見出し画像

『パラドックス思考』が(惜しくも)刺さらなかった読者への手引き

新刊『パラドックス思考』出版から2カ月経って、大学生から20代若手、ミドルマネージャーや経営陣とかなり幅広い層の方々に届いているなと実感しています。SNSを見ていると、嬉しい感想もちらほら。

特に大企業やメガベンチャーの重責を担う経営層や幹部リーダーの方々からは「まさに経営とマネジメントの葛藤を言語化してくれたと感じた」「複雑な意思決定の真髄が書かれている」などのありがたい感想を多数いただきました。

一方、Amazonのレビューでは一部に「個人の悩みの解決には役立ちそうだけど組織や事業の課題解決には向かない」「ビジネスには使えない」なんてコメントもあったりして、両極端のリアクションをいただいているのは何とも興味深いと感じています。

本記事では、改めて後者のようなネガティブな反応に応答するかたちで、『パラドックス思考』の執筆意図を補足したいと思います。

読者のネガティブ反応その①:「ビジネスに感情を持ち込まれても……」

ネガティブな反応として一部に見られたのは、「結局、個人の感情の話か」「“無理ゲー課題”の解き方が知りたかったのに、個人的な悩みの解決法を教えられても」といった「感情」という切り口そのものへの戸惑いでした。

第1章で「本書が提案するパラドックス思考は、厳密な正しさを前提にする『論理パラドックス』に目を向けるのではなく、曖昧さを生きる人間社会に特有の『感情パラドックス』に着目する点が特徴です」と書きましたが、そこからつまずいてしまった人も少なからずいたようです。

なぜ私たちが本書で「感情」にフォーカスしたのか。改めて強調しておくと、VUCAにおける「現在と未来の『わからなさ』がもたらす問題解決」を(自身の考える以上に)妨げている原因が、他ならぬ「感情」であることを強調したかったからです。

『パラドックス思考』(P36)より

この先どうなるか、何が起きているかもわからない不確実性の高い時代には、その「わからなさ」そのものから生じるストレスによる影響を軽視することはできません。心理学者のフェスティンガーが提唱した「認知的不協和理論」によれば、人は矛盾した認知を抱えた状況で感じるストレスを解消するため、自身の認知や行動、態度を変えることで「矛盾をなかったことにする」傾向にあることが指摘されています。多くの人が「わからない」状況に置かれたとき、そのストレスから逃れようと、安易に白黒はっきり付けたがったり、場当たり的に意思決定したりしてしまうのはこうした理由からです。

さらに問題をややこしくするのが、ビジネスの現場において「1分でも早く意思決定する」「感情を抜きにして論理的に判断する」のが良しとされていることです。おそらく感情にフォーカスした点に違和感を持ったのは、そういった常識のもとで日々仕事に取り組んでいる方々でしょう。確かに、世の中にあるビジネス書の多くが論理的に思考する・話す・書くことを説き、効率的に最大限の成果を上げることを目的としていて、どんな状況下でもいち早く結果を出すリーダーやビジネスパーソンになるための方法論が提示されています。

ですが、VUCAにおける問題解決において、そうした方法論が機能するとは限りません。日々降りかかる問題を“モグラ叩き”のように対処しているうち、本質的な問題解決から遠ざかってしまうことも往々にしてありますし、そもそも設定した課題が間違っている可能性もあります。『問いのデザイン』や『問いかけの作法』でも示したように、固定観念や「とらわれ」が本来解くべき「問い」のありかを見失わせてしまうのです。

昨今、「ネガティブ・ケイパビリティ」が注目されているのは、VUCAにおける「わからなさ」がすぐに解けるものではなく、容易に答えを出すことができない状況だからこそ、その曖昧さや不確かさに身を置きつづけながら問題解決に取り組むことが最善の策とされているからです。とはいえ、その不確かさの真っ只中はストレスフルだし、自分の感情に目を向けないまま、つい安易に判断してしまう──そんな堂々巡りで、適切な問題解決を妨げてしまわないためにも、『パラドックス思考』の、

・感情パラドックスを受容して、悩みを緩和する
・感情パラドックスを編集して、問題の解決策を見つける

をまずは身につけてもらいたいのです。

読者のネガティブ反応その②:「組織の問題解決には役立たないのでは?」

もう一つよく見られたのは、「組織の問題解決には役立たない」「組織へ広げていくのは難しいのでは?」といった声でした。第6章「感情パラドックスを編集して、問題の解決策を見つける」で具体事例を交えて、できる限り網羅的にその方法を解説したつもりでいましたが、組織や事業面の具体事例が少し弱かったなと反省しています。

「感情パラドックスに着目する」というと自分の感情に目が向かいがちですが、改めて補足したいのは、「他者も『感情パラドックス』を持っている」ということです。集団や組織が不合理な感情を持った人間で構成されていることへの理解は、複雑な課題解決を推進するマネージャー、ファシリテーターにとって必要不可欠な前提です。

