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記憶の旅のはて 著:ユキヒロ

ガタンゴトン。ガタンゴトン。

私の名前はわかりません。
気付けばこの列車に乗っていました。
どうやらここは宇宙のどこかのようです。
窓の外には暗闇が広がり、遠くを見つめると無数の星たちが煌めいています。
「ふぅー」
窓の冊子に肘をついて、手のひらに顔を乗せながら深いため息をつきました。
私にはどうやら記憶がないようです。
それにしては心が落ちついています。
しばらくの間、ぼーっと窓の外を眺めることにしました。

ギー。ガッタン。カッタンコットン。
プシュー。
「ご乗車の皆様。星に到着しました」

列車が停車すると、案内放送が響き渡りました。
どうやらどこかの星に到着したみたいです。
私には不思議と恐怖感は無く、列車を降りてみることにしました。
今は好奇心の方が勝っているようです。

列車の外に出ると、そこには小学生くらいの少女が立っていました。周りには何もありません。
「お姉ちゃんには私だよ」
その少女はそう言うと、小さな手で私の手を握り、一生懸命に引っ張るのです。
「こっちだよ」
私は手を引かれるままにその少女の後を着いて行きました。

行き着いた先は学校のような建物でした。
私は少女に問いかけます。
「ここはどこ?」
少女は私の顔を見ようともせずに答えました。
「ここは知ってる場所だよ」
私には何のことだかさっぱりわかりません。
だって、私には記憶がないのだから。

少女はまた私の手を引っ張り、その建物の中へと歩いて行きました。
教室のようです。
その教室には2匹のうさぎが居ました。
大きくて人間の子供ようなうさぎたちです。
机の上には画用紙が置かれていて、一緒にお絵描きをして遊んでいるようでした。
私がその様子を眺めていると、私の手から少女の手の感触が無くなるのがわかりました。
少女は私から手を離すと、うさぎたちのもとへと駆け寄っていきました。

「私もいーれてっ」
明るい元気な声です。

「嫌だよ」
とても低く冷たい声でした。

うさぎたちは画用紙を手で隠すようにして、少女にそう告げました。

ズキっ。

その瞬間。
私は何故か心に強い痛みを感じました。
少女の悲しそうな顔を見ていると居ても立っても居られなくなり、私はそっと近寄り少女を強く抱きしめました。
その間もずっと、私の心はズキズキと痛むのです。


ガタンゴトン。ガタンゴトン。

私の名前はわかりません。
私は気づいたらまた列車に乗っていました。
私にはひとつだけ記憶があります。
それは悲しい少女の記憶です。
とても悲しい記憶です。
窓に映る煌めきがジンワリとぼやけていくのがわかりました。
窓の外に広がる暗闇がまるで私の虚無感を表しているようでした。

この列車はいったいどこへ向かっているのでしょうか。
私は胸の辺りをそっと撫でるようにして、そんなことを考えていました。

ギー。ガッタン。カッタンコットン。
プシュー。
「ご乗車の皆様。星に到着しました」

列車が停車すると案内放送が響き渡りました。
またどこかの星に到着したようです。
私は少し躊躇いながらも外に出てみることにしました。

列車の外に出ると、そこには高校生くらいの少女が立っていました。
周りには沢山の人が行き交っています。
どこか駅のホームのような雰囲気を感じます。
「お姉ちゃんには私だよ」
目の前に立っていたその少女は私の手を力強く握りしめて引っ張りました。
私はその少女に手を引かれるまま後ろを着いていきました。
「どこに行くの?」
私が質問してもその少女はたった一言こう答えるだけでした。
「知ってる場所」

行き着いた先はファミリーレストランのような建物でした。
少女は何も言わないまま私の手を引っ張り、その建物の中へと入っていきました。
建物の中には机が2つだけ並べられていました。
1つの机にはキツネが3匹座っていました。
大きくて人間の子供のようなキツネたちです。
キツネたちは何やら話をしているようでした。

