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「10分未来のメッセージ」 3.本当に、ふしぎなことです!

「10分未来のメッセージ」これまでのお話……


 百貨店の警備員、朝土永汰は、セミを恐れる女性客に声をかけられた際と、その後に起きた店内での窃盗騒動と、二度に渡り、「10分後の声が予め聞こえてくる」という奇妙な体験をする。
 セミの君とは軽い挨拶を交わす仲となり、それは日常のささやかな楽しみとなっていく。
 そして今、満員電車の中で唐突に聞こえてきたのは、どすの効いた怒鳴り声。永汰は騒動に巻き込まれぬよう、慎重に様子を伺うことにしたのだが……。

 

3.本当に、ふしぎなことです! 


「きゃあっ!」

 女性が階段からホームに転がり落ちてきた。

 電車のドアは既に閉じられてしまい、助けに飛び出せないのがもどかしい。階段を駆け下りてきた男が、彼女をいたわりつつ、

「てめー! 何しやがんだよう!」

 階段の上方に向かって叫び始めた。

 電車が発車する。

「こっち来いよ! 謝れよ!」

 女性の方はどうやら大丈夫そうで、男は相手に向かって階段を駆け上がって行きそうな勢いだが、すぐに視界から遠ざかってしまった。

 ヤクザな男と連れの女性? 誰かがぶつかり彼女が階段を踏み外した。
 接触した相手はオレだったかも知れない。
 たとえその場で駆け下り女性を介抱し、平謝りしても男は怒り、怒鳴り散らしてこちらを突き飛ばす。防御のはずが勢い余って、うっかり奴を殴り倒してしまったかも? 
 やがて駅員がすっ飛んで来よう。そして問題を起こしたかどで、警備員の職務は解かれ……。

── 回避、できたじゃないか ──。

 状況さえ見極めれば、トラブルは避けられる。しかも男の罵声は、最初に聞こえた幻聴と、10分後の実際のものとで、微妙に違っていた。

 未来は変化する。己の行動次第で。

 オレは確信した。これは警備員として授かった天性の能力なんだ。

 だとしたら?

 彼女が階段から落ちるのも防げたかも知れない。怪我はなかったんだろうか? オレが逃げたりしなければ! 
 後悔。思い切りの後悔にさいなまれる。
 自分は、この朝土永汰は警備員。人を助けるのが仕事じゃないか。その為に、10分先の警告が聞き取れるようになったんじゃないのか? 

 逃避ではなく、トラブルを回避する為に!


「 入庫連絡。YMSさん、東海産業さん、続けて入りまーす」

 無線からのこの声が、果たしてリアルタイムのものなのか、もしや10分先のことなのか、時々疑わしく思っちまう。

「了解。二車両ですね?」
 とりあえずは、確認してみればいい。
 まあ、意味のない予知情報は必要ないってことだろう。何か切羽詰まった状況でのみ、発揮される現象なんだろうな。

── あの、すみません! ──

 あの一言が、ただひたすら立っていることが仕事の人生に、光をもたらした。
 これまでにも、光は……、実はあった。だけど自ら封印した。そうするしかなかったから。
 そして現れたセミの君。何か、意味があったはず。いや、あるはずだ。

「ふうっ。もう何日も会ってないな」

 どうしたんだろう。彼女、ぱったり来なくなった。


 休日は家にこもり、小説を書く。
 警備の勤務中に思いついた構想をまとめて文字化するのは案外、造作ない。物語はオレがひたすら立っている間に、大方できあがってるんだから。
 ほぼオートライティング状態で、ひたすらキーボードを叩いていると──、

── 本当に、ふしぎなことです! ──

「来たか!?」

 執筆中、お気に入りのCDをかけたり、テレビのモニター大画面で大自然の音声付き映像なんかをエンドレスで流したりはするけど、言葉が話される媒体は、あえて避けるようにしている。
 だから、うちからの声じゃない。
 集合住宅の3階では、窓の外から時おり聞こえる子どもらの歓声や、かすかな電車や車の音、共用廊下を宅配のカートがガラガラ移動する音に気づく程度で、はっきりした人の声などは聞こえないもの。
 本当に、何の気配もなかった。ということは、

── 間違いない。今のは10分後に聞こえるはずの声だ ──。

 どこか機械的な声だった。いったい何が起こるんだろう?

 10分後、オレは何をしようとしてたかな?

 珈琲が飲みたかった? CDをかけようと? ふらりと散歩に? いや、そんな気はなかった。物語に完全集中してたんだし。秘密結社、星十字団の陰謀が、ついに暴かれるとこなんだからね。

 とりあえず珈琲でも淹れながら、静かに待ってみることにする。

 そして10分が経過した頃……。

「ホントウニ、フシギナコトデス!」

 ベランダに極彩色の鳥がいた。



→4.「手配インコの飼い主は?」に続く……




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