"道具"を通して課題を問い直す:異なる専門分野によるリフレーミング
イノベーションプロジェクトにおける「問いのデザイン」のなかでも、プロジェクトデザイン段階における課題のリフレーミングの重要性についてこれまで述べてきました。与えられた課題をそのまま解こうとするのではなく、「本当に解くべき課題」は何なのか、視点や解釈を変えながら、再定義するプロセスですね。以下、参考記事です。
さて、今回紹介する安斎のお気に入りの書籍『ドーナツを穴だけ残して食べる方法 越境する学問―穴からのぞく大学講義』は、問いのデザインや課題のリフレーミングについて、多くの示唆を与えてくれるオススメの書籍です。
ドーナツを穴だけ残して食べるには?
この書籍は、タイトルの通り「ドーナツを穴だけ残して食べるには?」という一風変わった問題に対して、大阪大学に所属する人文科学、自然科学、社会科学のさまざまな学問領域の研究者たちが、自身の専門分野に基づいて解決しようと試みていきます。さまざまな学問の教養が学べるだけでなく、エンターテイメントとしても楽しめる企画本となっています。目次は以下。
第0章ドーナツの穴談義のインターネット生態学的考察
第1章ドーナツを削る―工学としての切削の限界
第2章ドーナツとは家である―美学の視点から「ドーナツの穴」を覗く試み
第3章とにかくドーナツを食べる方法
第4章ドーナツの穴の周りを巡る永遠の旅人―精神医学的人間
第5章「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」と聞いて、あなたはこの命題から何を考えますか?―ミクロとマクロから本質に迫る
第6章パラドクスに潜む人類の秘密―なぜ人類はこのようなことを考えてしまうのか?
第7章ドーナツ型オリゴ糖の穴を用いて分子を捕まえる
第8章法律家は黒を白と言いくるめる?
第9章ドーナツ化現象と経済学
第10章ドーナツという「近代」
第11章法の穴と法規制のパラドックス~自由を損なう自由をどれだけ法で規制するべきなのか?
第12章アメリカの「トンデモ訴訟」とその背景
目次を眺めるだけでもこの本の面白さがなんとなく伝わるのではないかと思いますが、たとえば工学系の研究者は、この問いを「工学技術を活用して、ドーナツをいかに切削するか?」「ドーナツの穴をコーティング膜生成をしていかに保存するか?」という課題として考察します。他方で数学者は、そもそも「ドーナツの穴」とは何かを数学的に定義し、4次元空間処理で解を出そうと試みています。そう思えば、美学の専門家は「ドーナツとは家である」と言い始める..などなど、多様な専門分野から、ときに屁理屈を交えながら、この課題が次々とリフレームされていくのです。
大阪大学の先生方の研究者としてのプライドとユーモアが伝わってくると同時に、学問の多様性と面白さに触れられる一冊で、進路に悩んでいる高校生なども読んでみるとよいかもしれません。
問うための「道具」が変われば、課題の解釈も変わる
本書から学べることは、同じ課題であっても、どのような専門性を通して眺めるかによって、課題の解釈は変わってくるということです。
ワークショップの背景理論を支える心理学者のヴィゴツキーは、人間は、道具(言語、方略、文字、図解、記号)を媒介して対象に働きかけるということを、以下の三角形の図を使ってモデル化しました。
それまで心理学では、人間の行為のプロセスや能力を「心の中の出来事」として捉えてきました。けれどもヴィゴツキーは、主体が対象を対象として捉える心理的操作の背景には、何らかの道具としての人工物が媒介されておりいることを指摘したのです。
たとえば旅行中に同じ景色を眺めるにしても、Instagramを好んで使いこなす人と、双眼鏡を持ち歩く人では、その「景色」の見え方や意味は異なるでしょう。媒介する道具が変われば、対象の解釈や心理的な操作は異なるものになるのです。上記の「ドーナツの穴」もしかりで、媒介する専門分野が異なれば、対象としての「ドーナツの穴」は全く異なる意味を持ち、したがって結果としての「解答」も違った結論になるのです。
あえて異分野の眼から、課題を問い直す
話を「問いのデザイン論」に戻すと、イノベーションプロジェクトの上流段階における課題のリフレーミングにおいても、この考え方は参考になります。実際に、安斎がプロジェクトの上流設計をするときは、自分自身でも課題をあれこれ問い直して再解釈を試みますが、同時に、一見関係ない分野の知人を思い浮かべて「あの人だったら、この課題をどう捉えるだろうか」と想像することで、リフレーミングの幅を広げています。
2017年度に実施した「三浦半島の観光コンセプト」を構築するプロジェクトでは、課題のリフレーミングの段階において、ミミクリデザインのパートナーである編集者のモリジュンヤ氏を思い浮かべたことで、「三浦半島に点在するリソースを、経験価値として編集する」という視点を得ることができました。この視点はプロジェクト設計の根幹になっていて、実際にモリジュンヤ氏にはプロジェクトメンバーとして参画していただきました。
どの分野のどんな人を巻き込むと、この課題は解けるだろうか?ということを幅広く想像しながら、想起された人の視点で課題を捉え直してみる。その往復運動を続けるうちに「異分野の他者の専門性」を媒介して、課題がリフレーミングされていく。阪大の教授陣たちが"ドーナツの穴"に挑戦した実験的態度は、プロジェクトデザインにおいても参考になるでしょう。
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