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「10分未来のメッセージ」 11.新たな能力

「10分未来のメッセージ」これまでのお話……


 百貨店の警備員、朝土永汰は「10分先の音声が、ふと聞こえてしまう」という己の能力を悟って以来、新たな恋や、厄介な騒動に翻弄されていく。ついには自分が10分後に死ぬ予兆に気づきつつも、すっかり油断して恋の相手に睡眠薬を盛られた上、胸を刺されてしまう。



11.新たな能力


「こっちだ!」という男の声。
 ドヤドヤと室内に踏み込む足音。

 助かったか。

「しっかり!」誰かに抱き起こされる。
「すぐに救急隊員が到着する」

 てことは、救急車はまだなわけ? では、あなたは警察? 

「眠っちゃダメだ! 私の目を見るんだ」

 ああ、これだよ。誰かが力強く支えて励ましてくれる。
「絶対に助かる。信じるんだ!」
 たとえ助っ人が「おっさん」であろうとも、1人で血にまみれて孤独に死ぬよりは──

「頑張れ! 何か話し続けて」
「きらちゃん……、きらちゃんが殺される」
「オウムは保護した。彼女は警察に引き渡す」

 どこか遠くから高らかな声が聞こえてくる。
「ホントウニ、フシギナコトデス!」

 きらちゃん! 良かった!
 きらちゃんの元気な声に心からほっとする。これでいい。もう安心だ。
 深い眠りの世界。暗闇ではなく、真っ白な世界に。吸い込まれていく……



── どうぞ安心なさって ──。

 子守唄のように穏やかな女性の声で目が覚めた。

── もう大丈夫ですからね ──。

 なんと優しげな麗しき美女。なんと優しげな微笑み。ここは果たしてあの世なのか。

「うっ」
 身じろぎしようとして胸に激痛が走り、あの世の極楽から一気に現実に引き戻される。
 ここは? 病院?
 腕には点滴の管。それからモニターかなんかに色々つながっている様子。
 部屋には誰もいない。さっきの白衣の美女はどこに消えた?
 どのくらい? ひと晩か? 何日も眠っていたような脱力感だが。

 ドアから白衣の女性が入ってきた。先ほどの麗しの美女ではないか。

「どうぞ安心なさって。もう大丈夫ですからね」

 そのあまりに美しすぎる状況に、オレはぞくっと身を震わした。まるで映画をリプレイしたかのように、さっきとまったく同じシーン。

 声だけじゃない。

 未来の視覚までが、音声と一緒に見通せるようになったのか?

 大量の出血とともに己の邪念など、すべての余分なものが洗い流され、感覚がより鋭敏に研ぎ澄まされたか。

 麗しの女史はオレ専属の医師兼看護師ということだ。
 ヤッホー、なんという贅沢な待遇! 
 しかし看護師の仕事も兼任の医者という用心深さは、つまり事実上は隔離されてるってことなのか? 

 彼女はオレの身体の様子を気遣いながら、まずベッドサイドに置かれたボトルの水を少しずつ飲ませてくれた。それから点滴やモニターをチェックしつつ、まだ混乱に包まれているオレに、状況をかいつまんで説明する。

 刺された場所は胃の辺り。大量出血だったが、救急処置が間一髪で間に合って命を取り止めた。昏睡状態だったのは丸1日。大量に飲まされた睡眠薬は皮肉なことに胃の傷口から流れ出てしまい、後遺症も残らずにすむでしょう、と。

 連絡を受けて駆けつけた両親は、一晩中院内で待機していたが、オレの症状が小康状態になったので、いったん近くのホテルで休んでいるとのことだ。
 小さめの窓には鉄格子がはまっているし、謎の施設に完全隔離の不安も拭えなかったが、家族には普通に会わせてもらえそうだと知って、ほっとする。

「いいご両親ですね。取り乱すこともなく毅然と落ち着いてらして」
「それでも自宅で女に刺されたなんて、心配かけちゃったな」
「大丈夫ですよ。息子さんを心から愛して、信頼してらっしゃるようだから」

 きらちゃんのこととか、まだあれこれ聞き出したかったが、
「お待ちかねの方がいらっしゃいますよ」
 と、彼女が部屋を出て行くや、入れ替わりに刑事が登場。彼とは既に顔なじみ。例のガス爆発事件の担当刑事だ。

 早川深咲の計略は、極めて巧妙だったそうだ。

 朝土永汰は彼女に交際を断られ、溺愛していたインコも持ち去られ絶望し、前もって手に入れておいた強い睡眠薬を大量にワインに混ぜて服用の上、胸も刺して自殺という筋書き。
 
 かつてピアノ教室を開くにあたり、少しの間と拝借した学生オケの金を巡って会計の生徒が死んでしまう。
 その秘密を喋ってしまうインコが居る限り、自分には恋人もできなかろうと外に放したものの、当の恋人候補の元に迷い込んでしまうという誤算。それが彼の特殊な能力によって引き寄せられた流れで、過去の犯罪が知れてしまうのも時間の問題と判断し、伏線を充分に張り巡らしておく。
 電話をあえて何度もかけるよう仕向け、執拗に迫られているように周囲に誤解させておく。母親や、百貨店のサービスカウンターの者などに。


