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日が暮れたアトリエで、その日を待ちながら/アランニット制作日記 11月後編

 ゆきさんのアトリエは路面にあり、入り口は前面ガラス張りだ。今年の初めにここを借りて、カーテンレールは取り付けたものの、そこにかけるカーテンはまだ製作中だ。開放感あふれるところは気に入っているけれど、あけっぱなしでは制作に集中できず、布をかけていることが多いという。

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「物件を探してたとき、最初は広さ重視でと思ってたんですけど、マンションの一室で一人っきりで作業するのは孤独で心が落ち込みそうだと思って…。なので、日当たりがよくて、天井が高くて、水が使えることを条件に探したんです。そうしたら偶然この物件を見つけて。元・お米屋さんっていう立地も面白いですしね、『路面だったら、イベントもやりやすいかも』と思って決めました」

 ただ、その段階では、3月に原美術館で開催するワークショップとプレゼンテーションの準備に追われており、具体的に計画を練る余裕はなかった。そのイベントが成功を収めたことで、アトリエをお客さまにひらくアイディアも浮かんできたという。

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2019年3月に原美術館中庭で開催した「1000 Memories of」インスタレーション

「これまではセレクトショップや百貨店に卸すことが多くて、お客さまひとりひとりとやりとりする機会はなかったんです。お客さまと接するのは、ポップアップの店頭イベントか、あとは展示会ぐらいだったので、こうしてアトリエショップを終えて、直接お客さまとやりとりすることの責任をすごく感じてます。原美術館のときはいろんな人が関わってくれたことで、今までにない大きな発表もできたのですが、私ひとりでできる仕事量には限界があるので、一緒にブランドを作っていける人を探そうかなと。今後の課題だなと思ってます」

 ゆきさんはヴィンテージを扱って作品をつくる。ヴィンテージには誰かが使っていた痕跡があり、加工を施すことでその痕跡が浮かび上がる。そうして誰かの記憶を扱っていることもあり、「人に興味があるんですね」と尋ねられることが多々あるという。

「私は人が好きっていうよりは、物に対しての面白さを感じてるんですよね」とゆきさん。「ヴィンテージの物自体に魅力を感じたことが私の原動力なので、『人に興味がある』と言ってしまうとちょっと違うんですよね。だから、マーケティングやターゲット像はあまり考えてなくて、『誰に着てほしい』とか、『こういう人じゃないと着ちゃ駄目』ってことを一切感じないんです」

 ゆきさんの作品づくりは、アトリエの中でひとり、ヴィンテージと向き合う作業だ。それは、洋服を着る誰かを想像するというよりも、素材自体と向き合う時間である。でも、アトリエをひらいたことでお客さまと対面する機会を得て、これからの制作に変化がありそうだとゆきさんは語る。

「オーダー会は全部予約制でしたけど、わざわざ予約して足を運んでくださるって、奇跡みたいなことだと思うんです。それに映画や演劇はパブリックな会場だけど、誰かの個人的なアトリエに行くのは、結構勇気が要ることじゃないですか。その手続きを経てアトリエにきてくれるお客さまがいるのはすごく嬉しいなと思うし、すごく責任が伴うことでもあるよなと感じてます。もうちょっとオープンにしてもいいのかもしれないなと思うし、でも、クローズドな環境だからできる面白いこともあるし、その按配はまだ探っているところです」

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 ところで、箔が透明になってしまったネイビーのニットたちは、一体どうなってしまうのだろう。そんな疑問をゆきさんにぶつけてみる。

「原因を突き止めて、もう一度回復させてあげられたら再販できるかも、と探っているところです。何年か前にも同じ現象が起きたときは、原因を突き止められなくて泣く泣く処分するしかなかったんです。でも、今回は染め工場さんとインクのメーカーさんが一緒に原因を調べてくださったので、ある程度推測ができて。まずその内の1着に“特殊洗い”をして、フッ化水素を落としてもらいました。そのニットにもう一度箔を重ねてみたんですけど、これで箔が無事かどうかわかるまで1年位は様子を見ないといけないから、今すぐにはお客さまの前に出すことができないんです。もどかしいですよね」

 話を聞かせてもらっていると、「夕やけこやけ」が流れてきた。まだ17時だというのに、外は真っ暗で、いよいよ冬が近づいているのだと実感する。

「小さい頃は鍵っ子だったので、学校から帰ると、お兄ちゃんと一緒にお母さんたちが帰ってくるのをずっと待ってました」。ゆきさんは幼い頃の記憶を振り返り、「待つっていうのは辛いですね」と口にした。とっぷりと日が暮れたあとも、ゆきさんはアトリエで作業を続けていた。ニットを手渡すその日を待ちながら。

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【アランニット制作日記 12月】 へ続く

words by 橋本倫史

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