昔と今ではお客さまがお持ちの情報の量と精度が違う
以前は、呉服販売において高級品を売るのでも人付き合いの駆け引きのなかで、なあなあな感じで販売出来たところもありますが、今は、そういう風に買い方を楽しむのが好きな一部のご高齢の方を除くと、少なくなって来た感じがします。
ちょっと前までは、展示会でお客さまが着物を羽織ってみて「あら、いいわね、これ」と言っただけで、お店は勝手に着物を仕立ててしまい、次の展示会の時に「あの着物、仕立てておいたよ」なんて言って、お客さまもなんとなくそれを受け入れて買い物してしまうなんて事が良くありました。今もそういう事をしているお店があるかも知れません。
私は独立したばかりの頃、初めてそのような現場を目撃した時に「なんという業界なんだ!」と心底びっくりしてしまいましたが、そのお店の店主さんはそんなの当たり前だ、そういう販売が出来るのが呉服販売のプロ、という態度でした。確かに、そういう芸当は誰にでも出来るわけではありません。お客さまと、その店主さんの信頼関係があっての事でしょう。
着物を結果として押し売りされたお客さまの殆どは、冗談じゃない!そんなもの買うわけないでしょ!と・・・激怒する事もなく「全くもお〜・・しょうがないわねぇ・・・」という感じで50〜80万円以上もするような着物を受け取っておられましたが、その現場を観ている娘さんなんかからすれば「意味わかんない」わけで「お母さん、いつもこんな風に着物を買ってんの?そんなの信じらんないし、この呉服屋さんも信じらんない。私は絶対にこんなお店で買わない!呉服屋さんってヤバい!」となってしまうわけです。(実際そうおっしゃる娘さんは沢山おりました)
しかし勝手に着物を仕立てられて支払いをしろ、と言われて「はぁ?ふっざけんな!怒×100」となる人も以前からいるわけで、今はそういう人が増えています。当たり前だと思いますが・・・
「人間関係の、見栄や力関係でお客さんをコントロールして売る」「押して押して押し倒したら勝ち!あとはどうとでもなる!」という販売方法もありますね。
何にしても、上記のような販売方法は、もうお客さまを減らすだけのような気がします。少なくとも長期的にはそうだと思います。
上記のような販売をしていた人たちが、そういう方法が通用しなくなると「最近のお客さんは、粋な買い物をしなくなったね。心の余裕が無いね。金の事ばかり言ってさ。細かい事ばかり言ってさ」なんてお客さまを貶すのです・・・まあ、これは伝統系では良くありますので、呉服に限らずですが。
でも、そんな事を言っているお店のご主人は、仕入れの時に、価格を物凄く値切るはずですし、生地にちょっとした傷があればそれをネタに値切り倒すはずですし、かつ、支払いは渋い・・・無粋な人だったりするわけです。笑
「格好つけてたら着物なんて売れねえんだよ!」という声が聞こえてきます。それは分かります。呉服独自の販売方法があるのも分かります。私は作るだけでなく小売もしているので、良く分かります。が、事実として、それは未来を潰すやり方だよな、と個人的には思っています。
もう少し具体的で細かい例ですが、こんな事もあります。
展示会では、お店とのお付き合いがあるので、呼ばれたから見に来たよ、というお客さまもいらっしゃいますが、新規でご来店されるお客さまの場合は事前にネットなどで充分調べた上で「特定の作家狙い撃ち」や「特定商品狙い撃ち」でのご来店も多いのです。それでウチのを狙い撃ちで見にいらっしゃった場合。(別にウチのものでなくても、特定の作家の特定の作品狙い撃ちの場合)
その際に、以下のような状況になるとマズいです。
「仁平さんの作品も出ているんですよね?“染め分帯”(そめわけおび)を見たいのですけど、ありますか?」
(参考画像・麻の夏名古屋帯「墨染の染め分帯」)
「は?にへいのですか?あ、えーと、あったかなあ、ああ、これかな、これです」(何でこんなもんが良いんだ?と興味無さそうに)
「他の色、構図のものなど、ありますか?」
「あー、これだけだったかな、おーい、〇〇、にへいの染め分ってこれの他にあったっけ?ない?ああ、これだけです」
「この染め分の帯って、シンプルだけどいろいろ使い勝手が良くて、それで現物を見に来たんです。FacebookやInstagramに載っていた、あの取り合わせがすごく良くて・・・私のこの着物やこの着物に良いかなーって思って見に来たんです・・・(とスマホの画像を観せながら)」
