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人間模様から読み解く 新たなショパン像 ⑧ 親友(2)

ショパンの親友

 今回登場の2人は、既にポーランド時代からの親友であり、パリ時代においても、大切な相談相手にして創作活動のサポート役として、欠かせない存在である。

 もう1人の「ヤン」は、高校時代の同級生(ショパンは同じ名の親友をポーランド時代に亡くしている←親友1の項にて紹介)。
 自国語やドイツ語で詩を綴るロマンティストで、フルートの名人でもあり、ショパンとは、ひそかな恋を打ち明け合うほど親密な仲であった。

 ショパンは祖国を出た後の、ウィーンにおける孤独と絶望の日々の中で、様々な思い、心からの叫びをヤンへの手紙で幾度も訴えていた。

 医学の道に進み、ワルシャワ武装蜂起には騎馬射撃隊の従軍医師として参加する。ワルシャワ陥落の後はロシアの追手を逃れ、国外に脱出。ドイツの大学で医学の博士号を取得した後、パリ医大の教授に就任する。
 パリで涙の再会を果たしたショパンとは、1834〜36年の間、ヤンが結婚するまで幸せな同居生活を送ることになる。

 以下は、ヤンからワルシャワの家族へ宛てた手紙の一部である。喜びあふれた文面からも、ヤンとショパンの、この上なく幸せな生活ぶりが伺い知れよう。

「5年もの別離を経た上で、ぼくらが噛み締めた幸せなんて、とてもじゃないけど書き表せやしませんね。
 ショパンは今や、パリでも一流とされるピアニストとなっているんですよ。
 大学や病院からは、パリの街中を端から端まで突っ切らなきゃならないほど遠いけれど、彼と暮らす大切な理由があるから、何てことないんです。
 ぼくにとっては、彼こそが全てなのですし、ぼくの生活は彼なしではありえない。
 夜は一緒に劇場へ出向くか、誰かの家を訪ねたり、何もない時でも、家で楽しく過ごしております」

 医者としてショパンの健康によく気を配り、ヤンが結婚した後も親交が続くが、1842年に突然、結核で亡くなってしみう。
 我が腕の中での親友の壮絶な死。
 それはショパンにとって想像を絶する深い哀しみだけでなく、いずれは自らにも迫り来るであろう死への恐怖を、否応なしに植えつけるのだった。

 ショパン家の寄宿生で、ワルシャワ音楽院ではショパンと同じく、エルスネル教授のクラスメイトであった。
 兄弟同然の親しい仲というだけでなく、音楽院に在籍しつつ、ワルシャワ大学の法学部にも進む有能さからも、ショパンの生涯に欠かせない重要な役割を果たしてゆく。

 父はイタリア系貴族の出で、母はドイツ系軍人家庭の出身。穏やかな性格でありながらも学生時代、ショパンと共に、秘密結社「自由ポーランド」に親に内緒で加わっており、ショパンを脱出させた後にワルシャワ武装蜂起に参加していた。
 革命が頓挫の後はハンブルクに脱出、新聞の外信員として文才も活かした生活をしながら、ショパンに1年遅れること、やがてはパリに到着する。

 作曲家、ピアニストとしてヨーロッパ各地で演奏活動を行なう傍ら、ショパンの秘書のごとく、あらゆる雑務をこなしてゆく。ショパンの筆跡に似せての写譜や、出版交渉といった作曲関連どころか、お洒落な洋服や帽子の仕立て注文に、小物の買物、各種支払い、住居探しに、壁紙の選択、部屋に飾る花の調達まで! etc.etc.…

 後にイタリア人ヴァイオリニストとアメリカに渡り、活動拠点をNYに移してからは、別の友人、フランショーム(⑥ パリの音楽仲間で前述)らが分担してフォンタナが一身に担っていた役割を引き継ぐことになるが、全ては才能あふれる大切な友の為の、無償の奉仕であった。

 オーケストラ版に編曲し易い為、ポーランドの国家行事などでもしばしば奏され、戦前のニュース映画はもとより、現在でもワルシャワ第一ラジオのテーマ曲となっている〈軍隊ポロネーズ〉は、かのマジョルカ島で仕上げられ、フォンタナに献呈されている。       

 1848年、ショパンが亡くなる前年の、パリにおける2月革命の勃発は、ヨーロッパ各地の抵抗運動にも多大な影響を及ぼした。
 ポーランド人亡命者もポズナンに集結しているとNYで知ったフォンタナは、自分も同胞に加わりたい旨ショパンに伝えるが、ショパンは彼に思い留まるよう手紙を送る。
「ポーランドで本当に何かが動き出すまでは戻るべきでない」と。
 その後、2人は会うチャンスを得られなかった。

 そうしたやり取りの翌年、ショパン亡き後で、フォンタナは遺稿の整理と遺作の出版を責任を持って成し遂げる。

「生前に出版しなかった作品は、全て焼却処分するように」

 とのショパン本人の遺言に反して、作品66から74までを彼が作品番号をつけて編纂し、あえて出版に踏み切ったことで、今日我々は、数多くのマズルカ、ワルツ、ポロネーズ、歌曲に加えて、かの有名な〈幻想即興曲〉や〈別れのワルツ〉といった名曲を知ることができるのである。


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