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「10分未来のメッセージ」 6.衝撃の爆発音

「10分未来のメッセージ」これまでのお話……

 百貨店の警備員、朝土永汰は、セミに怯える女性客、早川深咲との出会いを機に、「10分後の声が、ふと聞こえてくる」という自分の能力を悟り、好意を抱き始めていた深咲とは、迷子のインコを通じて親しくなっていく。
 そして今度は、これまでのような人の声ではなく、大爆発の轟音が聞こえ……


6.衝撃の爆発音


 大爆発が? 10分後に!? 
 血の気が引いた。深咲さんが警戒していた例のガス工場か? すぐに避難勧告を! 

「待て待て、いやダメだ」

 冷静に、冷静に。自分に言い聞かせる。ここから1キロは離れてる工場は、充分な広さの木立に囲まれた施設。近隣の住宅地だって、この百貨店だって大丈夫。ここに居ればかえって安全なはずだ。
 しかし工場自体は大惨事だ。
 あれだけの物凄い爆発音、多くの死傷者が出るだろうし、火災が収まらなければ周辺の民家にも被害が及ぶ可能性だって……。

 彼女は今、どこにいる?

 うーっ。胸がえぐられる。いけない。個人の連絡より、通報が先! だけど、どこに通報すれば? 避難しろなんて、誰が信じる?

「いや、回避できるかも知れない」

 爆発を回避する。
 冷静かつ迅速に、オレはガス製造所の電話番号を検索し、通報した。

「ガスが漏れてるはずです!」

 老朽化か、破壊工作か、とにかく数分後には大爆発が起こると、オペレーターを脅し、とにかく館内を調べるよう説得した。なぜ? と聞かれても、

「調べる方が先でしょう!」

 身分も連絡先も伝えたんだから、もういいだろう。保留にされた電話は切ってしまい、やっと深咲さんに連絡だ。勤務中であろうとお構いなしに、オレは彼女の携帯にかけてみる。……出ない。

──練習中やレッスン中は電話には中々出られないから、用事のある時は、それが大したものでなくても構わないので、タイミングが合うよう、悪いけれど何度もかけ直していただけますか? ──

 彼女、そう言ってたが、それはある意味、普段から携帯など気にしてないってことだ。自宅の電話は登録してあったかな? よし、あった。むしろ彼女が家に居ませんように。
「はい?」

 ああ、家に居てしまったか!

「今どこ?」
「家にいますよ。だってあなた、家電にかけてるのに?」クスっと笑い声。
「すぐにそこから離れるんだ!」
 恥ずかしながら金切り声を出してしまう。
「10分後には爆発が! いや、もう5分もないかも」
「どうして?」
「いいからっ! 百貨店まで来ればとにかく大丈夫だから。切りますよ!」

 さあ、あとはどうすればいい?
 不測の事態が起きた際の避難誘導マニュアルでは、ともかく持ち場は離れてはならない、が鉄則だ。ここはガス工場とは反対側の駅前デッキ。深咲さんが百貨店まで来れたかどうか、なんてわからず仕舞いだけど、今はこの場に踏み留まるしかなかろう。
 それとも救急車や消防車を手配しておくべきだったか? でもそれでは最悪の未来を肯定することになる。ガス工場への通報が、未来を変えたと信じるべきだ。だから何も、起こりませんように!

 寿命の縮む1分、2分が経過し……、結局、爆発は起こらなかった。
 事態は回避できる。それが大爆発の大惨事でさえ。

──未来は変えられる──。
 
 自分たちの行動次第で。


「朝土永汰さん、署までご同行願います」

 何事もなく1時間ほど経過した頃、数名の警官が現れ、予定外の交代要員と警備主任、店長が心配そうに見守る中、オレは連行された。

「朝土、必ず出してやるからな!」

 末端の部下にまでも愛情深い主任の力強き言葉はありがたいが、いや、単なる事情聴取です。逮捕じゃないですから、と警官らに苦笑される。とはいえ、害なき1人の善良なる市民に対して警官の人数の多さは気になるところ。
 そもそも工場へ通報した時点で、自分が仲間を裏切ったテロリストかなんかと疑われるのは覚悟の上だった。


 担当刑事の説明によると、会社の人事に恨みを抱く職員の内部犯行で、大爆発による周囲も巻き込んだ強行自殺を、間一髪で未然に防ぐことができたという。

「わずかでも遅れていたら大惨事」
 和やかに話していた刑事はそこで姿勢を正し、ベテラン風の威圧的な態度に切り換える。鋭い視線でオレを見据え、
「ですが何故、犯行をご存知だったんです?」

 普段から小説を書いてる身。はったりと空想による言い訳は簡単だった。
「無線に入って来たんですよ」
 そのときの様子を思い出そうとするかのように、オレは目を細め、遠くを見つめるそぶりをする。我ながらの名演技。
「『本日の14時に大爆発が起こる』って。おそらく混線したんでしょうね。最初は冗談かいたずらかと思いましたが、近くにガス工場があったことを思い出したのが、もう、2時10分前を切っていて。そりゃあ慌てましたよ」

「通報して、自分が犯人の仲間と疑われるとは思わなかったのですか?」

「ぼく、何にも悪いことしてないのに? どうして我が身を心配しなきゃならないんですかあ?」
 すっとぼけた応酬でオレへの嫌疑は消え去ったようだ。険しかった刑事の表情も次第に和らいでゆく。

「通常は、そうした通報は匿名ですから」
  そこで刑事は声を落とした。
「いや、非通知にしても、こちらにはわかってしまうんですがね」

「きっと犯人は、誰かに止めて欲しかったんじゃないでしょうかね? だから事前にどこかに犯行声明を流したとか? 知り合いついしゃべってしまったとか?」
 筋のとおった理屈ではないか。

「無線とは……」
 そうかそうかと頷きながら、完全に納得した様子で立ち上がり、刑事はこちらに握手を求めてきた。
「いやあ、本当に助かりました。何人の命が救われたか」

 百貨店の警備上、普段から万引き犯などを引き渡しているので、警察署との関係は良好だったことも幸いした。大いなる感謝とともに釈放され、事態は一件落着──、

「何度も電話したし、メールも!」

 ではなかった。
 サービスカウンターで早川深咲が待ち構えていた。彼女には真実を話さなければならないか。「いきなり呼びつけられた」とか、いつもの2人組に余計なことを話してないといいのだが。

「とにかくひと息つきたい。じきに上がりだから、ちょっと飲みにでも行きませんか?」

 そして伝えないと。あの瞬間、彼女をどれだけ大切に感じたか。真っ先に連絡できなくて、どれほど辛かったかを。そしてどれだけ彼女を愛しているか、ということを。

 駅前の喧騒から少し離れた静かな界隈にある、深咲さんの行きつけという洒落たカフェバーの隅の席に落ち着き、オレはまず、今日の事情をざっと説明した。笑い飛ばされるのがオチ、と覚悟していたが、意外や彼女、真剣な表情で返したきた。

「10分後が予知できるってこと?」

「正確には予知というより、音声が聞こえてくるんだ。自然にね」
 最初は声だけと思っていたけど、声たけでなく、音も同様だとは、今日知ったばかりだが。

「それって超能力だわよね」
「ただの感覚だと思うけど」
「いえ、きっと他にも。誰かの秘密とかも暴いちゃったりするのかしら?」

 しまった……! オレは青くなった。
 


7.「シリウスの輝きと恋の遍歴」に続く……



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