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ビジネスを『キングダム』に喩える功罪!? 経営・組織論に根付く「軍事的世界観」とその限界

「戦略と戦術」「レッドオーシャン」「市場支配」……経営やビジネスの現場で当たり前に使われているこうした言葉。

しかし、ふと考えてみると、いずれも戦争のメタファーが用いられていると気がつきます。また起業家やスタートアップ業界では漫画『キングダム』にたとえてビジネスの話をすることが少なくありませんが、それもまた戦争にたとえていると言えるでしょう。

これらの背景には、ビジネスの世界の根底に横たわる「軍事的世界観」というパラダイムの存在があると私は考えています。そして、20世紀から続くこの軍事的世界観こそが、21世紀の企業や経営者に必要な変革を妨げているように思えるのです。

そこで本記事では、ビジネスにおいて「軍事的世界観」が用いられるようになった経緯に立ち戻りつつ、その限界と、これから引き起こすべきパラダイムシフトについて考えます。


なぜ、安斎は『キングダム』のメタファーを避けているのか

今回、「軍事的世界観」という枠組みについて考えるきっかけとなったのは、ベンチャー企業からMIMIGURIに転職してきたメンバーから「安斎さんって、漫画好きなのに『キングダム』のメタファーをあまり使わないですよね?」と指摘されたことでした。

『キングダム』とは、秦の始皇帝による天下統一を題材に、中国戦国時代の武将たちの活躍を描いた歴史漫画。作者の原泰久氏がデビュー前にサラリーマン時代を経験していたこともあり、『キングダム』には組織の美学が描かれているとして、ベンチャーやスタートアップの起業家・経営者たちからも非常に高い支持を集めている漫画です。

誤解のないように言っておきたいのですが、私をはじめとして、『キングダム』を愛読しているメンバーはMIMIGURI社内にも多いです。むしろ私の中ではTOP3くらいに入る好きな漫画です笑

一方で、組織をたとえるときのメタファーとして、私自身は『キングダム』を積極的には使いません。それはなぜなのだろうと考えてみると、私が経営するMIMIGURIは、『キングダム』という作品を通底するように思える世界観──つまり「軍事的世界観」とは別の世界観の上に成り立っているからではないだろうか、という仮説でした。

これだけブームになっても「心理的安全性」が組織に浸透しないワケ

もう1つ、最近私が考えていたのが、「ワークライフバランス」「多様性」「心理的安全性」といったキーワードがこれだけ流行して普及しているにもかかわらず、なぜそれらが一向に組織の根底にインストールされていかないのだろう、ということでした。

大前提、個人の価値観やキャリアに対する考え方は、かつての時代と大きく変わりました。

一つの会社に入ったら、職場には自分のプライベートな感情を持ち込まずに、定年まで勤め上げる。男性が頑張って働き、女性は家庭を守り、定年退職後は、80歳前後の寿命を迎えるまで年金を貰ってのんびりと暮らす。

現代の若者に、そんなひとつの会社を中心に据えるキャリア観を持っている人はほとんどいないのではないでしょうか。いまやキャリア観の中心は「人生」であり、幸せな人生を送るために、家族とどう過ごすか、地域とどう関わるか、趣味やSNSにどう時間を使うかを考える。会社は、あくまでそうした構成要素の1つである。そう考える人の方が多いと思います。

要するに、天動説が地動説に変わったときと同じくらい、キャリア観における大きな価値観の転換が起こっているのです。

こうした個人のキャリア観の変化をふまえて、マネージャーが部下を上手に育成するためには、「相手がこれまでどんなことをやってきて、どんな価値観を持っているのか」といった、バックグラウンドや人となりを理解することが求められるようになってきました。

そしてそのためには、職場の「心理的安全性」を醸成したり、「多様性」のある生き方や「ワークライフバランス」といった概念を受け入れる必要があり、これらのキーワードが注目を集めるようになってきたのです。