「はー、そんなのあったんですか?観てないです。(お客さまが、スマホでスクショ画像を見せる)あー、こういう系が欲しいんですか?だったら、こっちの帯がいいですよ。他にも似たようなものありますよ。こちらの先生のは、△△工芸会の正会員の先生のでね、素晴らしいですよ。こちらのは□□会の先生のですから間違いないです。え?にへいのが良いんですか?んー、実際、この染め分って仕事、誰でも出来るもんで、たいした仕事じゃないし、他にもっと良いものありますよ?」
これでは
「はあ・・・そうですか・・・(この人、取り扱い作家の事を全然知らないしリスペクトも無いんだ・・・ここでは買いたくないな・・・)」
と、なってしまいます。
・・・こんな感じの事もあります。
「仁平さんの更紗の着物が欲しいのですけど、そちらのサイトに出ていますよね。ああいうタイプのもの、ありますか?」
(参考画像・糸目友禅/ろうけつ「草花更紗」の着物)
「あー、にへいさんの更紗、今は無いですねえ。更紗だけでなく、にへいの作品は、今、一点も無いかな。更紗の着物が欲しいんですか?更紗ならこっちの方がいいですよ。これはね、代々やっている更紗専門の作家さんのものでね、価格はこれぐらいで・・・」
「そうですか・・・(いや、だからさ、色々調べて、さらに他のお店で、にへいさんの現物も沢山見た上で、にへいさんの更紗が良いんであって、有名だろうが偉い先生のであろうが、この更紗じゃないんだけどなあ・・・この人、更紗柄ならなんでも同じと思っているんだろうなあ・・・こんな美意識の無い人から買いたくないな・・・)」
となります。
別にこれはウチに限らず、
ある作家さんの作品が気になったので自分でいろいろ調べ、さらにどこかで現物を観て、強く興味を惹かれたお客さまが、その作者の作品をまとめて観られるという展示会にいらしているのに、その作家の作品は実際には無いわ、自分が好きなその作家と作品は販売員の人に貶されるわ、興味の無い他のものを押し付けられそうになるわで、お客さまとしては散々な目にあってしまうわけです。
それでは客さまはそのお店に不信感を持ちます。当たり前です。
それって
【お客さまが指名買いしに来ているのに、それをわざわざぶっ潰すプレイ】
なんですかね?笑
その他、意味不明のプレイではこれも
【お客さまが、仁平に別注品を注文しているのに、何故かお店は仁平に発注をかけず、放置するプレイ】
これは、どこかの展示会で、そのお客さまに偶然お会いした時などにクレームを直接いただきます。
「あー!にへいさんがいた!久しぶり!ねえ、にへいさん、私、〇〇さんのお店で仁平さんの更紗の帯を注文したんだけど、もう2年も待っているのにまだ出来ないの?それとも、私のような一般人には作ってくれないの?」
と怒られます。
「え〜!!私、そんなお話、全く伺っていませんよ!もう一度、〇〇さんへ確認していただけますか?注文があれば作りますって!」
「え〜!?そうなの?だったら今、直接仁平さんにお願いしちゃって良い?」
「いえ、一応、〇〇さんでご注文されたなら、〇〇さんのところでもう一度ご確認下さい」
とかなんとかあって、結局注文にはならない事があります。
ワケ分かりません。
(しかし、その注文したお客さまのお支払い事情などが悪く、ブラックリストに載っていてお店は注文を受け付けずスルーしている、という場合もあります。その場合は仕方がありません)
その他、良くあるのが、こんな感じのやりとり
「25万ぐらいまでの、渋めの色の紬の反物が欲しいんだけど」
と、お客さまが仰っているのに、一応はそういう紬は持って来るも、地機の本結城の150万のものも持って来て、そちらの方をシツコク薦めたりする・・・
お客さまは
「いや・・・私は25万以下の、渋めの色の紬が欲しいんですけど・・・」
「いや、しかしね、これはとても良いお品で、今はなかなかこういうものは無いのですよ、是非お試しになってね・・・せっかくだから買っちゃいましょう!」
なんてやってしまう。
これでは「お客さまのベストなお買い物のサポート」ではなく「販売員さんのノルマ達成のためにお客さまがいる」ようなものですよね。
それこそ、足袋を買いに行っただけなのに、数百万の着物をシツコク薦められてウンザリした、なんて話は良く聞きます。
私の展示会の際に、そういう接客をされて不快だったというクレームが作り手のウチに来る事があります。本当に不快だった、絶対にお店の責任者に伝えて欲しい、と念を押される事があるので、流石に他所の販売方法に口を出すのは憚れるので言いにくいのですが、渋々そういう販売をするお店の社長さんにそれを伝えると、「そうしないと売れない。カッコつけていたら売れない」と改める事もない・・ですね。そういうお店は・・・(そういうお店と現在お取引はありません)
