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なぜナレッジマネジメントはうまくいかないのか:組織に眠れる"もうひとつの暗黙知"の重要性

近ごろは従業員のノウハウを組織全体で共有する「ナレッジマネジメント」の考えが一般的になっていますが、単にデータベースやWikiを設置するだけで形骸化してしまったり、高度な業務における言葉にならない「暗黙知」をうまく形式知に転換できずにつまづいてしまったり、一部の社員にばかり負担がかかったりと、あまり機能していないケースも多いようです。

ナレッジマネジメントは知識創造の源泉であり、「学び続ける組織」をつくるために不可欠なもの。そもそも、「暗黙知」が何を指すのか、曖昧なまま仕組みやモデルをなぞるだけではうまくいきません。そこで今回は、MIMIGURIの組織文化の根拠ともなっている「知を開いて、巡らせ、結び合わせる。」というバリューと、その参照元である「新・SECIモデル」を紐解きながら、ナレッジマネジメントを機能させるために重要な「暗黙知」について考えてみたいと思います。


「知を開いて、巡らせ、結び合わせる。」とは何か

MIMIGURIのミッションは「創造性の土壌を耕す(CULTIVATE the CREATIVITY)」であり、組織が創造性を発揮している状態を表すモデル図として“Creative Cultivation Model(CCM)”を提唱しています。

このモデルを機能させる前提となっているのが、MIMIGURIのバリューである「知を開いて、巡らせ、結び合わせる。」です。

デザインにせよ、ファシリテーションにせよ、コンサルティングにせよ、日々の実践の中で「良い実践ができた」もしくは「できなかった」と感じたら、それを周囲の仲間に「開く」ことで、組織の知の循環を回していくことを目指しています。

一般的なバリューでは、企業における行動指針や行動基準、価値観を掲げることが多いですが、MIMIGURIのバリューはCCMを機能させるうえで、一人ひとりが体現すべき知識創造における態度を示しています。

日々の活動を通して見つけた“良さ”の種を、まだうまく言語化できなくてもいいからまず積極的に他者へと開く。するとなんだかよくわからないままに対話を通して解釈を巡らせるうちに“良さ”が再現性のある知と結び合わさり、新たな“良さ”が生まれる──。そうやって組織として知識創造していくことが、創造性の土壌を耕すことにつながるのです。

MIMIGURIのバリューは、野中郁次郎氏と竹内弘高氏が『ワイズカンパニー: 知識創造から知識実践への新しいモデル』で提唱する「新・SECIモデル」を参照しています。

新・SECIモデルは「共同化(Socialization)」「表出化(Externalization)」「連結化(Combination)」「内面化(Internalization)」の4つのプロセスから成り、個人やチーム間、組織や環境内で暗黙知から形式知へ、形式知を暗黙知へと転換や相互作用を繰り返すことでより高次の知識創造につなげます。この際、知識創造を循環させるためには「共通善=組織として何が善か」を追求し、共通の目的を編んでいくことが重要とされています。

というわけで、MIMIGURIのバリューは「知を開いて、巡らせ、結び合わせる。」は、新・SECIモデルを全社的に実践していくためのモデルである…という言いたいところなのですが、実はここにMIMIGURI流の解釈を加えているのが、SECIモデルとCCMとの明確な違いとなっているので、もう少し詳しく説明しましょう。

「実践方法」と「自己認識」の暗黙知

「暗黙知」という言葉はSECIモデルによって広く知られるものとなりましたが、もともとマイケル・ポランニーが『暗黙知の次元』で提唱したもので、「個人的で、文脈に依存していて、人に伝えにくい身体経験や主観的な直観に根ざしている」と定義しています。野中氏、竹内氏はポランニーの暗黙知を土台として、個々の経験や感覚に基づく暗黙知を形式知へ、形式知を暗黙知へと相互に変換し、結合し、拡張可能なものとしているため、そのスタンスは異なります。

さらにここで強調したいのは、MIMIGURIでは、暗黙知は「ふたつ」あるという前提を置いていることです。

一般的な"暗黙知"とは左側を指しますが、MIMIGURIでは右側も重視

CCMにおいて、個人は自らの興味関心に応じて湧きあがる「衝動」と外的に発揮する「専門性」に基づいて「探究」活動を行っていきます。そうした経験の中で、ふたつの「暗黙知」が蓄積していきます。

ひとつは、実践方法に対する暗黙知。こちらがいわゆる多くの人が思い浮かべる「暗黙知」にあたるものでしょう。個人個人が自身の専門性に基づいて実践を続けていくと、新たな実践の技やノウハウが見えてきます。より専門的で高度な仕事をするためのコツ、これまでの体験に基づいて直感的に“良さ”を判断する基準です。それらを「開き、巡らせ、結び合わせる」ことによって、再現性のある形式知が格納されて組織学習が進み、知的資本が耕されます。これがつまり野中氏・竹内氏の提唱するSECIモデルにあたります。

もうひとつが、自己認識に対する暗黙知です。昨今、組織としていかに社会関係資本を構築していくかが重要なカギとなってきていますが、まさにこの社会関係資本を耕し、より良い関係性を築くために必要なのが、この自己認識に対する暗黙知です。自己認識とは「セルフ・アウェアネス」とも言われますが、自身のアイデンティティや強み、感情に気づくこと。