それにもかかわらず、「心理的安全性」のような考え方を組織に導入しようとしても、うまくいかない企業が多いのはなぜなのか。

それは、「心理的安全性」の表面だけを取り出して、研修や会議のようないわば「アプリ」だけをインストールしようとしているからではないでしょうか。そうではなく本当は、現代の企業においていまだに支配的な、「心理的安全性」や「多様性」とは相容れない「OS」、すなわちこれから詳述する「軍事的世界観」から変革する必要があるのだと思います。

軍事戦略を基盤に成長した、経営学や組織論

「戦略」という言葉に代表されるように、ビジネスの世界ではしばしば戦争のメタファーが使われます。私が考えるに、それはビジネスの世界の根底に「軍事的世界観」が深く根付いているからです。

実際、松下幸之助、ビル・ゲイツ、孫正義といった名だたる起業家たちの多くが、数千年前に書かれた『孫氏』の兵法を参照しています。

もちろん軍事戦略は、人類がさまざまな失敗を繰り返しながら蓄積した叡智知であり、国際的な平和を維持するための礎になっている面もあるでしょう(もちろん、そのことと戦争自体の是非はまったく別の話です)。

そして20世紀に入ると、軍事戦略の考え方が、ビジネスの文脈においても利用されるようになりました。たとえば、現代のマネジメントのルーツになっている管理原則の父・アンリ・ファヨールは、1916年の著書『産業ならびに一般の管理』において「管理とは、計画し、組織し、指揮し、調整し、統制するプロセスである。」という定義を残し、軍隊的な管理の方法から得たインスピレーションをビジネスの世界にも取り入れたと言われています。

さらに、第二次世界大戦〜冷戦期に入ると、よりシビアな戦況判断が求められるようになり、戦略的思考という考え方が加速していきます。現在もビジネスの現場で用いられている「SWOT分析」のような競合分析しながらリスク要因を読み解くフレームワークも、戦時中の軍事組織の考え方に影響を受けて生まれたと言われています。

また、1960年代には、学習ステップを細分化し、理解や習得を容易にした「スモール・ステップ」や、その場で反応することで行動の変容を促す「即時フィードバック」など、行動主義をベースにした企業研修や教育のプログラムが発展しますが、これももともとは、第二次世界大戦下における兵士育成のために開発され、普及したものでした。

ちなみに、こうしたトップダウン型の近代的組織を揺さぶりボトムアップ型の学びと創造の営みとして発展したのが、私の専門分野の一つである「ワークショップ」です。

少し話題が逸れましたが、まとめると、そもそも経営戦略は、軍事戦略の知の体系やフレームワークを参照しながら、20世紀に軍事戦略と共に発展してきたものだったわけです。

21世紀に入って表出した、軍事的世界観の限界

1980年代、グローバル化とIT化の流れにおいて広がった市場の中で、いち早くビジネスを拡大していく上では、軍事的世界観はドンピシャで機能したのだろうと思います。

しかし、この21世紀においては、明らかに耐用年数を過ぎているように思えるのです。

1つの理由は、先ほども書いたように、個人のキャリア観の変化にあります。誰もが幸せな人生を追求する現代において、あえて軍隊のような企業に入りたいと考える人は多くないでしょう。

また、社会や経済の状況を鑑みても、軍事的世界観は明らかに時代にマッチしていません。

軍事的世界観のもと、世界各国の企業がガンガンと利潤を追求して行った結果、持続性の問題がたびたび取り沙汰されるようになりました。地球上の全人口がアメリカ人と同じ水準で生活しようとすると、地球の約5個分の資源が必要になるという話があるように、これ以上の成長を追い求めようにも、資源が圧倒的に不足しているのです。

もはや資本主義というシステムそのものが問い直されている時代であり、いかに成長を緩め、限られた資源の中でどうやって幸せな社会をつくっていくか、という「脱成長」の議論も活発になってきている。企業の経営理念やパーパスがこれだけ重要視されるようになってきたのも、何のために経営するのかということが、より社会から問われるようになってきているからでしょう。

