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4.実際、海外挑戦って楽しいの?

皆さんこんにちは。三浦優希です。
さて今回は、私が海外で生活してきた中でずっと感じてきたことを本音で書きたいと思います。これは特に、スポーツなどで何か目標を成し遂げるために海外に出ようとしている人、または将来そうしたいと考えている人に向けて伝えたいことです。誤解を招くことを恐れずに言うと、それは、

「海外挑戦は、苦しい時間の方が圧倒的に多い」

ということです。
なぜ私がこのようなマイナスにも捉えられうる発言をするのか。それは、これから挑戦をしようとしている方々に、海外への幻想や憧れだけではなく、本当の景色を少しでも伝えたいからです。決して、皆さんの持つ「海外」へのイメージを悪くするつもりもないですし、落ち込ませるつもりもありません。それでも、5年というまだまだ短い期間ですが目標に向かって挑戦を続けてきた私の経験は、きっと誰かの役に立つと信じています。海外に出ることで得られる楽しいことというのはたくさんありますが、それだけではなく「このような面もあるんだ」ということを知っていただけたらと思っています。初っ端に「苦しい時間が圧倒的に多い」と言っていますがそれと同時に、私は心の底から、

「海外に出て本当に良かった」

とも、思っています。
この文章を読み終わったときに、少しでも多くの方々が自分の中での「日本の外に出るということ」への意識・考えが今までより少しでも変わっていたら、私にとってそれ以上嬉しいことはありません。


さて本題に入りますが、よく身の回りの人から「海外でずっと生活なんて毎日楽しそうだね!」なんて言われることがあります。しかし実際は、そんなことはありません。他の海外チャレンジをしている方々がどう感じているかはわかりませんが、少なくとも私は辛いことの方が半分以上を占めていると思っています。

スポーツでもなんでも、自分が上手くいっている時というのは、つらいと感じることなんてないです。その時はきっと、「楽しい」と思えるはずです。ただ、自分の夢・目標を叶えるためには、自分が今いる場所からいつかはステップアップをしていかなければいけません。もちろん、目標設定をどこにするかで現状に対して自分がどう感じるかは変わってきますが、少なくとも「今より上を目指している状態」であれば、いつまでもその環境にいることはないと思うし、その先どんどん周りのレベルも上がっていくということになります。するといつかは必ず、「物事が自分の思い通りにならない」という壁に当たることになります。私はこれをたくさん経験してきました。

数えだしたら本当にきりがないですが、今まで何度も何度も挫折を繰り返してきました。言葉、食事、文化、人種、肌の色、宗教、考え方など、すべてにおいて自分が育ってきた環境とは全く違う世界がそこにはあります。今までの「当たり前」が通用しません。特に言葉ができない状態では自分の思いを伝える方法もありません。レストランに行った時でもそのメニューがパッとわからないし、人に何かを聞かれても返答できない。自分の知らないところでいつの間にか物事が進んでいて自分だけ置いてけぼり。その後どうしていいかもわからない。こんなことがたくさんあります。「言葉が話せない外人は、その国では赤ちゃんと同じ」という言葉を聞いたこともあります。
これは、自分のやりたいこと云々の前の段階ですね。今まで日本にいるときには、全く感じることのなかった障壁が数多く出てきます。

ここからは少しスポーツの色が濃くなりますが、続いてホッケー面について。外国人選手というのはチームの「助っ人」でなければいけません。レベルやリーグにもよりますが、大体の場合、「外国人枠」というものが存在します。これは、「その国以外の国籍を持つ選手の、チーム所属人数を制限するもの」です。今まで私が経験してきた中では、各チームの外国人枠は3~4つでした。4人以上の外国人はチームに入れないということです。チームを強くするためにわざわざほかの国から選手を引っ張ってくるための貴重な枠となります。アメリカで言えば、強豪国の多いヨーロッパから優秀な人材が集まる中で、日本から来た私がその枠を勝ち取るには、一目でわかるくらい他を圧倒する実力がなければいけないということです。そこを通過するだけでも困難ですが、大変なのはここからです。チームに残れたとしても、この枠を使用して獲得した選手ということは、チームのトッププレイヤーであることが前提として求められます。日本のJリーグやプロ野球に海外選手が来たらみんな期待しますよね。それと同じです。もちろんビッグネームプレイヤーであれば、チームに来てくれるだけでマーケティング効果があることもありますが、それはほんの一握り。ほとんどの外国人選手は勝利に貢献する活躍ができなければチームからは役立たずとみなされます。厳しい環境ですが、チーム側からしたら当然のことですね。

これをリアルに体験したのが、2016年。チェコからアメリカに初めて渡った年で、アイオワ州にあるWaterloo Black Hawks(ウォタルー・ブラックホークス)というチームでプレイしたときでした。USHL(United States Hockey League)という20歳以下の全米トップリーグに参戦するチームです。このリーグからはNHL選手が多く出ていたり、ここでプレイした選手の内の95%はNCAA(全米大学体育協会) Division1の大学に進学するという、世界中から将来有望でプロになることを目指している若者が集まる場です。

この時私は外国人枠+オーバーエイジ枠(20歳の選手、USHLでプレイできる最後の年)の両方を使う選手としてチームに所属していました。シーズン開始時には主力メンバーとして試合に出場していましたが、なかなかゴールやアシストが残せず、またコーチが求めるプレイをすぐに体現できなかったこともあり、日が経つにつれてどんどん出場機会は減っていきました。そしてシーズンの途中では、試合のメンバーに入れずユニフォームすら着ることができないなんてことも多くありました。「自分はチーム最年長で、しかも外国人選手なのに何をやっているんだ。」と焦りや不安に駆られる日々が続きました。自分よりも4つも若い16歳の選手が活躍しているのを、観客席から眺めているときは本当に悔しい気持ちでした。