人は、自分のことを完全には言語化できていない。
自分がどういう人間なのかについても、暗黙知が膨大にある。

仕事を通じて実践を続けていくことで、自分が何の専門家で、どんなことにこだわりを持ち、何を大切にしているのか。何に“良さ”を感じ、何に心を動かされるのか。自分自身でも予想だにしなかった新たな自分が見えてきます。もちろんそれは仕事に限らず、日々の生活の中でも育まれるものでしょう。そうした「自分らしさ」の新たな一面を積極的に他者へ「開き、巡らせ、結び合わせる」ことによって、同僚やマネージャーなど他者との相互理解が深まります。「この人はこんな側面があったのか」「こんなふうに考えていたのか」と信頼が高まり、組織学習が進んで社会関係資本が耕されるのです。

たとえば、以前MIMIGURIの全社総会で経営陣が登壇する「CxOセッション」において、私がインタビュアーを担当して、共同経営者のミナベの組織コンサルタントとしての暗黙知をフカボリする公開セッションを行ったことがあります。拙著『問いかけの作法』の出版後だったのでプレッシャーがかかりましたが笑、書籍に書いた問いかけのパターンを駆使して、ミナベの「実践方法の暗黙知」のみならず「自己認識の暗黙知」を意識しながら「フカボリ」したのです。

すると、さすがに熟練した組織コンサルティングの経験と実績を持っているだけあって、社内の別のコンサルタントたちが唸るようなノウハウやスキルが次々に言語化されて「実践方法」としてのナレッジが浮かび上がりましたが、同時に組織コンサルタントとしての意欲の源泉は何か、何が喜びなのか、仕事人としての"こだわり"や背後にある価値観や信念、すなわち「自己認識」の暗黙知が浮き彫りとなりました。

これが「実践方法の暗黙知」のみにフォーカスする場であれば、同じ職能のメンバーたちが「なるほど、こうすれば組織コンサルがうまくいくのか」「こんなときにこうした手があるのか」と参照可能なノウハウが組織に巡り、組織学習につながる…というのが成果になります。

けれども「自己認識の暗黙知」を共に開くことで、コンサルタント以外のデザイナーやエンジニア、コーポレートのメンバーたちも「なるほど、ミナベさんはそういうこだわりを持って、コンサルをしてたのか!」「MIMIGURIの内部のマネジメントがこうなっているのも、こんな原体験が影響しているんだな」などと、メンバーがミナベに対する理解を深めたり認識を新たにしたりして、お互いの関係性が耕される機会になったのです。これは組織にとって大きな意味があります。

このようにお互いの「自分らしさ」を常に開いてアップデートすることは、以下のnoteでも指摘した通り、よい組織づくりにおいて不可欠です。

単に「実践方法」のみのナレッジマネジメントを推進するだけであれば、エンジニアのノウハウやスキルに関する暗黙知は、デザイナーにとっては無関係で、役に立たないものでしょう。けれどもエンジニアがどんな「自分らしさ」を持って仕事をしているかを"開き、巡らせ、結び合わせる"ことは、デザイナーやセールス、人事にプロジェクトマネージャーなど、同じ組織で働くあらゆるメンバーにとって"意味のある知"なのです。

もちろん、私たちは実践方法の暗黙知を軽視しているわけではありません。実際、MIMIGURIではCULTIBASEにおいて、さまざまな研究者や経営者、専門家などの実践知やノウハウをコンテンツ化し、アーカイブとして蓄積してきました。書籍出版や論文発表などもその一環にあるものです。

その一方で、自己認識の暗黙知を開き、巡らせ、結び合わせることは、「蓄積する」ような性質のものではありません。それ自体が循環することで組織内の社会関係資本が耕され、個と個のあいだの"精神的なつながり"が変容することで、組織として創造性がより発揮されることになるのです。先日のnoteで「感情と向き合うこと」の重要性を示したのも、そうした組織観に根ざしていることにほかなりません。

「知を開いて、巡らせ、結び合わせる。」というバリューはすなわち、実践方法と自己認識というふたつの暗黙知を開き、巡らせ、結び合わせることで実践方法と自己認識の形式知が組織にインストールされること。こうして組織の知的資本と社会関係資本という土壌が耕されることで、CCMが実現するのです。

モヤモヤの中にこそ“良さ”の種が眠っている

冒頭の課題感とも通じるのですが、ビジネスやマネジメントにおいて、個人のノウハウやスキルを形式知化することばかりが語られてしまいがちです。裏を返せば、それすらもままならない組織が多いというのも事実でしょう。けれども(一見、意味のないように思える)個人のこだわりや感情、葛藤といった熱量のある「ナラティブ」も合わせて理解しなければ、本当の意味で「機能するノウハウ」とならないのかもしれません。

余談になりますが、デザイン思考のフレームワークが形骸化して消費されがちなのも、本来は"デザイン"という営みに対するデザイナーのこだわりやナラティブがあったはずが、それが強力な「5STEP」という実践方法のフレームワークだけがモデルとして先行して広まった結果のように思います。

MIMIGURIでは「学習とはアイデンティティの変容である」という学習観を重視し、個人が自らの専門性を磨き、アイデンティティを刷新しつづけることが、組織に創造性をもたらすと考えています。

アイデンティティが変容するその過程には、たくさんの「モヤモヤ」が生じます。顧客に褒めてもらえたプロジェクトなのに、なぜか自分としては結果に満足できなかった。ミーティングで参加メンバーから活発に意見が寄せられたけど、自分の中でなぜかモヤモヤが残った。マネージャーからのフィードバックをなぜか素直に受け止められなかった……。そうしたモヤモヤにこそ、“良さ”の種が眠っています。自分だけでそのモヤモヤを封じ込めてしまうのではなく、積極的に他者へ「開く」ことが、思いもよらない自分との発見につながり、知の循環への第一歩となるのです。

ただし、モヤモヤを他者へ「開く」ことにもちょっとしたコツがあります。それはまた次回以降の記事に譲りましょう。


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