厚い氷を見極めながら乗っていく。ここは確かに流氷の上なのだ。

流氷のうえでポーズを決める
先ほどまで夢のなかだったので元気である

二日目にして目的がまた一つ達成できた歓喜の瞬間である。
見ているだけで壮観な氷の上に今乗っている、触れている。遥か1,000kmの旅をしてきた氷の上である。
耳を澄ますと何とも言えない音が鳴り響く。鳥肌が立つのをおぼえた。
流氷が鳴いているのだ。
その音は一様でなく多様な音色の鳴き声が響く。
「流氷鳴き」
午前中覆っていた雲も抜け、青空がのぞき天候が回復に向かっている。

明日はもっと期待できるだろう。さて、宿に戻って祝杯といこう。明日は帰路につかなければならない。

ニュースでは東京に大雪警報が出され、相変わらず「不要不急の外出を控えるよう」繰り返し伝えている。

晴れ渡った青空のもと水平線まで白く覆われている

前日流氷を歩いた場所に再び訪れた。
夕刻の雰囲気とはまた違う壮大さを見せてくれた。
果てしなく水平線まで続く海原は流氷によってどこまでも白く染まり、その先にある雲が白さを引き継ぎ青空へと変わっていく。全てが一体となり自然の調和を乱すものなど存在しない。そこにあるのは荘厳な大自然だ。

巨大な生き物の鳴き声のような音が、そこかしこに響き渡る。
昨日より大きくハッキリと。それは人を寄せ付けない警告のようでもある 。

遠く突き出た流氷にオオワシがとまっている。遥かシベリアから越冬のためにやってきたのだ。壮大な流氷にも負けぬその小さな巨鳥もまた勇壮無比である。


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