![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/97709525/rectangle_large_type_2_5d815204a7e6e214c5abce2730830189.jpeg?width=1200)
「10分未来のメッセージ」 9.静寂の意味するところ
「10分未来のメッセージ」これまでのお話……
百貨店の警備員、朝土永汰は、「10分後の音声が、ふと聞こえてしまう」という己の能力に気づいて以来、警察沙汰も含む騒動に巻き込まれたりと、生活が一転してゆく。新たな恋も進展しつつあるが、そこはかとない不安もぬぐえない。
そして1人夜道を歩いていると、何やら尾行の気配?
9.静寂の、意味するところ
さっと振り返ってみるが、人影はない。この道、夜間は人通りもまばらなのだ。しかし尾行者が姿を隠せそうな物陰はチラホラありそうだ。
まずった。いきなり振り向いたりせずに、道をそれるふりでもして様子を伺ってみる手もあったろうに。こちらが警戒してると、敵に知れてしまったではないか。
そこで我ながら苦笑してしまう。まさかね。尾行なんて、神経過敏になりすぎか。
しかし一抹の不安。もしや当局に監視されてたら? テロリストの嫌疑はまだ晴れてないのだろうか? それとも例の10分後の音声に関係あったりして?
何となく心寂しくなってしまったオレは、今、きらちゃんが肩に乗って、一緒に夜の散歩を楽しめたらな、と思い描いた。大型インコとの散歩なんて、夢のようではないか。慣れさせれば可能というし、実現できたら最高だろうな。
その時、となりには深咲さんがいるのだろうか?
きらちゃんを近々飼い主に返さなければならないというのに、それが永遠の別れでないと感じるのは、深咲さんとの縁がきっと続いてゆくだろうという期待があるからか。薬を預かって欲しいと言った彼女。いつか一緒になれるような時が来るのだろうか?
確信が持てない。彼女を大切に感じているには違いないんだが。
尾行の秘密組織に拉致されることもなく、悪漢に教われることもなく、無事に我が家に到着する。
うちのマンションはオートロックもなく、防犯カメラも設置されていない旧式タイプ。帰宅時も四方に一応は気を配り、ドアの中にさっと滑り込む。
きらちゃん、いやフランツは既に眠ってしまったことだろう。寂しい思いをさせたかな。リビングの明かりを点ける前に、ケージに覆いを被せてやる。こんな暗がりでの作業、仮に族が忍んでたりしたらアウトだよな。
ベランダからの展望は、眼下の公園の向こうに、学校や高層マンション群などが見渡せて、他所から覗かれる心配はスコープでも使わない限り、まずあり得ない。普段はカーテンなど無用の長物なのだが、何だか見張られていそうで気味が悪いので、今後はきちんと引くことにするかな。
── ごめんなさい ──。
それから2日後、例の声がまた聞こえた。
遅番の出勤で、制服に着替える為にロッカールームに向かっていたところだった。今度は何やら哀しげな女性の声。胸が痛む。警備員の習性か、オレは誰かが困ったり悲しんだりしている状況に弱いんだ。良く知った声の気がする。ごめんなさいって? 何が?
まんじりともせずに着替え終え、警備室に向かうと、
「おっと」
バックヤードのコーナーで、ドシン! とぶつかってしまった相手はユリさんだった。
「あ、すいません。ユリさん」
「ごめんなさいっ」
おやおや涙声。女性用のロッカールームに駆け込んでいく、何やら尋常ならぬ様子ではないか。知っていたのに回避できなかった。オレの胸はグサリと痛んだ。もし、あれがユリさんの声と最初から気づいていたら、私服のままサービスカウンターに寄って、何らかの状況の変化を起こせたかも知れないのに。
そもそもオレは、ユリさんを嫌いになって恋を諦めたわけじゃないんだ。ずっと年上の人妻と知って、自ら恋を終わらせただけで、憧れの、理想の女性であることには変わりなかったはずなのだ。
「どうしたの? ユリさん、泣いてたみたいだけど?」
「まったく! バカなマネージャーだよ!」
絹江さんはカンカンだ。
「マネージャーと、何かあったわけ?」
「彼女名指しのクレームの投書が来たんだとさ! 客に失礼な態度だとか、不親切だとか」
「そんなこと、ありえないよ……」
「内容が具体的だったし、原因のないクレームが届くわけないって、店長にも叱られてさ」
「オレ、店長とマネ氏にひとこと言ってきます」
「やめとき」絹江さんがカウンターをバン! と叩いた。
「『男性の店員と馴れ馴れしくて見苦しい』とか、『男の客にはやけに親切』とかも書かれてたらしいから。火に油を注ぐようなもんさ」
絹江さんはそこで声を落として、そっとオレに警告した。
「ところで永ちゃん、大丈夫かいな? あのインコのお客さん、えっと早川さんだっけ? あの警察騒動の日、あんたに『急に呼びつけられた』とか言って、困り果ててた様子だったけど」
オレはぞっとした。やはり自分はストーカーもどきにされてしまっていたか? あの状況で彼女がそう言ったのは仕方ないだろう。それにしても? 何かが腑に落ちない。
ユリさんに会ったら精一杯の励ましの言葉をかけようと用意していたのだが、その日はすれ違いのままで、翌日はこちらが休みに入ってしまった。
世の中には理不尽なことがあるものだ。オレはもやもやした思いでピアノに向かっていた。
〈トロイメライ〉心が落ち着く曲だ。
しかし何かが、おかしい? 何かが、ひっかる。
「センセイガ! アタシノポーチ!」
「フランツ? どうした?」
「センセイガ! セン──」
突然の静寂。
フランツの声も、弾いているピアノの音も聞こえない。すべての音が自分の周囲から消滅してしまった。
── 何も聞こえない ──。
人が何もない状態で静かに過ごしていても、たとえ眠っていても、何らかの音は聞こえているものだ。
木々のざわめき、空気が流れる気配、時計が時を刻む音、自身の呼吸。必ず、何らかの音は聞こえている。何も聞こえないのは、無音室に入るか、あるいは──
フランツの立てる騒々しい音と、わけのわからない鳴き声で、静寂は破られた。
「戻ったか。音が」
本当に、さっきは何も聞こえなかった。真の静寂。無音。ということは……?
「つまり10分後、オレは生きていないってことか」
10.「悪夢のサングリア」に続く……
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?