「てかさ、誰かもう言ってやれよ」
「あんたが言ってよ」
「え?あんたが言いなよ」

その会話を聞いていた私は、何やら嫌な予感がしたのです。
無意識に私は少女の手を強く握り返していました。
離さないようにです。
しかし、少女は私の手を振り払うのでした。
そして、キツネさんたちのもとへと近寄っていきました。

「おまたせー」
とても明るく元気な声です。

「てかさ、うぜーんだよ。私たち別に友達じゃないから」
尖ったその声は建物中に響き渡りました。

ズキっ。

その瞬間。
私はまた心に大きな痛みを感じました。
あの時と同じです。
胸を押さえながら私は少女の方へと近寄って行きました。
そしてあの時と同じように少女を強く抱きしめました。
少女の身体は僅かに震えています。
全身を怖ばせるようにして力いっぱい身体を硬くさせて震えているのです。
その震えが私に伝わるかのように、私の心はズキズキと痛むのです。
少女を強く抱きしめれば抱きしめるほど、ズキズキと痛むのです。


ガタンゴトン。ガタンゴトン。

私の名前はわかりません。
私は気づいたらまた列車に乗っていました。
私にはふたつだけ記憶があります。
それはどちらも悲しい少女の記憶です。
とても悲しい記憶です。
私にはもう窓の外の煌めきを見ることが出来ません。
その暗闇の中に溶けてしまいたいほど、悲しい気持ちは溢れてくるのです。

この列車の行き先なんてもうどうだっていい。
私の記憶なんてもうどうだっていい。
せめて今は、少しの間だけでもあの少女たちを抱きしめてあげたい。
せめて身体の震えがなくなるまで。

ギー。ガッタン。カッタンコットン。
プシュー。
「ご乗車の皆様。最後の星に到着しました」

私はいつの間にか眠っていたようです。
列車が停車した時に流れる案内放送で目を覚ましました。
私は少しの間ぼーと窓の外を眺めていました。自分の思考が眠りから覚めて、再び活動し始めるのを待っているのです。
すると活動を再開した思考が気付きました。
今、最後の星と聴こえた気がします。

眠る前はもうどうでもいいとさえ思っていた列車の行き先ですが、最後と言われてしまうと私の好奇心がそれを無視できるはずもありませんでした。

私は列車の外に出てみることにしました。
2人の少女の記憶と共に。

列車の外に出ると、そこには私が立っていました。
顔、背丈、髪の長さ、着ている服さえも全てが私と同じ私が立っていました。
ひとつだけ違うところがあります。
それは表情です。
今の私はたぶん沈んだ表情をしています。
それに比べて目の前の私は満面の笑みを浮かべているのです。
私が驚きの表情を隠せないでいると、その私は満面の笑みを浮かべたままこう言ったのです。
「あなたには私だよ」

そういうと、目の前の私は私の手を力強く握り、歩きはじめました。
今の私にはその手を振り払う気力がありません。
私はただ引かれるままに私の後を着いていくのでした。

行き着いた先はビルのような建物でした。
私はそのビルを見た瞬間、酷い頭痛に襲われました。
頭の中をぐちゃぐちゃにされて、まるでそこに何か新しいものが生まれようとしているようでした。
それでも、もう1人の私は満面の笑みを浮かべたまま私の手を引っ張り、ビルの中へと歩いていくのです。

ビルの一室にたどり着きました。
そこはとても広いオープンスペースをそのまま活用したオフィスでした。
その階の半分ほどを一室としたこの部屋には、数多くの机と椅子が並べられています。
机の上にはノートパソコンやコピー機といった電子機器が置かれていました。

私がその光景をまじまじと見ていると、どこからともなく音楽が流れてきました。
何やら聴き覚えのある音楽です。

音楽が流れていたのは数十秒ほどでした。

静寂。
数秒間だけ部屋は静寂に包まれました。
するとどこからともなく、ぞろぞろと沢山の動物たちがやってきてオフィスの椅子に座りはじめました。
ゾウさん。タヌキさん。キリンさん...。
沢山の動物たちは椅子に座ると、目の前にある電子機器を触りはじめました。