例えば、1on1ミーティングのケース。メンバーから「もっと成長したいので、厳しめにフィードバックお願いします」と言われたマネージャーが、その言葉通りゴリゴリに改善点を指摘したところ、メンバーはすっかり自信を失ってしまい、立ち直るのに時間がかかってしまった……なんてことが起こったとします。

論理的思考に偏重したマネージャーであるほど、つい「いやいや、お前が“厳しめに”って言ったからそうしたんだろ...めんどうくさいやつだな……」などと考えてしまうかもしれません。しかしこのように考えている限りは、良いマネジメントはできません。

パラドックス思考の視点に立てば、すべての人間は相反する欲求を持っていることが前提になりますから、このメンバーには「さらなる成長のために、耳の痛い指摘をしてほしい」けれど「ここまでの成長した姿を認めてほしい」という心情があることを受容し、適切な声がけをすることができます。

他にも例えば、別のプロダクト開発チームの対立をケースに考えてみましょう。リリースから数年経ったプロダクトが外部環境の変化に対応できておらず、この機会に大幅なリニューアルを検討しています。チームには立ち上げ時からの古参メンバーに加えて、経験豊富な新規メンバーがリニューアルに向けてジョインしてくれました。新参メンバーは意気揚々とプロダクトの改善点を挙げ、リニューアルのための戦略を提案します。

いずれも精度の高い意見で、妥当なものに思えます。しかし古参メンバーは「合理的な改善だと思うけれど、現サービスに慣れ親しんだコアユーザーは抵抗があるのではないか」などと「ユーザーの心情」を理由に、新参メンバーの提案を棄却しようとします。

論理的思考に偏重したマネージャーは、おそらく「実際にコアユーザーはどう思っているのか。ユーザー調査をして確認しよう」などと提案して、コアユーザーの「リニューアル賛成」の声をエビデンスとして収集し、古参メンバーの懸念を払拭しにかかるでしょう。しかしパラドックス思考を習得したあなたは、この論理的な説得アプローチでは、全員が納得する解には永久に着地できないことを知っているはず。

なぜなら既存メンバーの抵抗は、自分自身の「愛着のあるプロダクトを、変えたいけれど、変えたくない」「リニューアルの方針は賛成だが、新参の意見は受け入れたくない」という感情パラドックスによる可能性が高いからです。

このことに気がついていれば、向き合うべきマネジメント課題は"反対している古参メンバーの説得"ではなく"古参メンバーのこだわりを活かしたリニューアルプランの創発"になるはずで、パラドックス思考の「包含戦略」「因果戦略」によって突破口が見えてきます。

このように、組織や事業推進において、関わる人それぞれが感情パラドックスを持ち、人間らしい欲求を抱えています。その前提に立てば、論理的かつ合理的な正解を導くことが、必ずしも最善とは言えないこともあります。だからこそ、感情パラドックスを“うまく使う”ことが、組織・ビジネスの複雑な問題解決の突破口になるのです。

ビジネスの現場にこそ“感情”を認めてあげよう

先日、ある人材開発領域のベテランの方と打ち合わせした際、「日本の希望を感じた」とまで熱量高く『パラドックス思考』の感想をいただいたのですが、曰く、「ビジネスの現場では、とかくトップダウンで与えられた目標に対し、自分の感情を抜きにして必達させることに重きが置かれがち。だからこそ、職場に自分の感情や葛藤を持ち込むことを真正面から肯定してくれているのが、まず衝撃的だった」というのです。

創造的な組織の第一条件に「個人の衝動を尊重すること」があると考えている私としては、ビジネスやマネジメントに「感情」の話を持ち込むのはごく自然なことだったのですが、感情をビジネスの現場に持ち込まず、ただただ冷静かつ合理的にマネジメントしていくのがリーダーのあるべき姿だ、と言われても……それってそもそも楽しいだろうか? みんな疲弊してしまうし、リーダーになりたがる人もいなくなってしまうのでは? と感じてしまうのです。

改めて強調したいのは、ビジネスにおける「感情と向き合うこと」の重要性です。本書にコーチングやプロダクトマネジメント、ファシリテーションに取り組む人からも好意的な反応が寄せられたのは、彼らが取り組むのは一見、問題解決でありながら、実はステイクホルダーの「心からの納得感」を探ることであるからなのかもしれません。

人的資本経営へのシフトが多くの企業にとっての命題となりつつありますが、感情と向き合わずしてそれが成り立つとは思えません。心理的安全性が担保され、中長期的に価値創造していく職場にこそ、人を人として……感情があり矛盾もある愛らしい存在として、社員一人ひとりの個性を見ていくことが重要だと考えています。

パラドックス思考を用いた「集団の問題」を解決する方法論については、以下の動画コンテンツでも解説しています。プロセスワークの創始者アーノルド・ミンデルの新刊『対立の炎にとどまる──自他のあらゆる側面と向き合い、未来を共に変えるエルダーシップ(原題: Sitting in the fire )』を題材に、パラドックス思考がいかに集団の問題解決に応用可能か、その発展可能性について議論しています。ぜひあわせてご覧ください!

まだ『パラドックス思考』をお持ちでない方は、この機会に是非!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?