元料理人の娘なのに、料理が大の苦手だという話。

【大の料理嫌い】
私の父は元料理人である。しかし、その娘である私は驚くほど不器用で料理がとても苦手だ。今でこそ主婦として、ある程度の料理は作ることができるようになったが、実家にいたほんの3年程前までは全くといっていい程、料理ができなかった。

いや、できなかった、というだけではなくやろうとすらしなかったのだ。どんなに母がキッチンで忙しそうに動き回っていても、手伝いをしようと思ったことは殆どなかった。(食後の片付けぐらいはしていた)何故かというと、それはやはり私の中で料理に対しての苦手意識があったからなんだろうと思う。

そんな私がいよいよ料理をしなければならない時がやってきた。実家を出て、一人暮らしを始めたからである。実家にいた時、働いたお金を家に入れてはいたが、4人家族の全員が働いていた為、一人の出す分は少ない金額で済んだ。しかし、一人暮らしを始めたらそうはいかない。生活にかかる全ての出費を自分一人で管理しなければならない。そうなると外食や買い食いを繰り返す訳にはいかない。私は重い腰を上げた。


【初めて作ったのは卵焼き】
一番最初に取り掛かったのは、卵焼きだった。何故、卵焼きを最初に選んだのか理由は忘れてしまったが、恐らく一番スタンダードな料理だからだろう。仕事のお昼ご飯に弁当を作っていたので、弁当の具の定番だと思ったのもある。当時、持っていたキッチンツールは一人暮らしを始めた当初に慌てて買った大きなフライパンと菜箸、フライ返し、ボウルぐらいしかなかった。当然、卵焼き用のフライパンなど持っておらず、重くて大きいフライパンで悪戦苦闘しながら必死に卵焼きを作ったのだった。因みに、一人暮らしなのに何故大きなフライパンを買ったのかというと、初めは電子レンジがなかったので、レトルト食品を湯銭する為だった。

初めて作った卵焼きは形も歪で巻き方もなっておらず、とても「卵焼き」と呼べるような代物ではなかった。母は一人で住む私を「きちんとご飯を食べているか」「安全に気を配っているか」と、とても心配していたので、最初の内は、作った料理やその日のご飯の写真を母に送るようにしていた。「白身が多いからよく混ぜて、あと空洞も多いからしっかり巻くといいよ」と的確なアドバイスを貰ったのでその通りに実践を繰り返した。すると、数をこなしていく内に段々と巻くコツを掴んで、見栄えも良くなっていった。母は結婚祝いに卵焼き用のフライパンと何種類かの食器を贈ってくれた。それまでは大きなフライパンで巻いていたので、専用フライパンの便利さには感動したものだ。

私はクックパッドを活用しているのだが、卵焼きのレシピもそこから得たものだった。もしかしたらクックパッドのレシピを使った初めての料理かもしれない。色々な味付けや、やり方があったが、私は卵3個と砂糖、マヨネーズを使う甘い卵焼きがマイレシピだ。今ではその甘いふっくらとした卵焼きの上に、旦那が大好きなケチャップを大量にかけるのが我が家流の卵焼きになっている。(塩分過多であまり体には良くないだろうけど)なので、私にとって卵焼きは思い入れのある料理のひとつだ。


【卵爆弾事件】
結婚して間もない頃、大の料理下手な私を心配した旦那が度々料理を手伝ってくれていた。とはいえ、旦那も元々料理はしない人だった。独身時代の食生活も毎日、外食と買い食いだったらしい。その証拠に旦那が住んでいたマンションの部屋のキッチンは完全に潰され、物置と化していた。もちろん冷蔵庫はあったが、その中身も冷凍食品だのいつ買ったのか分からない総菜だのが乱雑に突っ込まれており、料理をする人の冷蔵庫にはとても見えない有様だった。それでも、若い頃は料理をすることもあったらしく、「懐かしいな」と言いながらも慣れた手つきでキャベツを切ったりしていた。

そんな真冬のある日のこと。その日の夕飯はおでんの予定だった。「煮卵を作るから、ゆで卵を作っておいて」と旦那に言われた私は、ゆで卵の準備に取り掛かった。当然、ゆで卵ぐらいは作れる。一人暮らしをしていた時に何度も作っていたものだ。私は余裕の表情で歌なんか歌いながら卵を6つ程、鍋に入れ、火にかけた。当時、我が家にコンロがなく、旦那が持ってきた鍋用のIHヒーターを使っていた。その為、一般的なコンロやIHヒーターとは違い、火力の加減がイマイチよく分からなかった。その都度、火力を調整し直したり味見をしていたが、一人暮らしのマンションに備え付けらえたIHヒーターともまた違っていて、不器用な私にはなかなか上手く扱うことができなかった。独身の時に何度も作ったゆで卵も火加減が上手く掴めず戸惑ったが、とりあえず鍋から出して冷ますことにした。その内、旦那が帰って来た。