確かに、そういう販売方法だからこそ購入するお客さまがいらっしゃるのも事実です。そういう方々は、元々高額なお買い物がしたいけども、その言い訳が欲しいわけで「お店の人に強く薦められたから、買っちゃった♡」と言い訳したいわけです。
しかし、現代ではそういうお客さまは多くはありません。不快に思う人の方が全然多いのです。それだけでなく、未来のお客さまも潰してしまうのです。
いろいろなケースを書きましたが、上記のような事をしているとお客さまから「着物を着る機会」としてそのお店のイベントには参加するし、展示会では着物を見には行くけども、それはあくまで情報収集と暇つぶしのためであって買い物はそこではしない、という使われ方をされてしまう傾向があるようです。
これが、
コスメの世界だと、お客さまがいらしたら、もう最初から
「本日は、もうお決まりのものがございますか?」
(もう、既に調べたり試したりした上で、買うものが決まっている人)
「私どもが何かお手伝いする事がありますか?」
(買いたいものはあるけども、決まってはいないので、店員さんに相談してベストなものに決めたい人)
というようなお声がけをするお店が多いらしいですね。
とても良いやり方だと思います。
もちろん、商材によって販売方法は変わりますから、全てに通用するものではありませんが、しかし少なくとも「お客さまのためになる行動」をキチンとしています。余計な事はしないが、足りない事は無い。聞けばキチンと教えてくれる。
今のお客さまは、ネットで調べ、実際にお店に行って調べ、LINEなどで知り合いからの情報を得て、それでお買い物をされるわけです。
お客さまは「ベストな買い物がしたい」わけで、そのための情報収集や行動も、お買い物の楽しみに入っている時代です。
そこで「プロならではの情報」を提供出来ないと、今はお客さまに負けてしまうのです。
昔のようなのんびりした時代とは違い、現代はお客さまがお持ちの情報の量と精度が違います。昔は業者の情報量と、一般のお客さまの情報量の格差が大きかったので大雑把な売り方でも通用しましたが、現代は、その格差が縮んだ、あるいはお客さまの方が「生きた情報」をお持ちだったりする時代なのです。
また、今はYouTubeで「自腹で買って実際に使ってみた」系の、記事広告ではない、一般ユーザの感想が沢山出ている時代です。そういうレポは実に適切で詳細まで具体的に、かつ等身大に説明されたものです。販売員さんの、メーカーが用意した販売用の美言ではないので、具体性が段違いです。
それを超えた、販売する人自身の体感を交えたプロだからこその情報をお客さまに提供する時代になっていると思います。大変です!
もちろん、昔から一流プロはそうしていると思いますが、現代ではその情報の量と精度が今まで通りでは通用しなくなったと言えると思います。
それと、伝統系に多いですが「上から教え諭す」ように売るのはダメです。これは本当に不愉快です。
そして、良さを伝えると共に、欠点も同時に伝えなければなりません。
長所も、短所も「情報」だからです。また実用性以上の価格のものは欠点も魅力のひとつとも言えるのです。それを文化として伝えられる人でなければなりません。
欠点も伝えなければ、自腹製品レポ系ユーチューバーに負けます。
また、それを購入した事によって得られる未来の幸福についても語れなければなりません。(これを買うと、こんなに具体的な発展性があります、楽しくなりますという具合の未来像を販売側が語り、作れるか?)
現代は「お客さまのお買い物のサポート」という視点が重要だと思います。
高いものを買わせるのが正義、ではなく「お客さまが必要としているものを適切に提供する」わけです。
そうでなければ今、そして未来につながらないと思います。
そうしないとYouTuberに負けてしまいます・・・
今までのままではお客さまは、販売員よりも、雑誌の特集記事よりも、自腹製品レポ系YouTuberを信用します。
プロであるなら、上記は全て当たり前な事、と言えるのですが、しかし当たり前な事を実行するのはプロであっても実に困難です。
呉服の世界も、もうそういう時代に入りつつあると個人的には思っております。
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