さらに国内の状況を付け加えるならば、日本の企業は1980年代後半の高度経済成長期に急速に成長し、それから30年間成長が止まっている。

それはどういうことかというと、非常に強力な軍隊が、世の中の変化に適応できないまま、リスクを負わないよう、不祥事を起こさないようにとだんだん保守的になっていき、官僚主義的な、形骸化したシステムを抱えたままの弱い軍隊になったということです。

軍事的世界観を基調とする組織の構造や研修の制度、シニア層のマネージャーの考え方は、昔の時代から変わっていない。一方で、いまの社会の価値観はそこから完全にシフトしており、「心理的安全性」のような概念を導入しようとするも、うまくいかないという不和が起きている

つまり、20世紀のビジネスを支えてきた軍事的世界観が、社会の状況とそぐわなくなってきているのが、いまなのです。

新たなパラダイム「冒険的世界観」へ

不安定な市場の中での生き残りをかけて、軍事的世界観をこれまで以上に引き締めようという方向に向かう会社も少なくありません。

しかし私は、ビジネスや組織をもう戦争にはたとえたくない。それではサステナビリティがなく先が見えているし、そもそも誰も戦いたくなんてないからです。

では、私たちは軍事的世界観というパラダイムを抜け出した先で、いったいどこへ向かうべきなのか。あるいは、どこへ向かいつつあるのか。

それを考える中で思い至ったのが、「冒険的世界観」という枠組みです。

兵力を増強して敵国を倒すように、限られた市場の中でシェアを奪い合うのではなく、不確実で長い人生の中で、行ってみたい場所を探索したり、自分なりの目的を見つけながら、新たな価値を生み出したりしていく

ビジネスの世界を取り巻く世界観は、そのような方向性にシフトしてきています。

「多様性」「ワークライフバランス」「心理的安全性」といったキーワードも、私の考えでは、いわばこの冒険的世界観のもとでこそ機能する概念だと位置づけています。そのため、それらをいくら軍事的世界観の組織にインストールしようとしてもうまくいかない。根底にある世界観の部分から変える必要があるのです。

「冒険」と聞くと、ワクワクする、なんだか楽しげなイメージを持つでしょうか。たしかに冒険的世界観が、軍事的世界観に比べて楽しい世界観であることは間違いありません。

しかし私は、完全に武装を解除して、ただゆるふわな世界観に突入しようと言っているわけではありません。冒険的世界観とは、ある意味で軍事的世界観以上に厳しい世界観です。

軍事的世界観が限界を迎えたいま、シフトが求められている冒険的世界観とはいかなる世界観なのか。それに関しては、次回の記事で詳しく書こうと思っています。


【お知らせ】無料ウェビナー『チームを覚醒させる「問い」のデザイン:新時代のミドルマネジメントの真髄』開催

10月3日(火)に新作無料ウェビナー『チームを覚醒させる「問い」のデザイン:新時代のミドルマネジメントの真髄』を開催します。

6月の経営層向けの「新時代の組織づくり」ウェビナーが3,200人動員、満足度98.6%と大好評いただきましたが、今回はミドルマネージャーやプロジェクトリーダーの方向けに実践的な内容をお届けします。

2020年に書籍『問いのデザイン』がベストセラーになり、その後も『問いかけの作法』『パラドックス思考』など、マネジメントにおける「問い」の技術についてはあらゆる角度から深堀りしてきました。

一貫して、これまでのビジネスや組織論が立脚していた【軍事的世界観】から脱却して、不確実な時代で価値を切り拓く【冒険的世界観】のマネジメント論を確立したいという想い。そして、そのために冒険(Quest)の指針しての問い(Question)が鍵になる、という確信が、通底しています。

今回のウェビナーでは、これまでの研究知見を概観して編み直しながらも、さらなるアップデートをかけて、チームマネジメントの武器としての「問いのデザイン」について語り直す機会にできればと思います。

すでに書籍を読まれた方も、未読の方も、関心ある方はぜひお気軽にお申し込みください。多くの方々に届けたいため、参加費は無料ですので周囲にもぜひご紹介ください。


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