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むき出しの生死にざわりとする【バングラデシュ渡航記1】

4,5年前にヨーロッパで聴いていた曲を、南アジアの埃まみれの混沌の中で聴いていると、時空が歪んでしまったような気がする。

酒や焦りや恋の中に一人沈んでいながら、目に見えるものは自分と無関係の廃墟や子どもや皮膚病の犬。加護の中の孤独、孤独の中の混沌、自由の中の責任、動の中の静。

バングラデシュの急速な発展途上にある経済における唯一の成長源は織物と衣服産業である。2002年までに、繊維製品、衣料品、 既製服 (RMG)の輸出は、バングラデシュの商品輸出全体の77%を占め(・・中略・・)2016年の時点で、バングラデシュは衣料品生産において中国に次いで世界2位を占めた。Wikipediaーバングラデシュの繊維産業

木の幹ほどに束ねた葉を抱えた老人の腕の中から、リキシャが揺れるたびに1枚、2枚と葉が後方に流されていく。乗り合いバスの中のおめかしをした少女の細い黒髪が窓の外をたゆたう。

みんな、どこかに向かっている。
そんな人々の休日をトヨタ車が追い抜いていく。

道端ではバナナの木も、ヤシの木も、みんな埃をかぶっている。だから緑は多いはずなのに、どことなくうつむいて見える。スペインの、少々お酒を飲みすぎたような陽気な島で見たブーゲンビリアの花も、ここでは埃の下で抗えない。

100軒分の台所の跡を全部まとめたような臭いの先を見ると、100軒分のごみ箱を何年分もぶちまけたようなゴミが敷き詰められた原山で、女性や子どもが立ちすくしている。

道端に布団の山のようになって黒光りしている毛皮からは血が滴っている。市場では魚が最後の力を振り絞って銀の大皿から飛び出し、角のないヤギの頭が3つセットで軒先にぶら下がっている。卵には泥と羽が付いている。

繁華街を歩けば、物乞いの骨ばった女性の手が伸びてくる。脚があればどこまでもついてくる。脚がない人は、手にサンダルをはめズルズルと身体を支えながら這っている。

誰も、どこにも向かっていない。
見慣れない光景に心臓がざらりとするのは、生と死が隣り合って剥き出しだからかもしれない。

埃っぽい国の中で唯一華やいでいるものが洗濯物だ。家の前や、屋根の上や、ベランダで一本の紐に並ぶ色とりどりの布。押し流され蓄積していく日常の中で、体積した埃と無頓着に、服だけが「今日」を何度もやり直すことができるみたいだ。その鮮やかさが、この国の誇りたる所以なのかもしれない。

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*堀辰雄「風立ちぬ」掲載の「美しい村」を読んだテンションで書きました。
※村上春樹「遠い太鼓」を読んだテンションで書きました。


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