「ゆで卵作ったんだけど、上手くいかないよ」
「なんで?!簡単じゃん?!」
「だって、このIHヒーターじゃ火加減がよく分からないもん」
「じゃあ、俺が何とかする」

旦那は腕まくりをして、不完全な状態のゆで卵を電子レンジ対応の容器へ入れた。卵を電子レンジなんかで温めたら大変なことになるのではと訴えたが、もう殆ど固まってるだろうから大丈夫だよ、と言う。大丈夫というその根拠はよく分からないが、とりあえず旦那に任せることにした。電子レンジの中で何度も回転させられた卵達は特に音を立てる様子もなく、静かに温められていった。旦那はその都度、卵を取り出して中身を割って確認していた。まだ半熟だと判断すると、再び電子レンジへ、その繰り返しだった。その都度、卵を割っていちいち中身を確認するので、6つあった卵達がその内、半分程に減ってしまった。

「もう卵3つしかないよ……」
「仕方ないじゃん。中身割らないと分かんないだから」

旦那はそう言いながら、シンクの上で3つ目の卵を割った。と、その時だった。

ボンッという爆発音がした。酷く驚いて旦那の方を見る。振り返った旦那は無残にも砕け散った卵の黄身と白身を全身に浴びながら困惑した表情でこちらを見ていた。よく見るとシンクや辺りの壁にも卵の残骸が飛び散っている。一体何が起こったのか把握できず、暫くの間、お互い無言で見つめ合っていた。が、先に事態を把握した旦那が途端に噴き出し、大爆笑。

「卵爆発した!」
「まさかの卵爆弾じゃん!大丈夫?!」
「平気平気!俺が全身で卵を受け止めたから被害少なくて済んだな」

旦那はそう言いながらドヤ顔を決め込んだのだった。私は内心、だから電子レンジ使うなと言ったのに、と思ったがそれは口に出さないでおいた。夕飯のおでんに入るはずだった卵は6個だったが、半分に減ってしまい、何とも寂しいおでんになったのだった。それ以来、この卵爆弾事件は私の中で家族や友人などに語れる面白いネタのひとつとなったのだった。


【BGMで大熱唱】
最初にも書いたが、私は料理が大の苦手だ。すっかり主婦となった今でも、できればやりたくないと思っている。なので、どうしてもやらねばならない時はテンションを上げるためにBGMを流している。ラインナップはその時の気分やマイブームによって異なるが、大抵はノリが良いアップテンポの曲が選ばれる。

邦楽ではラルクや嵐、サカナクションなど。洋楽ではビートルズ、バックストリートボーイズ、マイケルジャクソン、アースウインド&ファイヤーなどひと昔前のものだ。あと、歌が入っていないインストバンドも好きなので、それを聞くこともある。

あと、これは私だけではないと思うのだが、音楽を流していると自然に口ずさんでしまうのが私の癖だ。特に、好きな曲と覚えたての曲はその頻度が高い。ただひとつだけ厄介なのは私の場合、口ずさむのではなく熱唱することである。元々一人でカラオケに行くぐらい歌うことが好きだったので(歌手を目指していたとかそういうのではなくて単純なストレス発散方法)音楽が流れると無意識に歌ってしまうのだ。当然、誰かが側にいる時は歌わない。恥ずかしいからだ。一人になった途端に歌い出すのだ。

料理をしている時間帯はだいたい一人。なので、音楽を流すと途端に大熱唱が始まる。そして、一番の厄介事はキッチンにある換気扇だ。古いタイプの家なので、換気扇がいまだにプロペラ式。なので、そこからモロに外気が入ってくる。周りは家が密集しているので、キッチンで料理をしていると色々な音や声がよく聞こえてくる。裏に住んでいる家族の子供の泣き声も聞こえてくる。それなら当然、我が家の中で発する音もそこから漏れるだろう。

と、いうことはどういうことになるか。考えてみて欲しい。キッチンで熱唱するということはその声がモロに外に漏れるということである。口ずさむぐらいならまだいい。しかし大熱唱である。

ヒトカラではなくもはやソロコンサート状態である。

そこで思い出したことがある。漫画ちびまる子ちゃんの中で主人公のまる子が父であるヒロシと共に風呂の中で大熱唱する話があるのだ。まる子は山口百恵のファンなのだが、父との風呂の中では何故か渋い演歌や歌謡曲ばかりを歌っている。

するとある日、家のすぐ近所に住むおばちゃんが「いつも楽しそうに歌ってるわねぇ。次は何を歌ってくれるのかしら」と声を掛けてくるのである。当然、このおばちゃんに悪気はない。父と娘の楽しそうな歌声を微笑ましく思ってくれているのだ。しかし、まる子は「おばちゃんに聞かれてた!」とショックを受ける。どうせ歌うなら自分が好きな山口百恵や、流行りのアイドルの歌にすれば良かったと嘆くオチがついて終わるのだ。

私は今のところ、大熱唱していることを指摘されたことはない。家のすぐ近所に知り合いがいるわけではないし。しかし、まる子と同じように間違いなく私の大熱唱は近所に響き渡っているはずである。それを思うととても恥ずかしい気持ちになるが、昔からの癖なので止めることは難しい。

だから私は今日もテンションを上げて大熱唱するのである。

苦手な料理を作るために。

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