【短編小説】言えない彼女と彼
「ねぇ、なんでよりによってここなの?寒いんだけど!」
神奈川県江の島の恋人の丘、龍恋の鐘の前で似つかわしくない怒号が響いた。
「しょうがないだろ。日にち的に近場しか行けなかったんだから」
「だからって、江の島はなしでしょ。寒いし、3月だからしらす丼も食べれないし、寒いし」
彼女は鐘を見上げた。
「この鐘鳴らしても、意味ないし」
最後の一言は小さかった。
2人は已己巳己なぐらいよく似ていた。
それぞれの夢のため、2人とも勝手に別々の空に行くことを決めたところまで一緒だった。
今日が会える最後の日だった。
「まぁさ、記念に鳴らしとこうぜ」
彼は彼女の手をとって鈴緒を持った。
勢いあまって、鐘は大きく鳴った。
南京錠は買わなかった。買えなかった。
そのあと水族館に行ったり、新鮮な貝を食べたり、たくさん笑ったけど、結局2人とも最後まで本音は言えなかった。
「待っていてほしい」
そんな一言も言えないところも、やっぱりよく似ていた。
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