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「静けさの美しさ」に出会える場所で
ベトナム中部の都市・ホイアン。その町並みがユネスコの文化遺産にも登録されている古い港町だ。
16世紀末以降、ポルトガル、オランダ、中国、日本との貿易で栄え、さまざまな文化を取り入れてきた町は、たしかに独特で美しい。
異国情緒ある黄色の壁に、色とりどりのランタン、そこに今のベトナムらしい屋台も並ぶ。
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「古都」と呼ばれているから、静かなところを想像していたのだけれど、そこは人気の観光地。素敵な路地も、原宿の竹下通りを思わせる人通りとがやつきだった。旧正月期間だったからかもしれない。
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伝統衣装アオザイを着た女性たちが、黄色の壁やランタンの前で、必死に「映え」写真を撮っている。京都や浅草のように、アオザイをレンタルして街歩きできるサービスを提供している店があるのだ。
日本と違うのは、歩く人の間をバイクやシクロという自転車タクシーが、無遠慮に通ること。ぼんやり歩いていると、「どけどけ」というように、クラクションや大きな声(「プップー」と口で言う)をかけられる。
そんな状況だから、この古都の街歩きには意外と疲労して、休憩の時間が必要だった。
いくつもあるカフェから立ち寄ったのは、水色の壁がかわいい、古民家風の店。半外のテーブルには、通りを眺めてゆっくりお茶をしている人がいる。いい雰囲気だ。
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壁には、丸い飾り棚にアジアの茶器がセンスよく飾られている。木彫りの大きな鏡の前には、花瓶にいけられた赤と黄色の花(ベトナムのお正月カラー)。
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花瓶を囲むテーブルには、本が並べられている。
本は、僧侶で人権運動家のティク・ナット・ハンのものばかりだった。仕事で編集した本に、詩や言葉の引用がよくでてきていたことを思い出す。そういえば、ベトナムの人だった。
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通されたのは、奥の丸テーブル。テーブルには、アザミのような小さな花が飾られ、「Questions」「Bill」「Cool Water」などと書かれた手書きの紙が貼られた四角い木のブロックと鉛筆、メモ用紙が置いてある。
あまり英語が通じない店で、これでコミュニケーションをとるのだろうか。
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店員さんから、メニューと縦長の紙を渡される。英語のメニューには、お茶やコーヒーの丁寧な説明が書いてある。
縦長の紙は、オーダーシートらしい。注文したいものの数を書くようになっている。これもまた丁寧な説明に、几帳面なデザインだ。
店主が、マメでこだわりがある人なのかもしれない。
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温かいホイアンブレンドのベトナムコーヒーに、「1」と書く。
しばらくすると、書き終わった様子に気づいた店員さんが、席まで来る。壁と同じ水色のアオザイのような服を着た女性だ。
オーダーシートを渡すと、女性は黙って笑顔で受け取る。シートの私が数字が書いたところを、確認するように指さす。
目を合わせて頷くと、また柔らかな笑顔。こちらも笑顔になる。
女性がメニューを手に取りひっくり返し、裏表紙を見せる。たくさんの文章が書いてある。
手で「こちら読みましたか?」というような仕草をする。
まだ読んでいないと首をふると、「ぜひ」と差し出される。店のこだわりポイントなどが書いてあるのだろうか。
メニューを手に取り、頷くと、女性のほうも微笑んで頷く。それから手で顎をすっと掴むような仕草をして、去っていった。
その仕草で、もしかしたらと、気づく。テーブルのブロック、丁寧なオーダーシートがあるわけ。メニューの裏表紙を読んだか確認されたこと。
メニューを読むと、やはりこう書いてあった。
ベトナムでは、お茶やコーヒーをだして、友人や客人をもてなします。
私たちのティーハウスでは、この伝統的なベトナムのサービスを、静けさとともに提供しています。
運営しているのは、聴覚や話すことに障がいを持つスタッフです。
彼女たちがベストなサービスを提供できるよう、注文はオーダーシートで、コミュニケーションは手話やテーブルにある言葉のブロック、指差しでしていただければと思います。お手元に鉛筆と紙もございます。
たしかに、路上の喧騒からうってかわって、この店は静かだった。BGMもない。
声を発さず、微笑みと丁寧なメニューでコミュニケーションする店員さんに、自然とお客のほうも、静かになっているようだった。
振り向くと、水色の壁に、英語の言葉が飾ってあった。
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the beauty of silence。静けさの美しさ。
まさにこの場所を、先ほどの女性とのやりとりを表していると思った。
そして、ティク・ナット・ハンの本が置いてあったことも、腑に落ちる。
静かに耳を澄ませば、どんな人も、生き物も自然も、つながっていることに気づく。自分と他者のあいだに区別などない。
引用されていたなかでも印象的だった「私を本当の名前で呼んでください」という詩は、そんな感覚を、厳しさと美しさを併せ持つ描写で感じさせるものだった。
海外への引越し、それに伴う各種手続き、仕事から離れるかどうかの決断とその後の引き継ぎ、直前での渡航の延期、犬の病気と死、いろいろあってざわざわしっぱなしだったこの何ヶ月か。
ざわざわを抜けた先で出会ったのは、心静かに穏やかに、つながりを感じられる美しい場所だった。
そしてそれは、新しい生活を開く扉に思えた。
ホテルに戻ってから持っていたガイドブックを見ると、このカフェに併設されているクラフトショップが、「ホイアンに住む障がい者を支援する団体がオープンさせた雑貨店」と紹介されていました。
それを知らない状態で、ふらっと立ち寄って、静けさに気づく体験をできたのは、とてもラッキーだったなと思います(知っていたら、社会的なミッションのある店なんだなぁと入ってしまったと思うので)。
気に入って、このあと3日連続で行きました(笑)。
※ティク・ナット・ハンについては、このニュースレター内でその深さをしっかり説明するのがなかなか難しく、読まれたことがない方は、ぜひ元の詩を読んでみてください。「私を本当の名前で呼んでください」で、検索するとでてきます。
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こちらの記事は、毎週末、配信しているニュースレター「日曜の窓辺から」のアーカイブです。
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