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【タイタニック号の真実】連邦準備制度理事会(FRB)反対派をモルガンが沈めた⁉

結論から申し上げます

タイタニック号事件はロスチャイルドの代理人モルガンによって仕組まれた

1912年4月14日に犠牲者1513人と言われている大きな事件が起きました。

それは世界一豪華客船[タイタニック号]の沈没事故です。

沈没したタイタニック号にはある三人が乗っていました。

ベンジャミン・グッケンハイム(鉱山経営で莫大な富を築いた)

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イジドー・ストラウス(メイシーズ百貨店のオーナーで政治家)

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ジョン・ジェイコブ・アスター4世(資産5兆円を誇る当時のアメリカ最大の大富豪)

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彼らの共通点は大富豪であり連邦準備制度理事会(FRB)の設置、第一次世界大戦に強く反対していて、タイタニック号の沈没と共に亡くなっています。

この不可解な点とタイタニック号の真実を解き明かしていきましょう。

第5章

14日午前、別船から氷山警告があったが全て無視

キュナード・ライン社のカルパチア号船長を務めていたアーサー・ロストロン。

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タイタニック号へ向けて6通もの警告を出していた。

警告を受けていたタイタニック号の船長であるエドワード・ジョン・スミスは自分で判断しない。

ジョセフ・ブルース・イズメイ(ホワイトスター・ライン社社長)に判断を求めました。

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生存者706名のうちの一人ジョセフ・ブルース・イズメイはその警告を開示しないで隠した。

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見張りの証言、双眼鏡を隠さてれて氷山発見が遅れた

航海直前、タイタニック号内部では人事異動が行われていました。

見張り役であった二等航海士は任務を外される際に「双眼鏡を引き出しにしまった」と後の裁判で証言しています。

その後を引き継いだのがフレデリック・フリート。

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彼は「双眼鏡の場所は聞いていなかった」と証言し、引き継ぎが出来ていなかったことを主張しました。

「タイタニック号は有り得ない速度で運行していた」とも証言しています。

その日の見張りは双眼鏡を使えなかった為、氷山の発見が遅れたのが事実です。

事故後は脱出しホワイト・スター・ライン社で勤務していましたが、タイタニック号事故の生き残りである事を会社から嫌われ退社。

余生を過ごすかと思われた77歳の時に自殺。

氷山に気付いた直後、ブリッジに警告したが無視

フレデリック・フリートと交代で見張りをしていた男がレジナルド・リーです。

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衝突した海上は霧が発生しやすい海域で知られた場所でした。

この夜も海面には霧が発生し、月明かりもない静まり返った海において肉眼で氷山を見つけることは困難。

「氷山の存在に気付いた直後、ブリッジに警告を送ったが無視された」と証言し、自分には責任が無いという事をアピールしました。

その後、リーは行方不明に…

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誤解を恐れずに申しますが私達国民は目先の欲望を我慢できず、ローンなどの負債を持ちます。 それこそが支配層の仕組んだ罠なのです。 高額通信費、高額保険、ローンと大変苦しくて浪費をする余裕すらありません。 それは私達国民は資本主義の底辺であり奴隷扱いされている。 おそらく月10日は支配層のために労働しています。 私達国民は給料をもらったら支払いと浪費で全て使う。 支配層はまずは株式や債権を買い余った、もしくは溢れたお金で浪費します。 支配層の歴史と真実を知り彼らと同じ行動をしましょう。

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