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「10分未来のメッセージ」 4.手配インコの飼い主は?

「10分未来のメッセージ」これまでのお話……


 百貨店の警備員、朝土永汰は、セミを恐れる女性客に話しかけられたのを機に、「10分後の声を聞く能力」が、自分に備わっていると悟る。
 そして可憐な「セミの君」には、ほのかな恋心を抱いてゆくのだが……。


4.手配インコの飼い主は?


「誰だかわかんなかったよ!」

 オフの日に私服姿で職場に顔を出したものだから、絹江さんに驚かれてしまった。

「うちに迷子のオウムが──」

「うちらの警備員の制服に制帽って、二割増しイケメンに見えるって評判だけどさ、永ちゃん、私服姿も中々だねえ!」
 白のポロシャツにジーンズという軽装の出で立ちをまじまじ見つめ、
「で、彼女は今、どこに居んの?」
 既に彼女と決めつけている絹江さん。

「留守番させてます。とりあえず、リビングで」
 行儀よくしてくれてるといいんだが。

「危ないものは、置いてないですか?」
 ユリさんの方は、いつもながら冷静に状況を見極めようとする。
「そういう鳥って、毒だなんてわからずに、意外なものを食べちゃったりしますから」

 そう思って、電気コードなんかも噛られないように隠しといたから、心配は無用なのだ。
「これでも僕って几帳面で、基本、物は仕舞っておく習性なんです」

 サービスカウンターの凸凹コンビ、ベテランながら気さくな絹江さんと、しっかり者の正社員、ユリさんとは、もう長いこと親しい仲間。

 店内のご案内に、駐車券の発行、カードにポイントを付けたり、ギフトラッピングや、配送の手続き及び梱包から、クレーム対応など、サービスカウンターの業務は雑多ながらも、丁寧かつ迅速な応対が求められる。カウンター内には2人が基本。他にも気のいいオバ姉さま方が交代で君臨しているが、この2人は大体一緒に早番のシフトを組まされている。

 絹江さんはいったん定年退職した後に復帰したシルバーさん。持ち前の陽気さで人望も厚く、ブンブン怒ってる時ですらも陽気で面白い、頼もしいオバちゃんだ。
 正反対のタイプ、真面目なユリさんは、実は憧れの人だった。彼女が人妻と知るまでは、何だかんだと理由をつけてはサービスカウンターに足を運び、オレも結構熱を上げていた。

「警察には行かれたんですか?」

 行ったとも。交番の巡査はオレを同情と哀れみの面持ちでしばし見つめ、申し訳なさそうに答えたのだった。
「そうした迷子の届け出は、今のところありませんねえ」

 その回答が何を意味するか察したオレは、覚悟を決めて職場に買物にやって来たというわけ。まずはケージに、飼育用のマニュアル本、適切な餌とおやつ、小鳥用のおもちゃやら何やらを調達しに。

「ピンぼけだけど」
 ちょこまか動き回るので撮影もタイヘンなのだ。          

 証拠写真を2人に見せると、ユリさんいわく、
「オカメインコですね」
「オウムじゃなくて、インコ?」
「正確にはオウム科の、インコなんです。ほら、頬にポンって丸いオレンジ色がありますよね? オカメっぽい」
「だからオカメなんだ。かっわいいじゃん」
「飼い主が見つかるまで、僕が飼うしかないかと」「店内の掲示板に、貼り紙しましょう」
 ユリさんが提案してくれる。
「とりあえずわたし、イラスト描いときますけど、ちゃんとした写真が撮れたら持って来て下さいね。あと特徴とかも、お願いします。何かしゃべるかも知れないし」

「『本当にふしぎなことです』って言うんだよね。多分、アンデルセンの童話の一節」

 絹江さんがぼそっと呟いた。
「きっと、手放せなくなるよ」



 〈きらきら星〉を歌います。
  口笛も得意。
  ピアノに合わせて歌い、踊ります。
  アンデルセンの童話の一節が、口ぐせ。
  ケージから出すと、嬉しそうに寄ってきて、 
  撫でてちょーだい♪ と、頭を下げて、
  スキンシップを要求する甘えん坊さんです。


 静かだった独身男の1人暮らしが一転した。
 我が家に歌声と、口笛と、お喋りと、そしてピアノの音が、明るく鳴り渡るようになったのだ。

〈きらきら星〉を歌うので、「きらちゃん」

 久々にピアノの蓋を開け、きらちゃんの伴奏? を楽しむ。何とリズム感の良いことに、彼女、片足で拍子をとるのだ。そして覚えたメロディーを口笛で正確に再現するばかりか、絶妙なアレンジまで加えてしまう。

「ホントウニ、フシギナコトデス」

「本当に、ふしぎなことだよ」
 オレもきらちゃんに応える。これも、運命なんだろうか。



 ポートレイトがうまく撮れたので、サービスカウンターに自慢げに持参した。

「名前は?」
「聞いても教えてくれなくて」
「それは、ムリでしょう」
「ピーちゃんとかピー子とか、ありそうな名前で色々呼びかけてみても反応ナシで。とりあえず、『きらちゃん』ってことに」
「なにさ、デレデレして。完全にいかれちゃってるね」
「可愛くて、小説書くどころじゃないのでは?」

「もう夢中! インコのいる人生が、こんなに幸せだなんてね!」



「トゥィンクートゥィンクー、リーローター♪」
「どれ、続きを覚えようか。How I wonder...」
「トゥィンクートゥィンクー、リーローター」
「How I wonder...」
「リーローター」 
「ダメだこりゃ」

 こんなに愛らしい子を逃がしてしまって、飼い主はさぞかし悲しんでるだろうな。警察に届け、ネットで公開、店内の貼紙も、効果はなかった。
 そしてそれを、自分はむしろ密かにありがたく思っていた。


── ハウアイワンダー ワッチューアー♪ ──

「ん? what you are は、まだ教えてないよ?」

 しかも今は彼女、夢中で餌、食べてるとこ。

 10分後なのか? この子が10分先には、歌の続きを覚えてるってこと?

「おいおい。だとしたら、すぐに教えてやらないと。How I wonder what you are~ ♪」

「ハウアイワンダー ワッチューアー♪」

「やったあ! きらちゃん、上手上手! おりこうさん!」

「ワッチューアー♪」



「朝土さん? 見つかったそうですよ。インコの飼い主」

 数日後、無線に容赦のない連絡が入った。

「飼い主……が?」

「今、B1カウンターにいらしてるそうです。交代要員、送りますから抜けていいですよ。行ってあげて下さい」

 有罪判決を受けた気分とは、こういうものなのか。重い足取りでサービスカウンターに向かうと、

「こんにちわ」

 そこに居たのは例の彼女だった。ひとすじの光、セミのきみ。

「あなたが?」

「うちの子が、大変お世話になりました」



5.「トロイメライの惨劇」に続く……





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