私はこの部屋を知っている。

冷や汗が止まりませんでした。
私はこの部屋に到着してからずっと、無意識のうちにもう1人の私の手を力強く握り返していました。
もう前みたいなことがないように。

カタカタカタカタカタカタカタカタ。
部屋中にキーボードをたたく音が響き渡ります。

すると、奥に座っていたゾウさんが急に立ち上がり、こちらを向いてこう言いました。
「なんで君は出来ないんだ」

ズキっ。

私はその言葉も知っています。

ゾウさんのその言葉が合図だったかのように、周りに座っていた動物たちも一斉に立ち上がりました。

「なんで君は出来ないんだ」
「なんで君は出来ないんだ」
「なんで君は出来ないんだ」

その言葉を聞くたびに私の心はズキズキと痛み、悲鳴をあげるのです。
それでも私はもう1人の私を守ることに必死でした。
私は気付いてしまったのです。
もう1人の私が見せている満面の笑みは偽物であることを。
引きつった笑顔。無理に作られた笑顔。
もう1人の私はもがいていたのです。

私は私を強く抱きしめて、耳元でずっと同じ言葉をかけ続けました。
「大丈夫。大丈夫」

どれほどの時間が経ったかはわかりません。
私の記憶にある最後の言葉は、「ありがとう」でした。
私の耳元で確かにそう聞こえたのです。


私は私の名前がわかります。
目が覚めたとき、私は病院のベッドの上にいました。
目覚めてから暫くの間、天井を見つめていました。
ぼーと天井を見つめていました。
その間、お医者さんや看護師さん、知り合いらしき人達がやってきて、何やら話しかけられていたような気がします。

私は全てを思い出しました。
夢の中で見た少女たちは全て私です。
私の過去に住んでいる悲しい私です。

ここからは私自身の話になります。

私は1週間ほど前、生きることをやめました。
小さな頃から受けてきた心の傷が広がり、ついに受けきれなくなってしまったのです。
人が怖く、そして憎くなりました。
私は私が生きている意味を見失なったのです。

私は高い橋からこの身を投げました。
そしてこの世にさよならを告げたのです。

お医者さんの話では、全身を強く打ちつけた衝撃で体の至る所に骨折が見られるものの、それ以外には特に問題はないとのことでした。

看護師さんの話では、溺死しなかったのは直ぐに助けられたからとのことでした。

知人の話では、私をここに運び込んだ人が今来ているとのことです。

私は知人に、その人をここへ連れて来てほしいとお願いしました。

数分後、病室の扉が開かれて1人の青年が入ってきました。
青年は何も言わずにベッドの隣に置かれた椅子に座りました。
数秒ほどの沈黙の後、私はその青年に問いかけたのです。

「何故、私を助けたの?」

青年はボソっとした声で一言こう呟きました。

「理由はわかりません」

今度は数分ほど沈黙が続いた後に、青年が話しはじめました。

「あの日。あなたを助けた日。僕もあの橋から飛び降りるつもりでした」
「えっ?」
無意識のうちに私は声を出していました。
「しかし、僕が橋のふもとに到着したとき、あなたが橋の上から落ちてきたんです」
青年は少しだけ顔を上げて話し続けました。
「僕はもう生きていたくなかった。他人なんて僕に酷いことをする存在でしかなかった。けど、落ちてくるあなたを見た瞬間、僕の体は勝手に動き出していました」

あぁ、私は今ようやく夢の持つ意味を理解しました。

夢の中で私はあの少女たちをかばうことができた。
夢の中で私はあの少女たちに優しさを与えることができた。
私はひどく悲しい日々を過ごしながらも、心に傷を受けながらも、人に優しくすることができることを知ったのです。

私の目には自然と涙が溢れていました。
その涙たちは我慢することなく頬をつたってこぼれ落ちていきました。

目の前の青年はそんな私を見て、あたふたした表情を浮かべています。
その姿からは優しさが溢れていました。

私は生きることにします。
そして、悲しみを知っている私はこれからもっと人に優しくしていこうと思います。

まずは目の前にいるこの青年に、私の記憶の旅について話をしてみることにします。

あなたの優しさを受け取った人が目の前にいることを、伝えてみようと思います。


おしまい

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