不思議なもので、出場機会が減っていったり自分が認められてないと感じると、自信というものがなくなっていきました。自分が下手になっているわけではないんです。それでも、「ミスが怖い。パックにできるだけ触りたくない。」と考えるようになったり、練習に行くのが怖くなりました。チームを首になるんじゃないかと本気で考えている時期もありました。

そんな日々を過ごしていた中、私はあることに気づいたんです。

「そういえばこんな状況を体験できている日本人って俺だけじゃないか?こんな苦しい経験ほかにしてる人ってそうそういないんじゃないか?」
「俺は今人生でも数少ないレアな出来事に直面しているのかもしれない。こんな素晴らしい機会を黙って逃がすなんてもったいない!」

という思考にたどり着きました。現在の自分の状況を、成長のチャンスとしてとらえることができたんです。そう考えたら、すべてにおいて失敗を恐れる気持ちがどんどん薄れていきました。どんなことも「こんな状況ありがたいなあ」と感じるようになったんです。それからは「ミスしてもいいからまずは練習で自分の持ってる力全てを出し切ろう。ゴールやアシスト以外にも、チームのために自分にしかできないことがあるはずだ。今自分ができることを続けよう!」とトライしました。とにかく、できる限りの準備を続けました。

そうすると、少しずつですが、評価というものが変わっていきました。チームのために全力でプレイする姿や、コーチの求めているプレイをなんとか実現させようとする姿勢が、彼らの目に映ったのかもしれません。また試合のメンバーにも入れるようになり、出場時間も増えていきました。
結局、その年の個人成績は53試合に出て7ゴール10アシストと満足いく結果を残すことはできませんでしたが、シーズン最後までチームの一員として戦い抜くことができました。何より、挑戦者として必要なメンタリティを見つけることができた大きな一年だったと思います。

シーズンが終わったころ、監督室に呼ばれ、1対1でコーチと話したときに、「このチームに来てくれてありがとう。君はチームをいろんな場面で助けてくれた。」といわれたときは、目頭が熱くなりました。この時、私を成長させるチャンスをくれたコーチ陣には本当に感謝しています。


海外に出てからは本当に苦しいことの連続でした。ここでは書ききれないほど挫折もたくさんしてきました。今もそうです。最初からうまくいったことなんて一度もありません。何回も悩んだし、「本当にここに来てよかったのか」と不安になることもありました。
それでも、今までずっとそれを乗り越えてこれたのは、その先で必ず一回り成長した自分に会えるということを知っているからだと思います。それはホッケー選手としてだけではなく、一人の人間としてです。私はもしかしたら、その過程自体を心の奥で”楽しむ”ことができているのかもしれません。今までできなかったことができるようになれば、それは成長した証です。このさき生きていく中で、今まで体験したことのないような課題に直面することが何度もあるだろうけど、そのたびにきっと私は、それを「新たなチャンス」として捉えることができると信じています。「海外」という環境は私に多くのことを教えてくれました。

最後に一つ。私は別に「海外に出ること」自体が偉い・素晴らしいことだとは全く思っていません。自分がすごいと感じることもありません。多くの人の支えがあって、今私は自分の目標に向かってチャレンジを続けることができています。日本の外に出た途端に、日本にいる人を見下すような態度をとる人がたまにいますが、それは間違っています。日本には日本の良いところがたくさんあります。ここにいてはできないこと、ここにいるからこそできること。いろいろあると思います。自分が成し遂げたいものを考えたときに、どの環境を選ぶかはあなた次第です。大事なことは、自分の行動と決断に責任を持つことです。「自分が選んでここにいる」という気持ちを忘れなければ、きっとそこには成長できる機会がたくさん出てくるのではと思います。

毎日が挑戦の日々というのは、なかなかいいものですよ!
最後までお読みくださりありがとうございました。

三浦優希













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スキをしてくれるあなたが大好きです!これからも頑張ります!
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1996年生まれ。アイスホッケーをやっています。高校2年生の時に早実を離れ海外挑戦を始めました。チェコ、アメリカを経て現在はNCAAのDivision 1に所属するLake Superior State University に通う学生アスリートです。

コメント4件

なぜコメントがない!?

素直にそう思ってしまいました。

すごく読みやすく共感できる内容がすごくありました。

僕は一度海外の大学院に行った方からも

「徐々に認められるようになった」と聞きました。

その部分を詳しく聞きたいです。

言語面の不足から認められないのでしょうか?

それともコミュニケーションを取ろうとしないからなのでしょうか?

それともまた違う理由なのでしょうか?

返信お待ちしております。
TAKA様>コメントいただきありがとうございます。嬉しいお言葉本当にありがとうございます!もちろん、言語面の問題もあるかとは思いますが、スポーツに関して言えば、「自分はできるということを証明する」ということが一番必要だと考えています。極端の話、チームで一番上手ければ言葉が出来なくても周りに人はたくさん集まってきます。やはり、なるべく早い段階で、わかりやすい結果を見せつけることというのは、海外挑戦においてとても重要だと感じます!
三浦優希
なるほど!!自分ができることを見せつけておくってすごく大事だと感じました!自分ができることは把握しておかないといけないと気づきました。これからも応援しています‼️
全く分野は違いますが、海外に非常に長いことおりました。自分自身は学生やら職やら悪戦苦闘して、数十年後にはそれが快い刺激で楽しくもなりましたが、近年日本から来る(特に女性達)方々、何故そう憧れと夢想ばかり多いのだろう、と不思議に思っておりました。帰国して判明したのは「観光情報」を現地での勉学・居住する場合の情報と履き違えているのですね。パリと言う現実と幻想を混同しやすい土地だったせいもあるのでしょうが。
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