見出し画像

「貯蓄」から「投資」の不条理な現実

SNSや動画投稿サイトでは、個人の関心に応じて広告が表示される。最近、株式投資や不動産投資に関する表示が増えているのは、知らず知らずのうちにサイトや動画をクリックしているためであろう。

現在、国を挙げてNISAやiDeCoに代表されるような税制の優遇措置を活用して、個人の投資が積極的に勧められている。人口の逆ピラミッド(リタイヤ世代が増えて、働き手が減る)が加速するなかで、社会保険だけでは老後の生活を抱えきれないので、個人の資産運用でカバーしてほしいというメッセージとも言える。今年からは高校の家庭科で金融教育が教育課程に導入される。

この「貯蓄」から「投資」の流れのなか、あまり語られない不条理な現実について改めて知っておく必要があると思った。現実を抜きにすれば、安易な自己責任論に陥りかねないためだ。

1、投資はなぜ必要なのか

2019年に金融庁がまとめた報告書により、老後2000万円問題が大きく取り上げられ、話題となった。公的年金だけでは、老後の貯えとして十分ではなく、事実上、自己責任での資産形成が求められる風潮が高まった。

「銀行の普通預金だけでは金利0.001%程度と、単に貯蓄をしていくだけでは、資産が目減りする可能性が大きく、インフレに負けない資産運用が大切となります」。資産運用のセミナーで、必ず前置きで話される内容である。

2022年3月18日の日経新聞では、家計の金融資産が初めて2000兆円の大台を突破して過去最高を更新した報道があったが、日本人の金融資産の構成は、現金・預金が過半数を超えており、米欧と比較すると貯蓄を非常に重視しているのがわかる。国としても滞留する個人資産を経済フロンティアとして見ている。

個人的にも貯蓄から投資という考えは妥当(というより避けようがない)と思えるが、投資は勉強すればするほど選択肢も多く、リスクとリターンを天秤にかけながらどこに投資して、全体のポートフォリオを考えるかは至難の業といえる。勤め人であれば、投資について勉強する時間は限られ、金融商品の細かい部分にまで目を行き届かせるのはかなり難しい。

2、投資と詐欺の見極め

そもそも貯蓄と投資の違いは、投資に元本割れとリスクがあるということだ。 そのため、どの金融商品に正当性があり、自分のライフデザインにあうものなのか見極めなければ、投資金を捨てるような結果にもなりかねない。

一方で新聞の社会面では毎日のように詐欺被害や金融取引違反の記事などが目に留まる。何が合法で非合法なのか、あるいは脱税にならないために税制の仕組みも勉強しなければならない。国が進めるから安心できるというものばかりでもなく、過去には林野庁が進めた「緑のオーナー制度」のような詐欺的な商品も存在した。

詐欺被害は深刻である。2021年の警視庁の調べでは、特殊詐欺の認知件数は1万4461件、被害額は278億1000万円だった。預貯金詐欺、金融商品詐欺、還付金詐欺など、詐欺の種類も増えている。一方で詐欺の被害にあった場合は、その金額は保障されず、所得控除となる雑損控除(災害、盗難は対象)も適用されない。解決策がハードルの高い損害賠償請求のみという場合は少なくない。

3、投資の失敗は自己責任か

現在の投資に不安を感じているのは、老後の生活保障という公的かつ私的な問題を自己責任で片付けられていないかという危機感である。

「Fire」や「億り人」という言葉が独り歩きをして、投資や資産運用で成功する者は取り上げられるが、それ以上に失敗する者は多く存在する。投資で失敗したのはあくまで当事者の責任で、詐欺被害にあうのも一定の責任があるというような風潮は、一個人が投資のプレイヤーになる以上高まってもおかしくない。そうした風潮は、節約志向の強い国民をさらに投資から遠ざける結果にもなるだろう。国内総生産(GDP)は伸び悩むなかで、貯金という現金の滞留を迫られる悪循環にしかなっていない。

もちろん健全な投資が広がっていくのが経済のあるべき姿と思えるが、現実には貯蓄する余裕のない世帯(貯蓄なし世帯)が増えており、投資の担い手も減ってしまっているのが現実である。

4、投資の限界

そもそも、日本経済という大きなくくりで見れば、デフレが30年続いており、アベノミクスによる金融緩和で株価は上昇して一部の業界は最高益を更新したのだろうが、全体としては悪化しかしていない。平均賃金は経済協力開発機構(OECD)加盟国のなかでも、過去30年間でわずか4%の上昇に留まり、一方で給与から天引きされる社会保険料は上がり続け、相対的貧困率や格差の基準となるジニ係数は高まるばかりだ。昨今の原油高騰に伴う物価上昇により、日本人の家計はますます苦しい状況に立たされている。

「親ガチャ」という言葉が昨年の流行語となったが、生まれた家によって学力や生涯年収に差がついてしまうのは、まぎれもない事実である。岸田内閣の「新しい資本主義」で語られる賃上げや富の再配分には期待はしたいが、現実には「金融所得課税」「自社株買いの抑制」といった負の言葉が目立ち、株価下落を誘発させ、投資家の日本離れが進んでいる。もう、いくら「AI」や「DX」といったテクノロジーが進んだとしても、外国人労働者や移民を大量に受けなければ国の経済は維持すらできない状況にある。

希望の持てない内容を列挙したが、前例のないくらい大胆な経済対策を講じないと国が沈む方向にしかならない。

5、衰退する国で生きる覚悟

今後、個人としてできることとしては、まずは国が衰退にむかっているという自覚をもつことだと感じている。衰退する国の中で経済成長に期待せず、社会保障もあれば幸運というくらいの個人で生きる覚悟がないと資本主義のなかでは生き抜けないように感じる。

幸いにもこの国には憲法25条の生存権が保障されている。もちろん最後のセーフティーネットであるが、捕捉率はまだまだ低く、健全に機能しているとも言い難い。生活保護世帯は増加して止まりようがないが、経済政策の誤りを続ける以上、ここに頼るしかない現実が待っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?