「彼女の過去の窃盗と殺人については、改めて調査され、裁かれます」

「今回の事件がきっかけになったのですね」

 ならばこの殺人未遂騒動も、結果的には必然だったというわけか。ならばオレの痛みも報われよう。

 最初のうちは確かにほのかな恋心が、魅かれ合う何かがあったはず。

 オレは幻想に恋をしていたんだな。ユリさんのように、自分を気にかけてくれる温かな光を。
 付き合いが重なるごとに、想いは深まるどころか、理想とのギャップを感じていたはずだ。何かが違うと。だけど、きらちゃんがいたから、なおさら思い違いが深まった。
 それでも自分は誰かを愛していたかった。身近に感じられる誰かを。自分の命にも変えられるほどの愛に、満たされていたかったんだ。


「未来を読みとるあなたの力を、他に誰が知ってます?」
「職場で奇跡の警備員扱いされた時は、その言葉どおり、奇跡とか偶然で済ませられたので。ちゃんと話したのは、……早川深咲だけですね」

「ご安心を。彼女の記憶の、あなたの能力に関しての部分は、彼らが消しましたから」
 刑事はさらりと言った。

「消したって? 何ですか、それ。彼らって?」
「お宅を張ってた連中ですよ」
「うちを? 盗聴でもしてたんですか? 嫌だなあ。やはり自分にはテロリストの嫌疑が?」
「犯罪を暴く為ではなく、あなたを守る為で」
「警察が、どうしてそこまで」
「警察じゃないですよ」刑事はかぶりを振った。
「公には存在しない、透明な組織なんです」

 それは、国家でも、ICPOでもCIAでも、国連の組織でもない、世界にまたがる組織──ともすれば宇宙規模の──。

「なんか、つけられてる気もしてたんですよね」
「尾行は、監視と護衛も兼ねて、ですね」
「護衛? なんでぼくなんかに」
「10分先の音声が聞こえる能力。それだけで充分でしょう」

 バレてたのか……。

「我々はプロですよ」
 刑事は胸を張った。
「あなたの見え透いた演技。ガス爆発の話からさかのぼって、ひったくり騒動の10分前の悲鳴の話など、裏はとれてましたよ」
「ああそう。さすが一枚上手ですね」
「ひったくりとガス爆発、二件の騒動が周囲に知れたことで、組織が動き出した。結果的に自分の命を救うことにつながったんです」
「えっと、よくわからないな」

「救急車は、我々が先に手配したんです」

 ということは、つまり? 

「あなたが刺されたのを察した組織が即座に救助を要請したから、間に合ったのですよ」

 自分が呼んでも時間的に無理だったのか。
 組織に見張られていたから、助かった。とどのつまりは、あの盗っ人のおかげってわけになるのか。
 すべてはそうして必然的につながっている……。

「しかしながら警察では、調べはついたとしても、そういった超常現象系には関与できなくてね。早川深咲の供述調書も改ざんされます」
 声をひそめて刑事は続けた。
「ですが彼らは、そうした特殊能力者の情報をすぐさまキャッチし、決して見逃さないんです」

 彼ら。誰も実体を知らない、その透明な組織とやら。ESPかサイキックか、未知の能力を伸ばし、訓練し、制御する秘密結社だと、刑事は話す。

「でも自分はただ、ふと聞こえてくるだけで、コントロールできるわけじゃないのにな」

「あなたが仮に、世界征服を企む悪の組織の手に落ちたとしたら?」

「無能なフリをしますよ」
 そもそも大マヌケだからこそ、死の予兆があったにかかわらず、恋にくらんで死に損なったりしたんだから。

「甘いですね」
 刑事の表情がきつくなる。
「奴らは人質をとってでも、あなたを操ろうとするでしょうよ。ご両親とか、憧れの女性とか」

 憧れの女性? まさか彼らはオレがかつて人妻に惚れてたことまで把握してるのか? そして悪の組織は家族やユリさんにまで手を出すと? 血がにえたぎる。
「そんなことは許さない」

「国家にせよ悪の組織にせよ、未来を見透せる能力なら、どんな手段を使っても手に入れたいでしょう」

「その透明な組織とやらに我が身を委ねれば、身内の安全は保障されるんですか?」

「あなたはもう日常には戻れない。これまでの朝土永汰とは違うんですよ」

「保障されるんですか!」

「まあ落ち着いて」
 辛抱強く、刑事はオレを宥めた。
「組織はあなたの能力が適切に活かせるよう充分に配慮しますし、あなたのような方々が精一杯、恐れることなく尽くしてゆけば、いずれ世の中は変えられるんです。必然的には愛する人たちを守ることに繋がるんです」

 気休めのように聞こえなくもないが、彼の誠意はありがたい。職業柄か、無愛想ではあるが、いい人だ。

「もう元の生活には戻れないのか」
 言いながら、オレの腹は決まっていた。



最終章「エピローグ」へ……

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